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「お伽話はどうして、結婚式で終わりを迎えるのでしょう?」
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僕は「リョウ」の姿になって自分の担当する部屋の中に入り、ご新規さんの入室時間までに手の洗浄と消毒を済ませベッドの上に腰掛け深呼吸をした。
店の新規客が入室する際は特別に、受付の樹くんがエスコートしてこの扉を開ける事になっている。
前金制とはいえ、ここは特殊な空間。
サービスを受けないまま店を出てしまう恐れがあるので、樹くんはご新規さんに不安を与えないよう心を和ませる役も担っているのだ。
まぁどんな女性であれ、ご新規さんは必ず僕が相手する事になっているから僕レベルの時点で怖気付いちゃうお客さんはほぼ存在しないんだけど。
部屋の時計が予定時刻を差したと共に、扉がゆっくりと開いた。
そして僕はベッドに腰掛けたまま入室してきた女性に声を掛ける。
「ようこそいらっしゃいました『うとうと屋さん』セラピストのリョウです。よろしくね」
自分のイメージする花を「霞草」とした、僕の目の前に立つ女性は予想通りの外見をしている。
背は高いけれど肌が透けるほどに白く、か細い体型。
「自分は引き立て役だから」が口癖になってそうな大人しい印象。
……けれどもそのような女性こそ、主役に値する魅力を充分に持ち合わせていると僕は感じる。
僕が思う霞草は決して薔薇などといった華やかな花を引き立てる為だけにあらず、千にも万にも茎を枝分かれさせその先端に必ず花を開かせるような……健気で実直なイメージを持つからだ。
「あの……えっと……」
僕と同世代だろうか?この場であっても尚緊張しているくらいだから、そこまで人生経験を積んでないように見える。
「オイルで体をほぐすだけだから心配しないで。こんな格好をしているけど、貴女に向かって吠えたり噛み付いたりはしないよ」
僕はなるべく優しい口調で彼女に手招きをして僕の隣に座るよう促してあげた。
「……本当に、犬の耳や尻尾を付けているんですね」
女性はゴクリと唾を呑み込む音を立てた後に僕の隣にチョコンと座り、僕が装着している白い犬耳と尻尾に注視しながらそう感想を述べてきた。
「偽物だから動かないし、引っ張ったら簡単に取れちゃうんだけどね。僕の髪が白いから、耳や尻尾の色もそれに合わせているんだよ。チワワみたいでしょ?」
「チワワ……」
「この店のセラピストは全員『犬』なんだよ。皆それぞれ犬種イメージがあって、僕は背が低くて白いからチワワって言われているし、自分の性格的にその通りだなぁって思う」
「尻尾……触っても良いですか?」
「良いよ、強く引っ張らなければ。本物の犬は耳や尻尾を触られるのが苦手らしいけど、これはあくまで飾りだからね。好きなだけ触ってみてね」
彼女の緊張を解す為に、こちら側からは敢えて敬語は使わない。そうすれば次第に相手の堅い言葉遣いも解れてくる筈だから。
「わぁ……本物みたい! ふわふわでとっても気持ちいいです」
彼女は真の犬好きなようで、僕の白い尻尾に触れた途端に口元が綻び可愛らしい笑顔を見せてきた。
「カスミさんはワンちゃん、飼ってるの?」
僕はここで初めて女性のユーザーネームを用い、プライベートに踏み込んだ質問を投げかけた。
カスミさんは一瞬だけ肩をピクンと動かした後、か細く白い指で僕の白くふんわりとした尻尾に無言で触れる。
「……」
「ごめんね、訊いてはいけない内容だったかな」
カスミさんの地雷を踏んでしまったのかと内心焦り、即座に謝ったのだけれど
「そんな事ないです。ちょっと懐かしくなっただけで」
「ほんと? 嫌な気持ちにならなかったかな?」
カスミさんはフルフルと首を左右に振り、尻尾の毛の流れに沿うように優しく撫でながら目を細めると
「……実家で昔飼っていたの。リョウさんと同じ白毛のロングコートチワワを」
少しだけ言葉遣いを砕けさせながら僕に質問の答えを返した。
(良かった……実家のチワワを思い出して懐かしがっていただけだったのか……)
「そうなんだね。オイルよりも僕の尻尾を撫でる方が心地良いなら、もう少し撫でても大丈夫だよ」
ホッとした僕は、慈愛の目を僕の尻尾に向けて微笑むカスミさんの表情を見ながらそう提案してみる。
カスミさんには初回料金であるアロマオイルのコースを受付で支払ってもらっているけれど、アロマオイルのほぐし行為を実際にするかどうかはカスミさん……つまりはお客様の意思に委ねている。
独特な空間や雰囲気に緊張し過ぎてしまい、どこもかしこもカチカチになって僕の方から触れる事すら恥ずかしくなってしまうご新規さんは稀に存在するからだ。
