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階段を一つ昇る、その先に見える景色
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けれども、これは僕の中で重要な問い掛けだったんだ。
これは花ちゃんと再会した12月や、ルームシェア3ヶ月が過ぎた頃には怖くて出来なかった……花ちゃんに向こうに戻る気があるかの重要な問いだった。
「10分で通れてしまっても、私は帰らないよ」
「えっ」
花ちゃんの視線は僕の指差した人道トンネルの方向ではなく、白い橋に向かっていた。
「帰りたくない。だってここには太ちゃんが側に居てくれるし、ここでの生活が楽しくて仕方ないもの」
再会したばかりのタワーの中でも今も本州側ではなくこちら側の海を眺めて褒めていたし
「えっ?」
「だって、そう聞こえたから」
橋の本州側へ頭を向けているこの瞬間も、彼女の心は僕との「今」を向いているのだと理解出来た。
「……ごめん」
「いいよ、謝らなくて。太ちゃんはどう?戻りたいって思う?」
「思わないよ。多分、この先ずっと思わないんじゃないかな」
「大学、卒業しても?」
「僕もこの土地が住みやすく感じちゃってるし、何より今は花ちゃんが住んでくれてるからね
「……そっか」
「うん、そうだよ」
僕達はきょうだいだから、思考も似ている。
だから自然と橋の方を向いてしまうんだろうし今だって互いの顔を見ずに喋っている。
真面目な話なのに互いの顔を見ないのは質問内容が内容なだけに不安は拭えないんだけれど、代わりに手は固く握り合っているのだからそれだけで充分なんじゃないかという気持ちにもなった。
「私ね、今のバイトとは別のを新たに探そうって思ってるんだ」
少し間を置いた花ちゃんが、僕の手をキュッと強く握り締めながらそんな宣言をしてきた。
「えっ? そうなの?」
「太ちゃんだって大学にバイトに頑張ってるから、私ももっとお金稼いで太ちゃんに負担かからないようにしないとって思って」
「負担になんて思ってないよ。花ちゃんは家事しっかりしてくれてるし」
「家事っていっても、私が太ちゃんより多くやってるのって料理くらいだし」
「料理以外にも色々してくれてるよ花ちゃんは。毎日凄く助かってるもん」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。僕、今の段階でも花ちゃんに助けられてて負担になんて思ってない……それでも花ちゃんが自分自身の為に働きたいって思っているなら僕は応援する」
「ふふ」
僕の言葉に花ちゃんは笑い声を出し、ようやく僕の方を向いて微笑んできた。
「なんで笑ってるの?」
微笑みの意図がちょっと掴めないのと、急に彼女と目が合った照れも入って顔を隠す僕に
「太ちゃんは優しいなぁって思ったからだよ」
彼女は微笑みを崩さないまま、顔を覆う僕の腕を掴んで下へと下ろす。
「もう」
「もうって言いたいのは私の方だよ。太ちゃんってば可愛いんだから」
彼女によって曝け出された僕の頬を、今度は彼女の温かな掌によって温められ、唇は親指の柔らかな部分でくすぐるように撫でられる。
「キスしたいくらい太ちゃんの事が好き」
唇に押し当てられている彼女の親指は「キス」を意味しているんだと気付いて、顔や耳が熱くなってきた。
「っ……僕だって大好きだよ! 花ちゃんのパートナーになるって約束したしっ!」
「私もだよ、太ちゃんのパートナーになる約束、ちゃんと覚えているし守るつもりだから」
僕は彼女の好きに応える為に口を動かそうとしたのに、すぐに彼女の言葉が覆い被さってくる。
「今も、外に居る時は手を繋いで歩いたり太ちゃんに肩を抱いてもらったりして恋人っぽく過ごせるようになってきてるでしょ?
