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花から求められる犬と、主人との約束

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「太ちゃん! 今日もお仕事お疲れ様!」
「夜遅いのにここまで迎えに来てくれてありがとう花ちゃん」
「だって太ちゃんと外でお話する時間を作りたかったんだもん」
「女性が深夜帯に外を歩いている事そのものを心配してるんだよ僕は」

 時刻は22時50分。
 最寄り駅に到着するなり僕はいつもと反対側の出口へと向かい、夜の公園へと足を踏み入れた。
 公園へ入ってすぐの場所に設置されている街灯の下にはコートに身を包んだ花ちゃんが缶コーヒーを手に持ちながら立って待っていて僕をベンチへといざなう。

「……それで持って帰って来たんだ?」
「うん……店長その場に居なくて突き返せなかった上にお世話になってる先輩も傍に居たから持って帰らざるを得なかったんだよ」

 ベンチに並んで座り僕が温かいコーヒーを受け取る流れで花ちゃんはさっきまで僕が持っていた無地のクラフトバッグの中身を覗き込む。

「そっかぁ……先輩にはバレたくないよね、やっぱり」
「うん、揶揄われるからね。100%」

 先月とほぼ同じ流れ……そう、今回も紙袋の中身はクロワッサンでもマカロンでもない。
 花ちゃんも覗き込む前からそれを察していたようだ。

「ゴムの箱だけなら誤魔化せてもオマケの『とろとろ入浴剤』なんてのも入ってたら先輩にバレないように持って帰るしかないよね」
「入浴剤は後で気が付いたんだ。『先月のより重いなぁ』と思って袋の中身確認して本当にビックリして……次回は受け取るの断るから! 絶対!!」

 言い訳みたいな説明と変な宣言みたいな事をした僕に、花ちゃんはクスクス笑ってくれている。

「フツーの入浴剤じゃなくて『とろとろ』がついてるもんね。『チョコレートの香り』って書いてあるし」
「……本当に参ったよ、もう」

 顔の火照りを落ち着かせたくても僕が今飲んでいるのは温かいミルクコーヒーで、正直気持ちのやり場に困っていた。

(花ちゃんはこんなものを持ち帰った僕を変な風に思ってないのかな?ゴムの箱だけじゃなくてとろとろ入浴剤まで入っているし……。
 まさかあの商品も花ちゃん知ってるヤツとか?? ゴムのショップサイト閲覧してたくらいだからあり得るっちゃあり得るけど)

 

「お家帰ろっか♪ 手を繋ごう♡」

 缶の中身が無くなったのを確認した僕の隣で、花ちゃんが可愛らしくさそう。

「そうだね、手を繋ごうか……花ちゃん」
「うん」

 街灯の白色光と花ちゃんの白い吐息がふんわりと混じりスッと消えていくのが見えて……。

「もう僕の手……温まったと思うし♡」
「うん♡」

 オイルほぐしをするリョウの指のように、目の前の愛する人をやわらかな温もりで癒してあげたいと強く思った。

「公園で温かく過ごすのっていいもんだね。太ちゃんとデートしてるみたい」

 いつもより遠回りにはなるけれど、静かな夜の住宅街を花ちゃんと手を繋いで歩くのも悪くないと感じる。

「そうだね、デートみたいだ」

(日中こんな場所で姉弟が手を繋いで見つめ合っていたら……)

 僕達の関係を知る人は多くないのだから、そこまで気にしなくて良いのかもしれない。

(でも、皆が寝静まったこの時間なら……)

 日中よりも深夜の方が僕達にとって都合が良い。
 余計な事を考える事なく花ちゃんと恋人らしく居られるのだから。

(花ちゃんが「公園で太ちゃんとの時間を過ごしてみたい」って言ってくれてすっごく幸せ♡)

 こんな夜中に花ちゃんが1人で深夜の公園で僕を待つなんて危なっかしいと最初にその提案を聞いた時は不安でたまらなかったけれど、これから春になっていくし夜の公園デートや散歩を日課にするのも素敵だと思った。

「太ちゃんはこの春休みバイトをめちゃくちゃ頑張るわけだし、これからは私がこうやって迎えに行ってもいい?」

 繋ぐ手をギュッと強く握られたと思ったら、花ちゃんが上目遣いで僕を見つめて可愛らしくお願いしてきたから

「勿論だよ。大雨とか天気が悪くなければ、毎日でもこうして花ちゃんと帰りたい」

 僕も素直な気持ちを込めて返事をした。

「本当? 遠回りになるけど平気?」
「うん、帰りは大体バイトの先輩と帰るんだけど、先輩とバイバイしたら公園へ寄ることにするよ」
「面倒じゃない?」
「ううん、全然。花ちゃんと夜の散歩デートしたいなって思うから」

 正直、夜間に花ちゃんを出歩かせる事への心配はある。
 でも住民が寝静まったこの時間帯にしか出来ない散歩デートを楽しめるのであれば、ちょっとだけ花ちゃんの好意に甘えようと僕は思った。

「あ、そうそう♪ 今日の夜食はね、水餃子にしたんだよ!」
「この前買った冷凍食品の水餃子、まだ残ってたっけ?」
「実は私が皮から作っちゃいました~♡」
「花ちゃん凄すぎない? 皮から作ったの?!」
「私は夕食に食べたんだ♪ モチモチで美味しかったよ~! 太ちゃんに早く食べさせてあげたい♪」
「わ~♡ それは早く帰って食べてみたい!!」

 だってこの瞬間も、幸せで幸せでたまらなくて……

「じゃあ太ちゃん、走っちゃう?」
「走っていいの? 花ちゃんを置いてきぼりにさせちゃうよ?」
「私だって走れるもんっ! 50メートル走10秒台だったけどっ」
「遅いじゃん! いいよいいよ歩いて帰ろう♪」

 今日の一回きりにするなんて、寂しすぎると思ったから。

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