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手中の花を生かすも殺すも、人間(ひと)次第
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しおりを挟む翌日、目が覚めると10時を回ったところ。
「……」
昨夜花ちゃんの部屋を出てからの記憶があんまり無いし、やりかけだった食器洗いをどうしたのか、風呂に入ったのかが一番思い出せない。
一応着ているのは昨日の私服じゃないし頭を触ったら脂っぽく感じないから多分風呂には入ったんだろうけど。
「朝ごはんの匂いは、しないな……」
自室を出て階段を覗き、鼻から空気を吸い込んでみる。
「まだ寝てるのかな、花ちゃん……」
花ちゃんがここに来て以来、階下から生活音や美味しそうな匂いがしないのは初めてだ。
一瞬「もしかして僕の寝てる間に出て行ったんじゃないか?」という考えが頭に浮かんだけど、昨夜の話の流れだと可能性は薄いし、階段を降りて玄関を確認したら花ちゃんのブーツとスニーカーがちゃんとその場に置かれていたからホッとした。
花ちゃんが何時に起きるか分からないけど、リビングに入った僕は2人分の湯を沸かし始めエアコンのスイッチをオンにする。
気になっていたやりかけの食器類は、ちゃんと自分でなんとかしていたようで玄関確認の時よりも安心した。
電気ケトルからボコボコ音が聞こえてきたタイミングで階段を降りる花ちゃんの足音が聞こえてきて
「あれ太ちゃんもう起きてたんだ?」
「起きたっていってもついさっきだよ。おはよう花ちゃん!」
僕はサッと階段下へと足を運んで、明るい声を出し花ちゃんに挨拶した。
「お湯沸かしたけど、飲みたいものある? 紅茶とココアとコーヒー、どれにする?」
「えっと……太ちゃんは何を飲むつもりだったの?」
「コーンポタージュだけど」
「じゃあコーンスープも選択肢に入れてよ、太ちゃんの意地悪」
「意地悪のつもりじゃないよ、別に」
「私にもコーンスープちょうだい」
「花ちゃんは花ちゃんで飲みたいの選べばいいのに」
「太ちゃんと一緒がいいの」
「……わかった」
花ちゃんが洗濯機を触っている間に僕はマグカップにカップスープの箱を開封して準備し、電気ケトルの中身を注ぐ。
昨夜僕と花ちゃんが座った配置に出来上がったコーンポタージュスープ入りのマグカップを置くと、花ちゃんが寒そうに体をギュッとしながらこっちに入ってきた。
10時過ぎの時間帯とはいえ花ちゃんの用意する朝ご飯の何分の一にも満たないマグカップ一杯のインスタントスープなのに、花ちゃんは可愛らしく御礼を言いその言葉通り有り難そうにゆっくりと吸い込んで唇を艶やかにしている。
ただ、濃いピンク色の舌が微かな隙間からチロッと顔を出すところを寝起きすぐに間近で目に入れるのはなんていうか……
「熱くない? 花ちゃん」
「寒いからちょうどいいよ。太ちゃんって猫舌だっけ?」
「ううん、訊いてみただけ」
……なんていうか
「そっか」
「……うん」
スープを飲み始めたばかりなのに舌先と脚の間だけがチリチリと熱く感じる。
啜る音や喉を鳴らす音がポツンポツンとダイニングテーブルに落ちていく感覚がする。
時々、代わりばんこに漏れる吐息が、僕の耳を擽る。
「ほぅ……」
花ちゃんが分かりやすい息を吐いて、壁にかけられているカレンダーの数字へと目の向きが動いた。
「ねぇ、太ちゃんの冬休みっていつから?」
花ちゃんの質問に合わせ、僕も同じ方向へと目を動かして
「24日から」
と、短く答えたら
「なんで?」
花ちゃんが即聞き返してきた。
「なんでって、なんで?」
「だって23日って……」
「23日は平日になったんだよ、今年から」
「知ってるよぅカレンダーの数字も赤くないから。
そうじゃなくて、21日22日が休みなのに23日だけ授業あって24日から冬休みって酷くない?」
「いや、何も酷くないよ。月曜日は祝日になるケースが多いんだから、寧ろそんなもんだと思うよ僕は」
「そっかぁ」
「まぁ、サボる学生続出だとは思うよ?」
「太ちゃんは授業出るの?」
「まぁ、いつも通り」
「そっかぁ……」
そんな、2度も意味深な「そっかぁ」を言われると気になる。
「23日ってなんかあるの?」
僕の問いかけに花ちゃんは口の形をへの字に曲げて
「まだネットのバイト求人を見たばかりなんだけどね、23日から25日の3日間短期バイトをやってみたいなぁなんて思ったの」
そう言いながら僕にスマホ画面を見せてきた。
「クリスマスケーキ販売業務?」
僕はスマホ画面をそのまま読み上げてみた。
「うん、近所のケーキ屋さんの。予約済みのケーキの受け渡しをしたり、店頭でケーキの販売をやるみたい」
「ふぅん……もしかしてサンタのコスプレするとか?」
「そこまでは分かんないけど」
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