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「リョウ」に、サヨナラの口付けを。
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「家事を金で解決って、例えば料理をデリバリーしてもらったりハウスキーパー雇ったりって事?服装は派手ではないしそんな程度で生活費散財出来るもの?」
僕はやっぱり樹くんの話が不思議でならなかった。
(仕事やバイト経験がないのは理由にならないよ絶対に……花ちゃんだって図書館で料理を覚えたり節約したりして出来る努力をしてきたんだから)
花ちゃんも7ヶ月まではアルバイト経験すらない専業主婦だった。カスミさんには花ちゃん程の意識がなかったとしても「デリバリーやハウスキーピング程度で生活費を空にする程散財するものか?」と頭の中が疑問符だらけになる。
「人間の生活能力を甘く見ちゃいけないよ太地くん。花さんと太地くんに一通りの生活力が備わっているのは幼い頃からコツコツと『目に見えない家事』と呼ばれる行為をしてきているからだよ。保護者から叱られながら強いられてきた一つ一つが土台になっているんだ。
……今回、太地くんの事があって俺もそれを物凄く実感した。俺も日常生活の諸々を人任せに割としている方だけどああいう人も存在するんだなって思ったし、派手に着飾らなくても金って色んなところで飛んでってしまうんだなって感じたよ」
「…………カスミさんの家の中の様子か何かを、見たの?」
怒りと呆れが入り混っているような樹くんの複雑な表情や声色に僕はゾワッとなりながらもついそれを訊いてしまう。
「見たよ……見て、俺も友人も溜め息すら出なかった。
料理のデリバリーは単に家の前まで持ってくるからいいとして、ハウスキーパーは毎週大変な思いをして仕事してたんだなぁって、物凄く感じた」
「……」
「太地くん、家の中の詳細聞きたい?今は夏だし、結構ヤバかったよ?綺麗好きの太地くんに果たして耐えられるかな?」
樹くんの表情や声、更に一層どんよりとした目付きは一層僕をゾワゾワさせ、様々な意味で僕に「もう充分だよ」と言わせるに足りるものだった。
「元々裕福でない環境で育った友人は色んな意味で周囲の子どもよりも苦労をし大人になった。だからこそ、その後に生まれた妹には不自由なく暮らして欲しいと友人も思ったしご両親もそうだったんだろう。
だが過剰なるその愛は生活能力を育む力を阻害した。兄の存在が妹さんを不幸にしてしまったのは可哀想だと俺も思うけど、それがまた本人に卑屈な考えを生ませてしまったんだろうね。
……まぁそういう経緯があって妹さんは他を見返したい一心で偽り、1人の殿方を騙して皆が羨む結婚式を挙げた後も『家庭的な淑女』を演じた。月に一度しか夫婦の時間は持てない訳だからそれでなんとなく数年やり過ごせた。
でも、妹さんは殿方の一言で多大なダメージを受けるのさ。『海外でのプロジェクトが落ち着いたら本社に戻る事になった。そろそろ貯蓄も出来ただろうし、子どもの事を考えていこうか』っていう、純粋無垢な言葉でね」
「子どもの話が多大なダメージって……」
ユリさんのように子どもを持たない選択をする夫婦も存在する……けれどそれは夫婦間で何度も話し合いが行われた結果によるものだと僕だって予想はつく。
「結婚してるんですから夫婦間で家族計画の話が出るのは当たり前ですよね」
花ちゃんのその言葉によって、僕の予想は的外れではない事が分かった。
(カスミさんは新たに家族を設けるにあたっての金銭的余裕なんて一切考えず、旦那さんからもらった生活費をそのまま「普通に生活する為の費用」に全振りしていたという事か……)
そして僕も花ちゃんも顔を見合わせ、同時に呆れ顔になる。
「妹さんは焦っただろうね。それを聞いたのが去年の今頃で、1年ちょっと経ったら夫婦で家を引っ越し月一だった夫婦生活が日常となる。本当は自分の事すらまともに出来ず金や他人の手に頼ってきたのがバレてしまう。貯蓄なんてしてないしましてや子どもなんて……と、もうお手上げっていうか絶望に近かった」
「……1年で立て直せなかったのかな?まだ年齢も若いし料理も家事も基礎から学ぶ事は出来るんじゃない?」
僕はそう言ってみた。実際花ちゃんだって料理を基礎から学び直して頑張ったって言ってたし、カスミさんだって少し努力すれば状況を脱却出来るんじゃないかと想像したから。
「結婚した何年も経った状態で色々基礎から学び直すのは、なかなか大変だと思うよ?」
僕の考えに花ちゃんはポツリと小さな声で反論する。
「なんで?」
「見当違いの意見かもしれないけど、私の場合がそうだったから。
私は結婚してすぐ『やるからには基礎から学び直そう』てやったけど、それは新婚っていう高揚感や高いモチベーションがあったから出来たの。元夫は太ちゃんみたいにこまめに褒めてくれるような人じゃなくて、それも1ヶ月もしたらテンション下がっちゃって家事そのもののやる気を失った事があるから」
「花ちゃんもやる気を失うだなんて……そんな事があったの?」
花ちゃんの話に僕は驚き、樹くんは興味深そうな表情を作って静かに花ちゃんを見ている。
「結局はやるのよ? ただ、手の込んだものはしないってだけで。新婚ですらそうなんだから、結婚4年も5年も続けてしかも『夫に喜んでもらおう』じゃなくて『急いで支出を減らそう』の気持ちならモチベーション上がらないし、やっても空回りしそうだなって思う。
今更周囲の人にも聞けないもの。『それまでどうやって家事したの?』とか訊かれるのも怖いし」
「そっか……」