家の中でもその……タイチとイチャイチャしてるけど、私は太ちゃんの良いパートナーでありたいって思うから家に1人でボーッとしちゃったり昼寝する時間があるくらいなら太ちゃんと同じように活動してお金を得たいって思ったんだ」
「花ちゃん……」
花ちゃんの「パートナー」という言葉が、一段と嬉しいワードに感じられる。
「少しでも優しい太ちゃんと同じレベルに立ちたいから。すぐには無理かもしれないけど、今のお店みたいに良い場所が見つかったら少しずつでもバイトしたいの。その分家事は疎かになっちゃうかもしれないけど」
「疎かとか、そこまで負担に感じなくていいよ」
確かに金銭的な部分は僕がほとんど負担している。だけどその分僕は花ちゃんからしてもらってる事が多いから、僕にしてみれば花ちゃんはルームシェア相手どころか擬似的な結婚生活を送っているような気分でさえいた。
花ちゃんが気にする必要はないって思うのに、僕の目を見つめながら真剣に話し「パートナーになりたい」「同じレベルに立ちたい」と言う彼女が愛おしくて僕も「今すぐキスしたいくらい好きだ」という欲求に駆られる。
「花ちゃんが働きたいなら、僕は応援するよ。家事が疎かになるっていうなら僕と分担すればいいだけの事だし、料理覚えて花ちゃんを支えるから」
(人気が少ないとはいえ、ここは外だし……かといって花ちゃんがさっきやった親指の擬似キスをやり返すなんて度胸もないし)
だから彼女の両手を優しく握って彼女の意見に笑顔で了承するのが、今僕に出来得るベストな行動だと思った。
「ありがとう太ちゃん。私、頑張る」
「うん、花ちゃんの事応援するよ」
花ちゃんはベンチから立ち上がり
「あの橋がよく見える所で宣言出来て良かった」
と嬉しそうに僕に言った。
「うん……」
再会したばかりの冬の始まりに花ちゃんがこの橋を見たなら心が揺れていただろうか?僕が不安に感じた通りになってしまっただろうか?
どうなるか分からなかったけれど、少なくともこの6ヶ月半という期間は無駄ではなく彼女を幸せな気持ちにさせる事が出来ていたのだと……僕も嬉しくなったのだった。
これは花ちゃんと再会した12月や、ルームシェア3ヶ月が過ぎた頃には怖くて出来なかった……花ちゃんに向こうに戻る気があるかの重要な問いだった。
「10分で通れてしまっても、私は帰らないよ」
「えっ」
花ちゃんの視線は僕の指差した人道トンネルの方向ではなく、白い橋に向かっていた。
「帰りたくない。だってここには太ちゃんが側に居てくれるし、ここでの生活が楽しくて仕方ないもの」
再会したばかりのタワーの中でも今も本州側ではなくこちら側の海を眺めて褒めていたし
「えっ?」
「だって、そう聞こえたから」
橋の本州側へ頭を向けているこの瞬間も、彼女の心は僕との「今」を向いているのだと理解出来た。
「……ごめん」
「いいよ、謝らなくて。太ちゃんはどう?戻りたいって思う?」
「思わないよ。多分、この先ずっと思わないんじゃないかな」
「大学、卒業しても?」
「僕もこの土地が住みやすく感じちゃってるし、何より今は花ちゃんが住んでくれてるからね
「……そっか」
「うん、そうだよ」
僕達はきょうだいだから、思考も似ている。
だから自然と橋の方を向いてしまうんだろうし今だって互いの顔を見ずに喋っている。
真面目な話なのに互いの顔を見ないのは質問内容が内容なだけに不安は拭えないんだけれど、代わりに手は固く握り合っているのだからそれだけで充分なんじゃないかという気持ちにもなった。
「私ね、今のバイトとは別のを新たに探そうって思ってるんだ」
少し間を置いた花ちゃんが、僕の手をキュッと強く握り締めながらそんな宣言をしてきた。
「えっ? そうなの?」
「太ちゃんだって大学にバイトに頑張ってるから、私ももっとお金稼いで太ちゃんに負担かからないようにしないとって思って」
「負担になんて思ってないよ。花ちゃんは家事しっかりしてくれてるし」
