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【番外編】シチューを煮込む(俊哉side)※BL要素注意
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俺はいつから亮輔に恋のような感情を抱いていたのだろうか?
「いつから」というのを限定するのは難しいが、父が趣味で始めたコンビニエンスストアの経営を姉から少しずつ引き継ごうとしていた20歳くらいの頃からなんとなく、亮輔に「『俊哉くん』じゃなくて『店長』と呼ぶように」としつこく言い聞かせるようにしたから、きっとその辺りからなような気がしている。
亮輔は可愛く……そして不憫な従弟だった。
中学校では友達を1人も作らず、授業後に必ず電車で俺のコンビニへと顔を出して何かしらの菓子を買って、店のベンチに座って食べ……それからゆっくりと時間をかけて帰宅する。それを不憫と言わずに何と表現したらよいのか周囲の人間一人一人に問いたい程だ。
亮輔は中二の秋から家庭教師を充てがわれ、コンビニに来てくれる頻度が少なくなっても、それでもやっぱり俺の顔を見に来ようと時間を作って「店長!」と呼び掛ける姿はやはり愛おしかった。
ーーー
『ねぇ店長。なんかさぁ、新商品のスイーツでさぁ……オススメってある?』
『このチョコのヤツって美味い?』
ーーー
亮輔が中三に上がった頃だろうか?
俺と顔を合わせる度にそんな質問をぶつけてくるようになった。
俺は即座に「亮輔があの家庭教師に恋をしている」と察した。
ーーー
『やめときなよ亮輔。彼女は単なる家庭教師で、亮輔は生徒でしかない』
『分かってるよ』
『美人さんなんだろう? ……彼氏だって、いるんじゃないのか?』
『分かってるよ! だからスイーツを渡すんだよ店長の馬鹿っ!』
ーーー
俺は「愛する者に盲目である」という醜い性質を持っていて、亮輔の家庭教師とやらの素性を亮輔がスイーツなるものを求める遥か前から調べ尽くしていた。
亮輔は単なる生徒でしかない。
遠野皐月には医学部の彼氏が居て、亮輔が敵う筈がない。
それを念頭においた上で俺は亮輔にやんわりと諭していたのに、亮輔の気持ちは揺るがず「馬鹿」とまで言われてしまった。
亮輔がそこまでして遠野皐月にチョコレート製品を渡そうとしていた理由を知ってからは、あまり苦言しないように努めたけれど……
ーーー
『分かるか?俊哉……茶色の食品にはな、それだけ愛が詰まっているんだ』
ーーー
食に拘りを持ち過ぎる俺の父の持論と、食に興味を示さない叔母から生まれた亮輔の信念がなんとなくそこでリンクしているような気がして……俺はとても切なく感じたものだ。
亮輔の、初めての恋が空中で散った後……俺は何度か亮輔にビーフシチューを作ってやった。
ーーー
『ほら亮輔、食べなよ』
『……』
『パンをスープに浸して口にするだけでも良いから』
『……』
ーーー
父の背中を見て、そばに立って、そっくりそのままなビーフシチューを作ってみせたのに……亮輔はそれを一度も口にする事はなかった。
初めての恋に打ちひしがれた亮輔にはもう、身近な者によって作られた食品を受け付けられなくなっていたのだ。
理解していたけれど、やはり悲しかった。
数日もの時間をかけて俺1人で手掛けた「愛」ある「茶色の」料理は、一方的な片想いで止まっているのだと思い知らされたからだ。
ーーー
『ごめん店長』
『……』
『パンだけ、食うから。残りは伯母さんに渡してあげて』
『……』
『あ、そうだ。コンビニのパートさんにお裾分けしたら? 喜ぶんじゃない?』
『……』
『一人暮らしの川崎さんとかも喜んだりして。あの人、手料理に飢えてるって言ってたし』
ーーー
ビーフシチューの皿を出す度に、AI機能のついていないロボットのようなセリフばかり繰り返す亮輔の姿を見ていられなくて……半ばヤケになって、亮輔への想いを陽介に横流しして、自分の愛情を誤魔化し始めたのだ。
「俺は今でも、悪い男だ」
過去を振り返りながら俺はそう思う。
心底、自分が嫌いになる。
父が作ったものを見様見真似で拵えても、そこに「煌びやかな愛」は入れられない。
今も黙って自宅のキッチンで鍋をかき混ぜているが、この中にきちんと「愛情」を入れられているのか……間違えて「愛憎」を入れてしまってやいないかと、不安になるのだ。
「いつから」というのを限定するのは難しいが、父が趣味で始めたコンビニエンスストアの経営を姉から少しずつ引き継ごうとしていた20歳くらいの頃からなんとなく、亮輔に「『俊哉くん』じゃなくて『店長』と呼ぶように」としつこく言い聞かせるようにしたから、きっとその辺りからなような気がしている。
亮輔は可愛く……そして不憫な従弟だった。
中学校では友達を1人も作らず、授業後に必ず電車で俺のコンビニへと顔を出して何かしらの菓子を買って、店のベンチに座って食べ……それからゆっくりと時間をかけて帰宅する。それを不憫と言わずに何と表現したらよいのか周囲の人間一人一人に問いたい程だ。
亮輔は中二の秋から家庭教師を充てがわれ、コンビニに来てくれる頻度が少なくなっても、それでもやっぱり俺の顔を見に来ようと時間を作って「店長!」と呼び掛ける姿はやはり愛おしかった。
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『ねぇ店長。なんかさぁ、新商品のスイーツでさぁ……オススメってある?』
『このチョコのヤツって美味い?』
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亮輔が中三に上がった頃だろうか?
