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階段を一つ昇り、僕は持ち物を棄てる
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しおりを挟む「もう……行動はちょっと考えた方がいいよ太地くん」
「ごめんなさい」
「常連さんに予約可能日前に情報明かすのは別にいいんだけどさぁ、今回のリョウのはちょっと……今までとは異例なんだから」
「それは、ご主人様からも叱られたよ。『リョウは他のセラピストより人気が高くて特別だから』って」
7月1日の予約可能日より前の日付にリョウの担当コースを増やす件をカスミさんに明かした事を、業務連絡的な意味でご主人様や樹くんに報告したら予想以上にこの件についてご主人様から叱られ、帰宅時間がいつもより遅くなってしまっている。
「店的にはね、常連客に事前予告する事は制限されていないんだ。
でもこの7月1日が今まで人の粘膜に触れられない約束となっていたチワワの制約解禁日でもあるのだから、もっと慎重に行動して欲しかったんだよ。俺も……勿論香織だって」
「ごめんなさい」
取り敢えずカスミさんにだけ知らせるのは不公平にあたるという事で、本日より接客する僕の常連客全てに同じく伝えるのがご主人様と約束を新たに設けられた。
「予約は1週間前からだから予約可能日は6月24日かぁ……これはちょっとした騒動になるかもしれないなぁ」
「えっ? 騒動??」
地下鉄の駅に向かう道すがら樹くんが嘆くように僕の隣でそう言ったものだから、僕の軽率な行動が「騒動」と化してしまう実態を申し訳ないと思った。
「樹くん本当にごめんなさい」
「ん」
「ご主人様にはまた明日謝るよ」
「ん……」
「あとは……幹さんにも」
「太地くん」
落ち込む僕の右半身を樹くんはちょんと小突き
「樹くん」
「取り敢えず今は大丈夫だから。そこまで深刻な顔しなくていいよ」
優しい言葉をかける。
「『騒動』って言葉が悪かったかな?なんていうか……『祭り』? 6月24日は0時前からお客様が受付に集まるんだろうなっていう意味ね。
普段はそんな事起こらないんだけど人気セラピストのリョウくんが本当の舐め犬になるとあれば初日の予約をゲットしたいって思うもんでしょ?」
「……それは、例えば水曜日の1枠目をいつも予約するカスミさんだけでなく?たくさん?」
「そりゃそうだよ。リョウくんにはファンがたくさん付いているんだから」
「ファン……」
樹くんは明るく言ってくれたんだけど、逆に僕はその『ファン』の言葉がコウくんに陰部を舐められ嬉々とリョウの名前を叫ぶ……誰とも知れないのイメージと重なって嫌な気分に陥る。
「太地くん、後悔してる?常連客に事前に明かした事の怖さを感じているのかな?」
「うん……僕、未熟だったなぁって」
カスミさんなら大丈夫だと思っていても、リョウには固定のファンがついているのだからきっとそれは噂となって広まっていく。
(もし非常識な女性の耳に最悪のタイミングで入ってしまったら、店だけでなくお客様全員に迷惑がかかってしまうかもしれないんだ)
自己反省しながら住宅街を歩いていると雨が降ってきて急いで手持ちの傘をさす。
「太地くんは賢いねちゃんと自分の行いを反省出来るから。しかも今回の件はカスミさんに7月1日の事を話した後すぐに俺や香織に報告した……そこは褒めているんだよ」
僕の傘よりも骨組みの本数が多くいかにも高級そうな黒傘を広げながら褒めた樹くんに、僕はつい唇を尖らせて
「そんな……ガキ褒めるみたいな言い方」
と卑屈な気持ちになりそれ以上何も言い返さなかった。
「香織は他に何か言ってた? 例えば23日から始まるアレの事とか」
「アレって? ……あぁ」
数分程歩いたところで樹くんが発した「アレ」って何だろうと一瞬思ったけど、すぐに僕とコウくんの間でネーミングされていた「研修」の事だと気付く。
「僕の場合、ご主人様は尊敬する存在であって恋愛感情とは違うでしょ? それはご主人様も理解してもらってるから、本当に研修というかレクチャーというか、技術的な事を教わったり細かい仕草についてのチェックを受ける感じになりそうだよ」
「研修やレクチャーか……他のセラピストとは意識が異なるんだね」
「うん、だからご主人様には『帰宅したらなるべくガールフレンドちゃんと触れ合いなさい』って言われたよ。
ご主人様との時間中に僕の股間は上手く機能しないかもしれないから、帰宅してからちゃんと性的な事を解消しなさいって事みたい」
「ふぅん……そうなんだ。そこも皆とは違うよね。太地くんはスカウトで店に来た訳でも香織に恋愛感情抱いてる訳でもないから」
雨音の所為か、樹くんのその言葉が少し冷ややかに感じる。
「ご主人様の事を全く愛してない訳じゃないよ。尊敬しているし僕が16歳の時からご主人様に惹かれていたから」
「……正確には、『ご主人様の描く物語や文字に』だろ?」
「それはまぁ……そうなんだけどさぁ」
樹くんの言う事に間違いはないんだけど、やはりご主人様は僕の人生を変えた人だから、恋愛感情はなくとも情愛までないとは言えない。
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