「家事っていっても、私が太ちゃんより多くやってるのって料理くらいだし」
「料理以外にも色々してくれてるよ花ちゃんは。毎日凄く助かってるもん」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。僕、今の段階でも花ちゃんに助けられてて負担になんて思ってない……それでも花ちゃんが自分自身の為に働きたいって思っているなら僕は応援する」
「ふふ」
僕の言葉に花ちゃんは笑い声を出し、ようやく僕の方を向いて微笑んできた。
「なんで笑ってるの?」
微笑みの意図がちょっと掴めないのと、急に彼女と目が合った照れも入って顔を隠す僕に
「太ちゃんは優しいなぁって思ったからだよ」
彼女は微笑みを崩さないまま、顔を覆う僕の腕を掴んで下へと下ろす。
「もう」
「もうって言いたいのは私の方だよ。太ちゃんってば可愛いんだから」
彼女によって曝け出された僕の頬を、今度は彼女の温かな掌によって温められ、唇は親指の柔らかな部分でくすぐるように撫でられる。
「キスしたいくらい太ちゃんの事が好き」
唇に押し当てられている彼女の親指は「キス」を意味しているんだと気付いて、顔や耳が熱くなってきた。
「っ……僕だって大好きだよ! 花ちゃんのパートナーになるって約束したしっ!」
「私もだよ、太ちゃんのパートナーになる約束、ちゃんと覚えているし守るつもりだから」
僕は彼女の好きに応える為に口を動かそうとしたのに、すぐに彼女の言葉が覆い被さってくる。
「今も、外に居る時は手を繋いで歩いたり太ちゃんに肩を抱いてもらったりして恋人っぽく過ごせるようになってきてるでしょ?
家の中でもその……タイチとイチャイチャしてるけど、私は太ちゃんの良いパートナーでありたいって思うから家に1人でボーッとしちゃったり昼寝する時間があるくらいなら太ちゃんと同じように活動してお金を得たいって思ったんだ」
「花ちゃん……」
花ちゃんの「パートナー」という言葉が、一段と嬉しいワードに感じられる。
「少しでも優しい太ちゃんと同じレベルに立ちたいから。すぐには無理かもしれないけど、今のお店みたいに良い場所が見つかったら少しずつでもバイトしたいの。その分家事は疎かになっちゃうかもしれないけど」
「疎かとか、そこまで負担に感じなくていいよ」
確かに金銭的な部分は僕がほとんど負担している。だけどその分僕は花ちゃんからしてもらってる事が多いから、僕にしてみれば花ちゃんはルームシェア相手どころか擬似的な結婚生活を送っているような気分でさえいた。
花ちゃんが気にする必要はないって思うのに、僕の目を見つめながら真剣に話し「パートナーになりたい」「同じレベルに立ちたい」と言う彼女が愛おしくて僕も「今すぐキスしたいくらい好きだ」という欲求に駆られる。
「花ちゃんが働きたいなら、僕は応援するよ。家事が疎かになるっていうなら僕と分担すればいいだけの事だし、料理覚えて花ちゃんを支えるから」
(人気が少ないとはいえ、ここは外だし……かといって花ちゃんがさっきやった親指の擬似キスをやり返すなんて度胸もないし)
だから彼女の両手を優しく握って彼女の意見に笑顔で了承するのが、今僕に出来得るベストな行動だと思った。
「ありがとう太ちゃん。私、頑張る」
「うん、花ちゃんの事応援するよ」
花ちゃんはベンチから立ち上がり
「あの橋がよく見える所で宣言出来て良かった」
と嬉しそうに僕に言った。
「うん……」
再会したばかりの冬の始まりに花ちゃんがこの橋を見たなら心が揺れていただろうか?僕が不安に感じた通りになってしまっただろうか?
どうなるか分からなかったけれど、少なくともこの6ヶ月半という期間は無駄ではなく彼女を幸せな気持ちにさせる事が出来ていたのだと……僕も嬉しくなったのだった。
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