俺と顔を合わせる度にそんな質問をぶつけてくるようになった。
俺は即座に「亮輔があの家庭教師に恋をしている」と察した。
ーーー
『やめときなよ亮輔。彼女は単なる家庭教師で、亮輔は生徒でしかない』
『分かってるよ』
『美人さんなんだろう? ……彼氏だって、いるんじゃないのか?』
『分かってるよ! だからスイーツを渡すんだよ店長の馬鹿っ!』
ーーー
俺は「愛する者に盲目である」という醜い性質を持っていて、亮輔の家庭教師とやらの素性を亮輔がスイーツなるものを求める遥か前から調べ尽くしていた。
亮輔は単なる生徒でしかない。
遠野皐月には医学部の彼氏が居て、亮輔が敵う筈がない。
それを念頭においた上で俺は亮輔にやんわりと諭していたのに、亮輔の気持ちは揺るがず「馬鹿」とまで言われてしまった。
亮輔がそこまでして遠野皐月にチョコレート製品を渡そうとしていた理由を知ってからは、あまり苦言しないように努めたけれど……
ーーー
『分かるか?俊哉……茶色の食品にはな、それだけ愛が詰まっているんだ』
ーーー
食に拘りを持ち過ぎる俺の父の持論と、食に興味を示さない叔母から生まれた亮輔の信念がなんとなくそこでリンクしているような気がして……俺はとても切なく感じたものだ。
亮輔の、初めての恋が空中で散った後……俺は何度か亮輔にビーフシチューを作ってやった。
ーーー
『ほら亮輔、食べなよ』
『……』
『パンをスープに浸して口にするだけでも良いから』
『……』
ーーー
父の背中を見て、そばに立って、そっくりそのままなビーフシチューを作ってみせたのに……亮輔はそれを一度も口にする事はなかった。
初めての恋に打ちひしがれた亮輔にはもう、身近な者によって作られた食品を受け付けられなくなっていたのだ。
理解していたけれど、やはり悲しかった。
数日もの時間をかけて俺1人で手掛けた「愛」ある「茶色の」料理は、一方的な片想いで止まっているのだと思い知らされたからだ。
ーーー
『ごめん店長』
『……』
『パンだけ、食うから。残りは伯母さんに渡してあげて』
『……』
『あ、そうだ。コンビニのパートさんにお裾分けしたら? 喜ぶんじゃない?』
『……』
『一人暮らしの川崎さんとかも喜んだりして。あの人、手料理に飢えてるって言ってたし』
ーーー
ビーフシチューの皿を出す度に、AI機能のついていないロボットのようなセリフばかり繰り返す亮輔の姿を見ていられなくて……半ばヤケになって、亮輔への想いを陽介に横流しして、自分の愛情を誤魔化し始めたのだ。
「俺は今でも、悪い男だ」
過去を振り返りながら俺はそう思う。
心底、自分が嫌いになる。
父が作ったものを見様見真似で拵えても、そこに「煌びやかな愛」は入れられない。
今も黙って自宅のキッチンで鍋をかき混ぜているが、この中にきちんと「愛情」を入れられているのか……間違えて「愛憎」を入れてしまってやいないかと、不安になるのだ。
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