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花を愛で、同様に花からも愛でられる

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 時は過ぎ、カレンダーは9月のページになっていた。

「はい、書類を受け取り中身を確認させていただきました。記入事項に漏れはありません。ありがとうございます」

 僕は書類の入った封筒を手にしながら電話をかけている。

「……いえ、お手数をおかけしました。今までに御負担していただきました金額は来週返金させていただきますが、先に車の購入代金は送らせていただきました。もうご確認して下さいましたか?」

 電話の相手は、僕達きょうだいを産んだ人だ。
 退学や住んでいるアパート解約の意志を伝えそれに伴う書類を送って記入してもらったんだけど、思いの外スムーズに進んでいった。
 長男である僕の選択に抵抗するとばかり思っていたのに、こうして記入済みの書類を返送してくれたのは意外だと思う。

(まぁ……購入してくれた車の代金を書留で送り、今も学費にかかったお金を返すと自ら伝えているんだから抵抗も反論もないのかな)

「そうですか。無事に受け取られたのなら僕から申し上げる事は何もありません」

(っていうか、息子が現金送ってきたのだから受け取ったらすぐに連絡するのが筋なんじゃないか?わざわざ僕から確認しなきゃならないなんて……)

 プライドが高いのか単に常識がないのか。
 本当に僕達はこんな非常識な人に育てられたのかと首を傾げたくなり、酷くガッカリもした。
 今の電話もスムーズに進んでいっているけれど、僕が敢えて敬語を用い改まった様子で話している所為か、受話口から聞こえる声は戸惑いの色が感じられる。

『太地……あの……話し方がいつもと、違うんじゃないかしら?』

 僕の態度に耐えきれなくなったのだろう、今まで聞いた事のない言葉遣いで喋ってきたものだから笑ってしまった。

「こちらこそ『かしら?』なんて上品ぶった言葉遣いを生まれて初めて耳にしてますよ。
 もう金輪際お話しする事はありませんから、今貴方がどんな表情で『かしら』を使用したのかを知る由もありませんが」
『金輪際だなんて……私達と太地は親子なのに! しかも大事な』
だと思うのは、心の内だけに留めて下さいね。
 もう1人の筈のと同じく、居場所を突き止める気持ちも起きないほど忘れて下さっても構いません。
 貴方の大事な夫と土着的なコミュニティだけを愛して、その場から一歩も出る事なく楽しく生涯を終えれば良いんじゃないですか?」

 そしてこの電話の最初から最後まで花ちゃんの所在について僕に一切尋ねてこない肉親の馬鹿さに呆れ、僕は吐き捨てるような声で電話を締め括った。

「この番号は今後一切繋がる事はありません。アパートを引き払った後の居場所も教えませんし、住民票を調べようと思っても出来ないようにしておきましたから。
 ……ご機嫌よう、さようなら」



「終わったああああああああああ」

 電話を切ってすぐにスマホの電源を落とした僕は、その場にヘナヘナと情けなくしゃがみ込んだ。

「太ちゃんお疲れ様。すごくよく頑張ったね」

 花ちゃんは僕と同じ高さまでしゃがみ込み、優しい声を掛けながら僕の黒髪を撫でてくれる。

「うん、頑張った。気を張り過ぎて所々敬語を間違えた感があるけど」
「そんな事ないよ、すごく立派だった! 私の事も暗に諫めてくれて嬉しかったし」

 上目遣いで見やると、僕と同じ髪色をした彼女が僕と同じ泣きボクロをクシャッと歪めるくらいに笑ってくれている。

「……惚れ直した?」
「もちろん♪」
「髪の色を黒に戻してヘアスタイルも変えた時より、僕ってカッコイイ?」
「めちゃくちゃカッコイイよ♡ 今すぐハグしてキスしたいくらい♡」
「出来ない癖に。今ここ、携帯ショップの店の真ん前だよ?」
「ふふ♡」

 通行人に変な目でジロジロ見られている状況下で今僕達が居る場所を言うと、目の前の彼女は含み笑いをした。

「まぁいっか♪」

 含み笑いの理由は何だろう? と思いつつ、膝を手で払いながら立ち上がると

「まぁいいじゃん♪ 早くコレ、解約手続き済ませちゃおうよ」

 花ちゃんも同様に立ち上がり、実家に居る時から使用していたスマホをチラつかせる。

「新しいスマホも番号も無事契約出来たし、古いのは解約しちゃおっか!」

 僕も花ちゃんに負けないくらいの笑顔を作り明るくそう呼び掛けたら、彼女も満面の笑顔で頷いてくれた。

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