「いえ、せっかくお金を払ったんだからそこはきちんとお願いします!」
カスミさんは「お金」の部分を強調させた言い方をして、尻尾から僕の顔へと目線を変更して一心に見つめた。
店の新規客が入室する際は特別に、受付の樹くんがエスコートしてこの扉を開ける事になっている。
前金制とはいえ、ここは特殊な空間。
サービスを受けないまま店を出てしまう恐れがあるので、樹くんはご新規さんに不安を与えないよう心を和ませる役も担っているのだ。
まぁどんな女性であれ、ご新規さんは必ず僕が相手する事になっているから僕レベルの時点で怖気付いちゃうお客さんはほぼ存在しないんだけど。
部屋の時計が予定時刻を差したと共に、扉がゆっくりと開いた。
そして僕はベッドに腰掛けたまま入室してきた女性に声を掛ける。
「ようこそいらっしゃいました『うとうと屋さん』セラピストのリョウです。よろしくね」
自分のイメージする花を「霞草」とした、僕の目の前に立つ女性は予想通りの外見をしている。
背は高いけれど肌が透けるほどに白く、か細い体型。
「自分は引き立て役だから」が口癖になってそうな大人しい印象。
……けれどもそのような女性こそ、主役に値する魅力を充分に持ち合わせていると僕は感じる。
僕が思う霞草は決して薔薇などといった華やかな花を引き立てる為だけにあらず、千にも万にも茎を枝分かれさせその先端に必ず花を開かせるような……健気で実直なイメージを持つからだ。
「あの……えっと……」
僕と同世代だろうか?この場であっても尚緊張しているくらいだから、そこまで人生経験を積んでないように見える。
「オイルで体をほぐすだけだから心配しないで。こんな格好をしているけど、貴女に向かって吠えたり噛み付いたりはしないよ」
僕はなるべく優しい口調で彼女に手招きをして僕の隣に座るよう促してあげた。
「……本当に、犬の耳や尻尾を付けているんですね」
女性はゴクリと唾を呑み込む音を立てた後に僕の隣にチョコンと座り、僕が装着している白い犬耳と尻尾に注視しながらそう感想を述べてきた。
「偽物だから動かないし、引っ張ったら簡単に取れちゃうんだけどね。僕の髪が白いから、耳や尻尾の色もそれに合わせているんだよ。チワワみたいでしょ?」
「チワワ……」
「この店のセラピストは全員『犬』なんだよ。皆それぞれ犬種イメージがあって、僕は背が低くて白いからチワワって言われているし、自分の性格的にその通りだなぁって思う」
「尻尾……触っても良いですか?」
「良いよ、強く引っ張らなければ。本物の犬は耳や尻尾を触られるのが苦手らしいけど、これはあくまで飾りだからね。好きなだけ触ってみてね」
彼女の緊張を解す為に、こちら側からは敢えて敬語は使わない。そうすれば次第に相手の堅い言葉遣いも解れてくる筈だから。
「わぁ……本物みたい! ふわふわでとっても気持ちいいです」
彼女は真の犬好きなようで、僕の白い尻尾に触れた途端に口元が綻び可愛らしい笑顔を見せてきた。
「カスミさんはワンちゃん、飼ってるの?」
僕はここで初めて女性のユーザーネームを用い、プライベートに踏み込んだ質問を投げかけた。
カスミさんは一瞬だけ肩をピクンと動かした後、か細く白い指で僕の白くふんわりとした尻尾に無言で触れる。
「……」
「ごめんね、訊いてはいけない内容だったかな」
カスミさんの地雷を踏んでしまったのかと内心焦り、即座に謝ったのだけれど
「そんな事ないです。ちょっと懐かしくなっただけで」
「ほんと? 嫌な気持ちにならなかったかな?」
カスミさんはフルフルと首を左右に振り、尻尾の毛の流れに沿うように優しく撫でながら目を細めると
「……実家で昔飼っていたの。リョウさんと同じ白毛のロングコートチワワを」
少しだけ言葉遣いを砕けさせながら僕に質問の答えを返した。
(良かった……実家のチワワを思い出して懐かしがっていただけだったのか……)
「そうなんだね。オイルよりも僕の尻尾を撫でる方が心地良いなら、もう少し撫でても大丈夫だよ」
ホッとした僕は、慈愛の目を僕の尻尾に向けて微笑むカスミさんの表情を見ながらそう提案してみる。
カスミさんには初回料金であるアロマオイルのコースを受付で支払ってもらっているけれど、アロマオイルのほぐし行為を実際にするかどうかはカスミさん……つまりはお客様の意思に委ねている。
独特な空間や雰囲気に緊張し過ぎてしまい、どこもかしこもカチカチになって僕の方から触れる事すら恥ずかしくなってしまうご新規さんは稀に存在するからだ。
「いえ、せっかくお金を払ったんだからそこはきちんとお願いします!」
カスミさんは「お金」の部分を強調させた言い方をして、尻尾から僕の顔へと目線を変更して一心に見つめた。
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