【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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本当に欲しいもの

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「まぁ、矢野が俺の為に時間かけて選んでくれたから間違いはないって思っていたんだけど……」

 でも、りょーくんの「ドキドキ」「緊張」は、私が今感じているものとは質が違う。

「やっぱり、あーちゃんに喜んでもらえるような……見た目や印象の良いものを掛けていたいからさ」

 私の「ドキドキ」「緊張」は、単純なもの。
 ごく単純な「りょーくんかっこいい」「眼鏡姿も似合って素敵だな」「惚れ直しちゃうな」っていうプラスの感情なんだけど

「矢野にもリクエストっていうか、ちゃんと条件付けたんだ。『矢野や藤井が良い! って感じるものじゃなくて、あーちゃんが俺に惚れ直してくれるようなフレームにして』って。大事なのはあくまでその部分だったんだ。
 ……だって、1年半お付き合いしててもやっぱり俺は『野獣くん』だし。『子猫ちゃん』の隣にずっといつまでも居られるような男になりたいしなり続けたいって思うから」

 りょーくんの「ドキドキ」や「緊張」は、言わば私の真逆と言えて

「矢野とか藤井はさぁ、俺に時々オラついた面を演出してこようとするから。藤井はチャラいヤツとかイカついヤツとかすぐに持ってくるし。俺は『ぜってー買わねぇ』って突っ張ねても藤井は『試着はタダだから! 見てみたいだけだから!』って必ず試着させようとしてきて……それで、これに決めるのに何時間も時間が掛かっちゃって。
 俺はなるべくシンプルで、真っ黒よりは少し茶色が入ったやわらかい印象与えるフレームが良かったんだよ……なのにアイツらったら」
「……」
「だからっ! だから余計に、この眼鏡にした時矢野が何て褒めてくれてたかとか全部忘れちゃって……それでめちゃくちゃ不安になったんだ。『時間かけて選んだ癖にこのフレームにして本当に良かったのかな』って。『あーちゃんに惚れ直してもらえるようなフレームがちゃんと買えたのかな』って!」

 りょーくんは3週間前からずっと、マイナスの感情を抱き続けていたんだ。

「あーちゃん、正直に言って。こんな眼鏡の俺、どう思う? 男として見れる? 彼氏としてそばにいて平気? 怖くない? あーちゃんに負の感情与えてない?
 あーちゃんに攻撃しそうな恐ろしい男に見えてない?」

 たかが眼鏡。と、呆れる人が居るかもしれない。

「眼鏡はこの先ずっと使う事になると思うし、あーちゃんと一緒にこの家で生活する時は絶対俺はこの顔にならなきゃいけないから!
 だから、あーちゃんに好かれる顔じゃなきゃ……絶対にいけないって、思ってて」

 黒髪マッシュショートのヘアスタイルの前は金髪のロングヘアでパーマかけてて両耳に20個もピアス開けてたのに今更。と、思う人も居るかもしれない。
 だけど、本人の悩みは他人には理解出来ない。特にりょーくんは私が普段感じている以上に繊細なハートを持っているのだから。

(りょーくんは「勿体ぶってた」んじゃなくて「私に嫌われたくなくてなるべくお披露目のタイミングを伸ばしていた」んだ……)

 りょーくんは私を特別大事に想ってくれているし溺愛してくれる……でもその裏で、私がいつか離れていってしまうんじゃないかという不安を抱えている。

「りょーくん……」
 
 私が彼のふんわりとしたマッシュショートの黒髪に触れようとすると突然顔を俯かせ

「ごめん。あーちゃんは男を顔で選ぶような女性じゃないのに……空気重くなる事言ってごめん」

 彼のプルプルとした強い震えが髪の毛を通り私の指先に伝わっていくのを感じ取る。

「でもこれだけは言わせて。俺の『本当に欲しいもの』はね、あーちゃんなんだ」
「えっ?」
「あーちゃん、1ヶ月以上前から俺に訊いてたでしょ。『お誕生日プレゼント何が欲しい?』『りょーくんが今一番、本当に欲しいものは何?』って」
「あ……」
 

 確かに私はりょーくんにその質問をした。そりゃあもうしつこいくらいにした。
 だけど彼の返事は「別に」「何も要らないよ」ばかりで、唯一リクエストしてくれたのが唐揚げとオムライスだった。

「俺ね、もう満たされてるんだ。
 1年半前にあーちゃんとお付き合い出来た事も大きなプレゼントだったし、それから半年経って一緒に暮らし始めた事もやっぱりおっきなプレゼントだった。
 ……今も、毎日毎時間プレゼントをもらってるんだよ。だって毎日毎時間大好きなあーちゃんとの思い出が増えるんだから」
「そんな……プレゼントだなんて大袈裟だよ」
 
 俯いてはいるけれど言葉一つ一つに重みがあって誠実さを感じる彼にどうリアクションを取れば良いのか分からず、軽々しい謙遜の言葉を呟いてしまったんだけど

「……」

 彼は黙って首を左右に振り、「大袈裟じゃない」の意味を強めるような態度をとる。

「だからもう、俺に出来る事は一つだけ。あーちゃんが幸せに毎日を過ごせる事なんだ……その一つに我が儘を付け足すなら『俺の隣で』になる訳で……」

 彼の真意は、毎日の生活を細かに見ていればすぐに理解出来た内容だった。

「それで、私が惚れ直しちゃうなメガネフレームってこと?」
「うん」

 だから私の言葉に食い気味で「うん」と大きく頷いた彼が愛おしく感じられて

「めちゃくちゃ惚れ直しちゃったよ♡ りょーくんは眼鏡かけてもかっこいいね♡ かっこよすぎてドキドキしちゃったよ♡」

 私は椅子から立ち上がり、彼と同じく膝立ちになるとそっと彼の頭を抱き締めてあげた。

「ほんとに?」

 顔をあげてはくれないけど、声を聞く限り喜んでくれているみたいだ。

「本当だよ♪ 私、りょーくんの事が大好きで、優しい印象を与えるようなメガネフレームを選ぼうとしてくれるりょーくんの気持ちそのものも嬉しくて、愛おしくなって、キュンキュンしちゃうんだから♡」

 だから私は彼がもっともっと喜ぶような、素直な気持ちをそのまま伝えると、ギュッと抱き締め返してくれて

「最高の誕生日プレゼントを今年もありがとう」

 ……と、そう言ってくれた。




「唐揚げとオムライス、食べよっか♪ 温め直してあげるね♪ ちゅー♡」
「ありがとうあーちゃん♡ めちゃくちゃ大好き♡ ちゅー♡」

「「ちゅー♡♡」」


 誕生日パーティースタート前に繰り広げたバカップルみたいなこのキスも、りょーくんにとって最高のプレゼントの一つになってるといいなぁって私は思った♡



「お誕生日おめでとう♡ りょーくん♡♡♡」











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