【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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本当に欲しいもの

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「なるほど……それで朝香ちゃんはずっと機嫌が悪かった訳かぁ~」

 そして今は午後19時半。
 夕紀さんと一緒にお店の締め作業に取り掛かっていた。

「はい、だから今日は定時帰りする気が全く起きないんですっ! どうせ夕食も3人で食べに行ってるんでしょうしっ!!」
「亮輔くんやお友達から『夕食は食べに行ってくる』なんて言われなかったんでしょ? 帰ってあげたら? 今頃亮輔くん朝香ちゃんの帰りをしょんぼりしながら待っているかもよ?」
「それは……」

 私も来月末には21歳になるっていうのに、昼間のショックが大き過ぎて午後の仕事では笑顔が引き攣っちゃうし締め作業中も夕紀さんに慰めてもらうという情けない状況になってしまっている。

「亮輔くんは真面目でいい子よ。その上朝香ちゃんには特別優しい……だからこそ、大事な目の事は言えなかったのよ。朝香ちゃんにめちゃくちゃ心配されちゃうなーって」
「でも……でもでもぉ、目ですよ? 目ってとっても大事じゃないですかっ!
 試験勉強や大学の用事で忙しくて目を酷使しちゃって視力が落ちるのは仕方ない事だけれど、私は彼と一緒に住んでいるんですよ? 目の相談くらいしてくれたっていいじゃないですかぁ」

 こういう事を仕事の師匠に愚痴る私は幼いと思う。
 でも……どうしても愚痴らない訳にはいかなかったし

「それにっ! 私が1番ショックを受けているのが彼へのプレゼント内容についてです。
 私は彼女なのに……同棲してるくらい仲良くしているっていうのに……彼への誕生日プレゼントが友達との共同購入っていうのが悔しくて」

 私が最も気にしているのはソレだった。

「なんで悔しいの? お友達も亮輔くんも納得済みなんでしょう?
 私は良いと思うけどなぁ。そもそも学生さんがブランドモノのメガネフレームを買うなんて贅沢な事だし、朝香ちゃんもお金出してくれれば予算が増えて社会人になっても長く使えそうなくらい良いもの買えちゃうんだもの」
「でも私はですよ? 私は私で彼が喜ぶ別のプレゼントを渡した方が良くないですか?」
「とかなんとか言いながら、朝香ちゃんはプレゼント候補が見つけられないんでしょ? 仕方ないじゃない」
「うっ……」

 結局は夕紀さんに正論を言われぐうの音も出なくなる。

(そうなんだよね……就活に必要なスーツ一式は上原さんからプレゼントしてもらえるみたいだし、夕紀さんも夕紀さんで鞄を前もってりょーくんの為に用意してくれてるっていうんだもん)

 これから本格的に始まる就職活動の為に必要なものは上原さんが誕生日プレゼントとしてスーツと革靴を用意していて、鞄は夕紀さん、時計はコンビニバイトの先輩……と、既にキッチリ押さえられてしまっていたんだ。

(服は基本的に上原さんのお下がり、スニーカーはもうりょーくんがある程度買い揃えちゃって新しいものは要らない。小物は去年のブレスレットでネタを使ってしまったし、バイクのパーツは誕生日プレゼントと呼ぶにはふさわしくなさそう……。
 もう私には!私には彼女としてりょーくんに用意出来る誕生日プレゼント候補が思い付かないんだよぉ~……)

「誕生日プレゼントなんてさぁ、本人が喜ぶものであれば別になんだっていいんじゃない?」

 泣きそうになる私の肩をポンポンと叩きながら夕紀さんは温かな言葉をかけてくれた。

「本人が……喜ぶもの?」
「そうよ! 金銭的なものは眼鏡の予算として役に立ったんだし亮輔くんはそれで充分助かってるんだと思うの。亮輔くんはきっとこれ以上朝香ちゃんに何かしらのプレゼントを望んでないんじゃないかなぁ」
「まぁ……確かに、3人で共同購入する話はりょーくんも納得済みではありますけどぉ」
「朝香ちゃんの気が済まないならお料理は? 去年の20歳の誕生日の時だって朝香ちゃんがいっぱいご馳走作ったんでしょ? 亮輔くん、いつだったか私にその話を嬉しそうな感じで話してくれたよ!」

 夕紀さんはそう言って、りょーくんが未だに去年の唐揚げやオムライスを喜んでいたというエピソードを私に伝えてくれたんだけど……

「でも、去年作ったのは普通の唐揚げやオムライスとホールケーキですよ? 彼が喜んでくれていたとはいえ、また同じものを作るのって変じゃないですか?変わり映えしないし」

 私はどうしても唇をへの字に曲げてしまう。

「変わり映えしないと思うならメニューをグレードアップさせるのも手なんだけど、でもやっぱり亮輔くんが食べたいものを作るべきじゃない?」
「……」
「亮輔くんのお誕生日なんだから、亮輔くんが食べたいものを用意するのが彼女として1番の努めなんだと私は思うなぁ。
 たとえ去年と同じメニューになっちゃっても良いのよ♪ 来年、再来年……5年後も10年後も同じメニューを亮輔くんが欲しがるのなら朝香ちゃんは負けじと提供してあげるの。それが愛ってものだと思うから」

 でも、師匠の言葉には重みを感じる。

「そう……ですよね」

 締め作業を終える頃には、私の口角はクッと上向きになっていた。
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