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手中の花を生かすも殺すも、人間(ひと)次第

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「よだれ垂れちゃってる……花ちゃん可愛い」

 口元をバスタオルの端でポンポン押さえてあげながらよだれを拭き取り、次に頬を人差し指で軽くつついてみると、口も頬もプニプニとやわらかくてそれだけで幸せな気持ちになる。

(大好きな花ちゃんの身体からだに触れたら勃起するんじゃないかって心配しちゃったけど、案外楽しく出来たなぁ……。
 明日もいっぱい花ちゃんをほぐしてあげよう、花ちゃんの身体を純粋な気持ちで癒してあげたいから)

「オイルはまた明日にするね。脚は本当に疲れてるだろうから軽くほぐしといてあげるね」

 眠っているのに勝手に部屋着をめくって脚を出すのはいくらなんでもマナー違反だ。
 今朝のメイクの謎も残したままになってしまったけどそれも仕方ない。


「起きないかな……大丈夫かな?」

 ふくらはぎもある程度済ませたところでタオルを外し、慎重に身体を仰向けに転がしてから横抱きで持ち上げる。


「……お姫様抱っこはまずいかな? でも仕方ないよね?」

 「女性にとってお姫様抱っこは重要」って、確かユリさんが言ってた気がする。部屋に運ぶ為とはいえ花ちゃんの了解も取らずにやってしまって良かったのかと少し悩んだけど、してしまったものはしょうがない。

 それでも無防備な寝顔を晒してスースー寝息を立て続ける花ちゃんを、僕は2階の彼女の部屋まで連れて行き、ベッドの上へそーっと寝かせた。

「おやすみ花ちゃん。明日から大学休みだから、朝の支度は僕がするから安心して寝ててね」

 毛布や掛け布団を優しく掛けて寒くないようにしてあげた僕は、聞こえてないと分かっていてもそう声かけをした後でそっと部屋を出て階段を降り始めた。

「流石にお腹空いたなぁ、花ちゃんの夜食食べようっと」

 夕方大学から戻ってきてから再び家を出るまでの40分間。やはり1人きりだとロクな食事は摂れない。今までは胃もその環境に慣れてコンビニで調達するゼリー飲料だとかおにぎりとかでなんとかなっていたのに、2週間も花ちゃんの作る夕食をその時間食べていたから僕の胃はすっかり甘やかされてしまっていた。

 花ちゃんのほぐし行為の準備として自分の手を温めている時、コンロにかけてある片手鍋の存在になんとなく気が付いていて「もしかしたら温かな煮込み料理を作ってくれていたのではないか」という期待はあった。
 キッチンに再び向かって片手鍋の蓋を開けてみると、予想通りクリームシチューが用意されている。

「わぁ♪ シチューだ!」

 蓋を開けた瞬間嬉しくなって自然と口が開いたんだけど、下品にもよだれが出てしまって慌てて手でそのよだれを受け止める。
 ガスの火をつけて温めている最中も、口内が唾液塗れになって何度も飲み込んだり腹の虫がグーグー鳴ったりして、とにかく僕の体内が色々とやかましかった。

「あー花ちゃんのシチュー最高! トーストしたパンも美味しー、やばーい!」

 寒い夜に食べる温かいシチューは、泣けるくらい嬉しいし美味しい。

「あーもう好き、花ちゃん大好き……好き過ぎておかしくなるよ……」

 もう既におかしい人物になってる気もするけど、花ちゃんが2階で眠っている今しかこういう言葉を口に出来るチャンスがなくて、僕はその後もシチューを飲み込んでは「好き」を言い、パンをかじっては「大好き」を言う変人に成り下がっていた。


「はー……全部食べちゃった。美味しかった」

 花ちゃんは僕が夕食を食べる暇がない事を見越していたんだろうか?いつもの夜食よりも多めの量が鍋の中に入っていて、結局それを全部たいらげてしまった。

「食パンは一枚で我慢したけど確実に太るかも」

 自虐しながら僕は鍋と食器を洗って片付ける作業に移る。

「……」

 食器の片付けを済ませ片手鍋の底を束子たわしでガシガシ洗いながら、僕はあの人達両親が日常的に花ちゃんにぶつけていた暴言の数々を思い出す。

「っ!! 『ちゃんと大人になれるのか分からない』って……なんなんだよ!」

 そしてその暴言を、さも当たり前の事のように普通の顔をして姉をスルーしていた子どもの自分にも腹が立つ。

「花ちゃんはちゃんとやってるし!今日だってバイトの愚痴の一つも言わなかったし……こうやって、仕事から帰ってもシチュー作ってくれて……」

(誰が就職出来ないなんて言った? 誰が家事しかまともに出来ないなんて言った? 花ちゃんの可能性を誰も見ようとせず、小さな箱に押し込めようとしたのは誰だ?!!)

「っ……う……」

 怒りと共に涙が溢れてきて、自分の右手の甲に落ちる。


ーーー

『自分の想いのまま相手を縛りつけたり強制的に自分の方へ引き寄せるのは、相手を殺す事と同じだよ』

ーーー

 同時に、樹くんから言われた言葉を思い出した。
 実家に居る時、父さんも母さんも……それから僕も、姉を小さな箱みたいなのに押し込めて、イイ気でいて。悪魔みたいな顔つきになりながら花ちゃんの心を何度も何度も潰して殺したんだろう。

(僕はもう花ちゃんにそんな事をしたくない。
 パァッと明るく咲く花々のような笑顔をずっとしていてもらいたい……独占したいけど、殺すような真似はもうしたくない)

「花ちゃんを、生かしてあげたい……」

 独占欲と、その真反対にある自由や解放。
 その両者に脳内をさいなまれながら、僕は鍋底がピカピカになるまでガシガシと汚れや焦げ付きをこそげ落としていた。
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