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犬の言葉は、花にはきっと伝わらない

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「だからケースケくんに叱られちゃえって気持ちがあったんだ……ごめんね」
「ううん」

 だから今夜このタイミングで誤解を解く事が出来て良かったと思う事にした。

「ご主人様の事が好きな気持ちはケースケくん並みだと思うし、ご主人様の元で働きたい意志は誰にも負けないつもりだよ。
 ご主人様に甘えたくなるのは半分キャラ作りみたいなもんだけど、嘘じゃないし」
「うん」
「多分、ご主人様はボクよりもケースケくんやリョウくんの方が大事っぽくて……多頭飼いする飼い主の目線でボクを見てそうだけど」

 そして改めて、コウくんは純粋にご主人様を愛しているのだと知る事も出来た。

「それはきっと違うよ。ケースケくんは開店前からの密な交流があるからそう感じるだけで、ご主人様はきっと僕達皆に同じ愛情をかけてくれてるんだと思う」
「……リョウくんはそう思うんだ?」
「うん、僕はネット上のご主人様の文字を何度も何度も読み込んでいるからね」

 純粋に愛しているからナンバー1のケースケくんを羨むし、短時間勤務の僕に嫉妬をしてしまう。
 僕がご主人様に向ける「愛」はコウくんと意味合いが違う……けれど、違うからこそ断言出来るし言い述べられるんだ。

「一番には、なれないのかな? ボクはご主人様に甘えまくりたいのに」
「甘えられるのは好きだと思うから、コウくんは変わらずご主人様に甘えたらいいんじゃないかな。ご主人様は一度飼うと決めた犬を勝手に捨てたりしないよ。絶対」
「……そこは断言するんだね、リョウくん」
「だってご主人様の考えを、僕は知っているからね」

 一つ年下で大学生のいけ好かないヤツである僕の言葉を、コウくんは今や素直に聞いてくれている。
 既にコウくんの目の表情には「いけ好かない」は抜け落ちていて代わりに「数ヶ月差ではあるけれどれっきとした先輩」と見てくれている雰囲気があった。

「リョウくんは、ご主人様の事をどのくらい好き? とても愛してる?」

 僕は皆と同じようにご主人様だけを好きでいてとても愛してる……とまではいかない。
 コウくんはその点をしっかりと理解してくれているようにも感じられたから

「ご主人様の事はとても大事に想ってるし好きだよ……でも一番愛してるかというとそれは違うかな。
 僕にはもっと守りたい人が身近に居るし、この店の女性はご主人様含めて『素敵で可憐な花』だと思っているから」

 だからこそ、正直な気持ちをコウくんにそのまま伝えたんだ。

「花?」

 小さく呟いたコウくんに、僕は頷いて

「だって僕達は犬でご主人様の飼い犬で……この世の女性達はみんな、花でしょう?」

 と、ご主人様には通用しても一番好きな花ちゃんには通用しない言葉を使う。

「じゃあ……ボクがご主人様にかける愛情は届かない?」

 不安な色が混じっているコウくんの目を見て、僕はなんて言えば良いのか息を整えつつ考えた。

「愛情は大事だし、素敵な事だと思う。愛は性別も種も超えるから」

 20歳にもなっていない未熟な僕のその言葉が、コウくんの不安をどの程度取り除けたかは分からない。

「正直に答えてくれてありがとう。ボク……昨日よりもリョウくんの事が好きになれそうな気がする」

 コウくんはそこで椅子から立ち、僕に別れの軽い挨拶をしてから出て行った。

「コウくん」

 僕もその後すぐコウくんを追いかけようとしたんだけど、先に彼の乗ったエレベーターは階下を降りていき端末は既に返却済みである事を示していて、追いかける事は不可能になってしまった。





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