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【番外編】彼のおトモダチ
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しおりを挟む「朝香ちゃん、今日もお疲れ様ー」
10月下旬の土曜日、私は開店からずっとお店で働いていて
「夕紀さん、お先に上がりまーす」
閉店時間になりや否や、私は掃除もそこそこにバックヤードへ入る。
いつもなら夕紀さんと一緒にお金の計算をしたり、焙煎機の掃除をしたりなどなど休前日なりの後片付けがあるものなんだけど、今日は毎月恒例上原さんへ珈琲豆をお届けする日なんだ。
「上原さんの珈琲豆、いつもの豆の他にハロウィン限定のブレンドも買おうかなぁ」
レジ前に立って私が豆を選ぶのを夕紀さんはジッと待ってくれていて
「今日は多めに買って持ってってくれるの? 嬉しいねぇ」
と、購入金額を電卓で計算してくれる。
「本当ならもっともっと買って渡さないと家賃に見合わないんですけど、『せっかくの豆を余らすのも良くない』って、断られちゃうんで」
夕紀さんにそう返事しながら、私は豆を袋に入れてシーリングする。
「なるほどね~、いくらコーヒー好きといっても消費量には限界あるもんね。まして毎日忙しくしてるんでしょ?」
「だからコーヒーは1日1~2杯って言ってました」
「それじゃあ多いくらいかもしれないね……はい、社員割引込みでこの値段ね!」
「いつもありがとうございます」
上原さんもだけど、夕紀さんも優しい。
こんな私の状況を良く知っていて「朝香ちゃんと亮輔くんの恩人だから」と、上原さんお気に入りのグアテマラはピッキングをいつも以上に念入りにしてくれるし手間やコストが余計にかかっているにもかかわらず割引までしてくれる。
「ハロウィン限定のブレンド、朝香ちゃんが初めてブレンドに携わったから反応みるのも楽しみなんじゃない? たくさん飲んでくれるといいわね」
私からお金を受け取りながら夕紀さんがニコニコ顔でそう言うので
「甘い香りが特徴なんで、上原さんがお付き合いされてる方の好みに近いといいなぁって思うんですけど」
と、返したら夕紀さんの目が大きく見開いた。
「えっ!? 上原さん、恋人いるの??」
物凄く驚いたみたいだ。
「そうなんですよ。私が知ったのも最近なんですけど」
上原さんに「良い人」が居るのを知ったのは今から2ヶ月前。
その日は私の昼休憩を利用して珈琲豆を届けに行ったら上原さんはちょうど食器の片付け中で……。
(見ちゃったんだよねー2人分のカトラリーや食器を食器棚に仕舞う瞬間を……。
それで、「どなたかとお食事してたんですか?」って聞いたら上原さんは照れながら「さっきまで恋人と一緒に居たんだよ」って教えてくれたんだよね)
上原さんが照れ笑いするなんて珍しいなと思う反面、サラッと「恋人」と言えちゃうのが凄いと感じてしまった。
(「彼女」じゃなくて敢えて「恋人」って言い方にするの、私だったら照れ笑いだけじゃ済まないと思うから)
そういえば、私達のすぐ上の階のお部屋とはいえ上原さん宅のキッチンやダイニングテーブルは造りが違う。
コンロがカウンターキッチンと反対側に一つ大きな寸胴鍋が置けてしまう特注コンロが設置されていてキッチンそのものが広めだし、カウンターテーブルもそのまま食事が出来てしまうくらい大きめに作られている。オシャレな椅子も2脚、そのカウンターの高さに合わせた脚の長いものが置かれていて、毎回チビの私を困らせてしまうし……。
(一人暮らしにしてはコンロの数多いし椅子2脚が気になるし……やっぱり、その「恋人」と甘い生活を過ごしてる空気感があるんだよねぇどことなく……)
この1年、上原さんのお宅に月一でお邪魔している中で感じ取った空気感。
りょーくんは「結婚とか全く考えて無さそう」って上原さんの事を常々話しているから内緒にしているんだけど、私は密かに「あるんじゃないかなぁ」なんていう予想をしているんだ。
「恋人かぁ~……上原さん、何歳だっけ? まぁ、素敵な人が居てもおかしくないよねぇ~」
夕紀さんは少し残念そうに溜め息を吐きつつも、私の話にうんうん頷いている。
「もしかしてショックでしたか? 上原さんに恋人がいらっしゃる件」
してはいけない話題だったかな?と夕紀さんの顔を覗き込む。
(以前上原さんが店にコーヒーを飲みに来てくれた事があってその時夕紀さんが淹れたコーヒーをすごく褒めていたから、それ以来ずっと「また来てくれないかな」って言ってたもんね夕紀さん。
外見も中身もとっても良い人だから、夕紀さんも気になってた……とかかな?)
「いやいやショックって訳じゃないよ
『まぁ、ハンサムさんだから居るよねー』って単純に思っただけ」
夕紀さんは眉を下げてやや複雑な表情をしていたものの、ショックを受けてはなさそうだ。
(もしや……ちょっぴり残念って感じてるかな?)
余計な考えを巡らせていると
「朝香ちゃんは上原さんの恋人がどんな人か知ってるの? 会った事ある?」
そう聞き返されて、私は首を横に振って
「まだお会いした事はないんですけど、向こうは私の存在を知ってる……みたいなこと、言ってました」
前回、上原さんが言った意味深な発言を思い起こしながら私に返答した。
「存在を知ってる……って、妙な言い回しねぇ」
「多分私が月一で上原さんの所に珈琲豆を届けてるのを知ってる……って意味だと思うんですけどね」
確かにそこは今でも妙に感じる。
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