上 下
150 / 240
階段を一つ昇り、僕は持ち物を棄てる

14

しおりを挟む



「もう……行動はちょっと考えた方がいいよ太地くん」
「ごめんなさい」
「常連さんに予約可能日前に情報明かすのは別にいいんだけどさぁ、今回のリョウのはちょっと……今までとは異例なんだから」
「それは、ご主人様からも叱られたよ。『リョウは他のセラピストより人気が高くて特別だから』って」

 7月1日の予約可能日より前の日付にリョウの担当コースを増やす件をカスミさんに明かした事を、業務連絡的な意味でご主人様や樹くんに報告したら予想以上にこの件についてご主人様から叱られ、帰宅時間がいつもより遅くなってしまっている。

「店的にはね、常連客に事前予告する事は制限されていないんだ。
 でもこの7月1日が今まで人の粘膜に触れられない約束となっていたチワワの制約解禁日でもあるのだから、もっと慎重に行動して欲しかったんだよ。俺も……勿論香織かおりだって」
「ごめんなさい」

 取り敢えずカスミさんにだけ知らせるのは不公平にあたるという事で、本日より接客する僕の常連客全てに同じく伝えるのがご主人様と約束を新たに設けられた。

「予約は1週間前からだから予約可能日は6月24日かぁ……これはちょっとした騒動になるかもしれないなぁ」
「えっ? 騒動??」

 地下鉄の駅に向かう道すがら樹くんが嘆くように僕の隣でそう言ったものだから、僕の軽率な行動が「騒動」と化してしまう実態を申し訳ないと思った。

「樹くん本当にごめんなさい」
「ん」
「ご主人様にはまた明日謝るよ」
「ん……」
「あとは……幹さんにも」
「太地くん」

 落ち込む僕の右半身を樹くんはちょんと小突き

「樹くん」
「取り敢えず今は大丈夫だから。そこまで深刻な顔しなくていいよ」

 優しい言葉をかける。

「『騒動』って言葉が悪かったかな?なんていうか……『祭り』? 6月24日は0時前からお客様が受付に集まるんだろうなっていう意味ね。
 普段はそんな事起こらないんだけど人気セラピストのリョウくんが本当の舐め犬になるとあれば初日の予約をゲットしたいって思うもんでしょ?」
「……それは、例えば水曜日の1枠目をいつも予約するカスミさんだけでなく?たくさん?」
「そりゃそうだよ。リョウくんにはファンがたくさん付いているんだから」
「ファン……」

 樹くんは明るく言ってくれたんだけど、逆に僕はその『ファン』の言葉がコウくんに陰部を舐められ嬉々とリョウの名前を叫ぶ……誰とも知れないのイメージと重なって嫌な気分に陥る。

「太地くん、後悔してる?常連客に事前に明かした事の怖さを感じているのかな?」
「うん……僕、未熟だったなぁって」

 カスミさんなら大丈夫だと思っていても、リョウには固定のファンがついているのだからきっとそれは噂となって広まっていく。

(もし非常識な女性の耳に最悪のタイミングで入ってしまったら、店だけでなくお客様全員に迷惑がかかってしまうかもしれないんだ)

 自己反省しながら住宅街を歩いていると雨が降ってきて急いで手持ちの傘をさす。

「太地くんは賢いねちゃんと自分の行いを反省出来るから。しかも今回の件はカスミさんに7月1日の事を話した後すぐに俺や香織に報告した……そこは褒めているんだよ」

 僕の傘よりも骨組みの本数が多くいかにも高級そうな黒傘を広げながら褒めた樹くんに、僕はつい唇を尖らせて

「そんな……ガキ褒めるみたいな言い方」

 と卑屈な気持ちになりそれ以上何も言い返さなかった。



「香織は他に何か言ってた? 例えば23日から始まるアレの事とか」
「アレって? ……あぁ」

 数分程歩いたところで樹くんが発した「アレ」って何だろうと一瞬思ったけど、すぐに僕とコウくんの間でネーミングされていた「研修」の事だと気付く。

「僕の場合、ご主人様は尊敬する存在であって恋愛感情とは違うでしょ? それはご主人様も理解してもらってるから、本当に研修というかレクチャーというか、技術的な事を教わったり細かい仕草についてのチェックを受ける感じになりそうだよ」
「研修やレクチャーか……他のセラピストとは意識が異なるんだね」

「うん、だからご主人様には『帰宅したらなるべくガールフレンドちゃんと触れ合いなさい』って言われたよ。
 ご主人様との時間中に僕の股間は上手く機能しないかもしれないから、帰宅してからちゃんと性的な事を解消しなさいって事みたい」
「ふぅん……そうなんだ。そこも皆とは違うよね。太地くんはスカウトで店に来た訳でも香織に恋愛感情抱いてる訳でもないから」

 雨音の所為か、樹くんのその言葉が少し冷ややかに感じる。

「ご主人様の事を全く愛してない訳じゃないよ。尊敬しているし僕が16歳の時からご主人様に惹かれていたから」
「……正確には、『ご主人様の描く物語や文字に』だろ?」
「それはまぁ……そうなんだけどさぁ」

 樹くんの言う事に間違いはないんだけど、やはりご主人様は僕の人生を変えた人だから、恋愛感情はなくとも情愛までないとは言えない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

処理中です...