【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

文字の大きさ
上 下
223 / 251
【番外編】シチューを煮込む(俊哉side)※BL要素注意

2

しおりを挟む
 俺はいつから亮輔に恋のような感情を抱いていたのだろうか?

 「いつから」というのを限定するのは難しいが、父が趣味で始めたコンビニエンスストアの経営を姉から少しずつ引き継ごうとしていた20歳くらいの頃からなんとなく、亮輔に「『俊哉くん』じゃなくて『店長』と呼ぶように」としつこく言い聞かせるようにしたから、きっとその辺りからなような気がしている。

 
 亮輔は可愛く……そして不憫な従弟いとこだった。

 中学校では友達を1人も作らず、授業後に必ず電車で俺のコンビニへと顔を出して何かしらの菓子を買って、店のベンチに座って食べ……それからゆっくりと時間をかけて帰宅する。それを不憫と言わずに何と表現したらよいのか周囲の人間一人一人に問いたい程だ。

 亮輔は中二の秋から家庭教師を充てがわれ、コンビニに来てくれる頻度が少なくなっても、それでもやっぱり俺の顔を見に来ようと時間を作って「店長!」と呼び掛ける姿はやはり愛おしかった。


ーーー

『ねぇ店長。なんかさぁ、新商品のスイーツでさぁ……オススメってある?』

『このチョコのヤツって美味い?』

ーーー

 亮輔が中三に上がった頃だろうか?
 俺と顔を合わせる度にそんな質問をぶつけてくるようになった。


 俺は即座に「亮輔があの家庭教師に恋をしている」と察した。


ーーー

『やめときなよ亮輔。彼女は単なる家庭教師で、亮輔は生徒でしかない』
『分かってるよ』
『美人さんなんだろう? ……彼氏だって、いるんじゃないのか?』
『分かってるよ! だからスイーツを渡すんだよ店長の馬鹿っ!』

ーーー

 俺は「愛する者に盲目である」という醜い性質を持っていて、亮輔の家庭教師とやらの素性を亮輔がスイーツなるものを求める遥か前から調

 亮輔は単なる生徒でしかない。
 遠野皐月には医学部の彼氏が居て、亮輔が敵う筈がない。
 それを念頭においた上で俺は亮輔にやんわりと諭していたのに、亮輔の気持ちは揺るがず「馬鹿」とまで言われてしまった。

 亮輔がそこまでして遠野皐月にチョコレート製品を渡そうとしていた理由を知ってからは、あまり苦言しないように努めたけれど……


ーーー

『分かるか?俊哉……茶色の食品にはな、それだけ愛が詰まっているんだ』

ーーー


 食に拘りを持ち過ぎる俺の父の持論と、食に興味を示さない叔母から生まれた亮輔の信念がなんとなくそこでリンクしているような気がして……俺はとても切なく感じたものだ。



 亮輔の、初めての恋が空中で散った後……俺は何度か亮輔にビーフシチューを作ってやった。


ーーー

『ほら亮輔、食べなよ』
『……』
『パンをスープに浸して口にするだけでも良いから』
『……』

ーーー

 父の背中を見て、そばに立って、そっくりそのままなビーフシチューを作ってみせたのに……亮輔はそれを一度も口にする事はなかった。
 初めての恋に打ちひしがれた亮輔にはもう、身近な者によって作られた食品を受け付けられなくなっていたのだ。

 理解していたけれど、やはり悲しかった。

 数日もの時間をかけて俺1人で手掛けた「愛」ある「茶色の」料理は、一方的な片想いで止まっているのだと思い知らされたからだ。


ーーー

『ごめん店長』
『……』
『パンだけ、食うから。残りは伯母さんに渡してあげて』
『……』
『あ、そうだ。コンビニのパートさんにお裾分けしたら? 喜ぶんじゃない?』
『……』
『一人暮らしの川崎さんとかも喜んだりして。あの人、手料理に飢えてるって言ってたし』

ーーー

 ビーフシチューの皿を出す度に、AI機能のついていないロボットのようなセリフばかり繰り返す亮輔の姿を見ていられなくて……半ばヤケになって、亮輔への想いを陽介ようすけに横流しして、自分の愛情を誤魔化し始めたのだ。





「俺は今でも、悪い男だ」

 過去を振り返りながら俺はそう思う。

 心底、自分が嫌いになる。

 父が作ったものを見様見真似でこしらえても、そこに「きらびやかな愛」は入れられない。
 今も黙って自宅のキッチンで鍋をかき混ぜているが、この中にきちんと「愛情」を入れられているのか……間違えて「愛憎」を入れてしまってやいないかと、不安になるのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

強引な初彼と10年ぶりの再会

矢簑芽衣
恋愛
葛城ほのかは、高校生の時に初めて付き合った彼氏・高坂玲からキスをされて逃げ出した過去がある。高坂とはそれっきりになってしまい、以来誰とも付き合うことなくほのかは26歳になっていた。そんなある日、ほのかの職場に高坂がやって来る。10年ぶりに再会する2人。高坂はほのかを翻弄していく……。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...