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16歳のリョウとチワワの僕と、白い花
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しおりを挟むとうとう7月1日がやってきた。
午後4時半に事務室で着替えていると、無言で金髪のコウくんが入ってくる。
「コウくん」
ご主人様との研修が始まって以来犬の姿になる前の姿で対面しておらず、久しぶりだった。
別に喧嘩をしていた訳ではなかったんだけど、昨日まで毎日ご主人様との時間をコウくん達セラピストから奪っていたのだという事を考えると、名を呟くのが精一杯で僕の方から明るい顔して挨拶出来なかった。
「今日からでしょ。頑張ってね」
自分のロッカーの鍵を開けてから、数メートル距離を離している僕の方を向き、先輩さながらの落ち着いた口調でコウくんが僕にエールを送る。
「うん、頑張る……ね」
僕がご主人様とどんな時間を過ごしたのかは、やはり訊いてこない。
真実を伝えるのならば、いっその事僕の口から話した方が楽なんだろう。でも僕が口を開いた途端「聞きたくない」と拒絶されるのもそれはそれで怖い。
(偽りなく全てを打ち明けたい気持ちと同じくらい、勘違い等によって信頼を削ぐような行動は避けたいんだ……コウくんは大切な友達なんだから)
「じゃあね、リョウくん」
コウくんの強い眼差しが僕をその場から即刻立ち去るのを促す。
「うん、またねコウくん」
やはり弁解の一つも出来ずに事務室を出て、早足で自分の部屋へ向かうしかなかった。
時計の針が、17時の時刻を回る。
「…………」
僕はクイーンサイズのベッドに腰掛け、事前に準備しておいた小瓶やそれを包む女性らしい華やかなラッピングを指でさわさわと撫でながら、時計の針が進むのをジッと見つめていた。
「いつもなら時間ピッタリにノックしてくるのに」
昨日樹くんから聞いた話が脳内を駆け巡る。
カスミさんの、通常とは違う行動に胸が騒つく。
(まさか、お金を払ったもののドタキャンしたのかな?
……いや、カスミさんは初めて僕のオイルをその身に受けた頃からそういう考えを持っていない。カスミさんは「お金を払ったのであればそれ相応のサービスは受けないと」という既婚女性らしい考えの持ち主なんだから)
「……早く、来て欲しいな」
これは予想していた事ではあったけど「受付で何かが起きているのではないか」という緊張が身を包んで寒気を感じ、自分の予想を打ち消して欲しい……今すぐこの扉を開けて、いつものカスミさんらしい微笑みや明るい挨拶を僕に向けて欲しいなどという軽率な希望を持つ。
静かに聞き耳を立て……更に10分程その場で待っていると
コン……ゴンゴンゴン!!!
いつもとは全く違う、拳で激しく扉をノックする音が聞こえて
「……」
僕は無言で深呼吸をし、自分の履いているホワイトデニムや白い靴へと顔を俯かせながら…… 重い、扉をゆっくりと開ける。
「カスミさん」
僕の小さな呼び掛けを半ば無視するように、扉の奥で待ち構えていた女性が僕の胸ぐらを強い力で掴み
「リョウさん……嘘よね?
ねぇ嘘でしょう? 嘘と言ってよ! ねぇ!!」
扉が閉まる音に負けないくらいの怒声を、カスミさんは僕に向かって激しくぶつけた。
「嘘って、今日から追加される僕の担当コースやオプションの事?」
僕はあくまで冷静な態度でカスミさんに対応しようと努める。
(やっぱり昨夜に聞いた話の通りだった……カスミさんがあんな行動をとるなんて信じたくなかったのに)
けれども内心複雑だ。悲しくてたまらなかった。
「そうよ! 1週間前に予約取れた時に新しいコースとオプションをお願いしたの! 誰よりも早く、リョウさんのコースとオプションを私が受けたかったから!!」
カスミさんは僕の着ている白いノースリーブシャツをこのまま引き裂いてしまうんじゃないくらいの力を込めていてグイグイと僕を後方へと押していく。
そしてその真っ赤で派手なルージュから紡ぐ言葉の語気も強く、乱暴で、目の前の女性は本当に僕の常連客なのだろうかと疑いたくなるくらいに恐ろしい。
「……それなら間違ってないし嘘でもない」
「じゃあなんでコースも追加オプションもあんなに値段が安いの? 最初に受けたリョウさんのオイルマッサージよりも金額が低いじゃない!!」
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