労働そのものは苦痛の行動なのだから誰だってモチベーションが上がらなければ意欲が湧かなくなる。金銭的成果をもらえない家事であれば尚更なのだと僕は納得した。
僕はやっぱり樹くんの話が不思議でならなかった。
(仕事やバイト経験がないのは理由にならないよ絶対に……花ちゃんだって図書館で料理を覚えたり節約したりして出来る努力をしてきたんだから)
花ちゃんも7ヶ月まではアルバイト経験すらない専業主婦だった。カスミさんには花ちゃん程の意識がなかったとしても「デリバリーやハウスキーピング程度で生活費を空にする程散財するものか?」と頭の中が疑問符だらけになる。
「人間の生活能力を甘く見ちゃいけないよ太地くん。花さんと太地くんに一通りの生活力が備わっているのは幼い頃からコツコツと『目に見えない家事』と呼ばれる行為をしてきているからだよ。保護者から叱られながら強いられてきた一つ一つが土台になっているんだ。
……今回、太地くんの事があって俺もそれを物凄く実感した。俺も日常生活の諸々を人任せに割としている方だけどああいう人も存在するんだなって思ったし、派手に着飾らなくても金って色んなところで飛んでってしまうんだなって感じたよ」
「…………カスミさんの家の中の様子か何かを、見たの?」
怒りと呆れが入り混っているような樹くんの複雑な表情や声色に僕はゾワッとなりながらもついそれを訊いてしまう。
「見たよ……見て、俺も友人も溜め息すら出なかった。
料理のデリバリーは単に家の前まで持ってくるからいいとして、ハウスキーパーは毎週大変な思いをして仕事してたんだなぁって、物凄く感じた」
「……」
「太地くん、家の中の詳細聞きたい?今は夏だし、結構ヤバかったよ?綺麗好きの太地くんに果たして耐えられるかな?」
樹くんの表情や声、更に一層どんよりとした目付きは一層僕をゾワゾワさせ、様々な意味で僕に「もう充分だよ」と言わせるに足りるものだった。
「元々裕福でない環境で育った友人は色んな意味で周囲の子どもよりも苦労をし大人になった。だからこそ、その後に生まれた妹には不自由なく暮らして欲しいと友人も思ったしご両親もそうだったんだろう。
だが過剰なるその愛は生活能力を育む力を阻害した。兄の存在が妹さんを不幸にしてしまったのは可哀想だと俺も思うけど、それがまた本人に卑屈な考えを生ませてしまったんだろうね。
……まぁそういう経緯があって妹さんは他を見返したい一心で偽り、1人の殿方を騙して皆が羨む結婚式を挙げた後も『家庭的な淑女』を演じた。月に一度しか夫婦の時間は持てない訳だからそれでなんとなく数年やり過ごせた。
でも、妹さんは殿方の一言で多大なダメージを受けるのさ。『海外でのプロジェクトが落ち着いたら本社に戻る事になった。そろそろ貯蓄も出来ただろうし、子どもの事を考えていこうか』っていう、純粋無垢な言葉でね」
「子どもの話が多大なダメージって……」
ユリさんのように子どもを持たない選択をする夫婦も存在する……けれどそれは夫婦間で何度も話し合いが行われた結果によるものだと僕だって予想はつく。
「結婚してるんですから夫婦間で家族計画の話が出るのは当たり前ですよね」
花ちゃんのその言葉によって、僕の予想は的外れではない事が分かった。
(カスミさんは新たに家族を設けるにあたっての金銭的余裕なんて一切考えず、旦那さんからもらった生活費をそのまま「普通に生活する為の費用」に全振りしていたという事か……)
そして僕も花ちゃんも顔を見合わせ、同時に呆れ顔になる。
「妹さんは焦っただろうね。それを聞いたのが去年の今頃で、1年ちょっと経ったら夫婦で家を引っ越し月一だった夫婦生活が日常となる。本当は自分の事すらまともに出来ず金や他人の手に頼ってきたのがバレてしまう。貯蓄なんてしてないしましてや子どもなんて……と、もうお手上げっていうか絶望に近かった」
「……1年で立て直せなかったのかな?まだ年齢も若いし料理も家事も基礎から学ぶ事は出来るんじゃない?」
僕はそう言ってみた。実際花ちゃんだって料理を基礎から学び直して頑張ったって言ってたし、カスミさんだって少し努力すれば状況を脱却出来るんじゃないかと想像したから。
「結婚した何年も経った状態で色々基礎から学び直すのは、なかなか大変だと思うよ?」
僕の考えに花ちゃんはポツリと小さな声で反論する。
「なんで?」
「見当違いの意見かもしれないけど、私の場合がそうだったから。
私は結婚してすぐ『やるからには基礎から学び直そう』てやったけど、それは新婚っていう高揚感や高いモチベーションがあったから出来たの。元夫は太ちゃんみたいにこまめに褒めてくれるような人じゃなくて、それも1ヶ月もしたらテンション下がっちゃって家事そのもののやる気を失った事があるから」
「花ちゃんもやる気を失うだなんて……そんな事があったの?」
花ちゃんの話に僕は驚き、樹くんは興味深そうな表情を作って静かに花ちゃんを見ている。
「結局はやるのよ? ただ、手の込んだものはしないってだけで。新婚ですらそうなんだから、結婚4年も5年も続けてしかも『夫に喜んでもらおう』じゃなくて『急いで支出を減らそう』の気持ちならモチベーション上がらないし、やっても空回りしそうだなって思う。
今更周囲の人にも聞けないもの。『それまでどうやって家事したの?』とか訊かれるのも怖いし」
「そっか……」
労働そのものは苦痛の行動なのだから誰だってモチベーションが上がらなければ意欲が湧かなくなる。金銭的成果をもらえない家事であれば尚更なのだと僕は納得した。
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