【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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【番外編】それは、「口実」(亮輔side)

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 ドーン!!!


 会場に到着したばかりの頃はまだ明るさが残っていたのに、1発目の花火は深く濃い藍色の中を縫って打ち上がる。

「始まったよりょーくん」

 なんとかして2人分の座るスペースを確保して本当に良かったと、彼女の無邪気な笑顔に頷きながら思った。

 観覧客はそれなりに多いし、夏の空気はジトッとして蒸し暑く汗がとめどなく滲んでくるけれど

「ほら、2発目くるよ!」

 肩をちょんちょん突かれる心地良さ、花火の灯りに反射する彼女の可愛らしさ可憐さは、今まで彼女と接してきた中で群を抜いているのだから。


 ドーン!!!!

「大きいな」
「大きいね……」





 ドーン!!!


 パーン……

「綺麗だね」
「うん、綺麗」



 次々と花火が打ち上がっていく度に、2人で「大きい」や「綺麗」など、ごく単純な感想を漏らす。

 辺りは観覧客でひしめきあっているというのに、俺の視界には花火の光に照らされた彼女の綺麗な横顔しか映っておらず「周囲に誰もいなければキス出来るのに」というエロ心がつい沸き上がってきてしまった。


 ドーン!!!!


 また花火が打ち上げられた時、あーちゃんが笑って俺の方を向いたと思ったら……

「ふふ♡」

 ピッと人差し指を立てて俺の顔に近付けて

「ふむっ!」

 ふにっと俺の唇を押した。

「……♡」
「……!」

 パァン!と火花の弾ける音と共に辺りが暗くなり、指はまた離れていく。

「えっ……さっきの、何?」

 と俺が訊くと、彼女ははにかみながら耳に顔を寄せて

「キス、したくなったから。そのつもり♡」

 と囁いてまた花火を観る為に顔を上げた。

「えっ……」

(「キスしたくなったからそのつもり」って……やばい! 俺の彼女、可愛いすぎる!!!!)

 不意にそんな可愛い事をされたのだからそこは居てもたってもいられなくなる。

(残り何発か分からないけれどこのまま連れて帰りたいな……)

 急いで帰って、誰にも見られない場所で和装の彼女のやわらかな唇を独り占めしたい。
 俺の頭の中はそんな欲求でいっぱいになっているというのに、彼女はとても楽しそうで「次はどんな形かな」なんてワクワクしている。


(この腕を引いて無理に家に帰ろうとしたら怒るだろうな……っていうか、こんな気持ちにさせたくせにフツーの態度をとるくらいなら「つもり」なんてするなよなぁ)

 文句を言いたくなるけれど、寧ろそういうところがあーちゃんっぽくて大好きな部分の一つでもあった。

「綺麗なハートの形になったよ! りょーくん!!」

「あー……今度のは形がいびつになっちゃったねー残念っ!」

「あ!! 今のすごいすごい!!」

 打ち上がる度に明るい声を出すあーちゃんの表情を横目でチラ見しながら、俺は「早く全部打ち上がらないかな」「早く花火終わらないかな」なんて、帰宅する事ばかり考えていた。


 それなのに最後の大きな花火が夜空いっぱいに花開くと……

「もう終わりなのか……」

 と、寂しい気持ちにかられそのまま言葉として口から漏れた。

「りょーくん、寂しいの?」

 あんなに「早く終われ」「早く帰ってあーちゃんとキスしたい」と願っていた癖に

「うん……」

 なんて我が儘な男なのだろうと自分が情けなくなった。




 辺りがザワザワとして人の流れが起きてくる。

「帰ろっか、りょーくん」

 あーちゃんがしんみりした顔で立ち上がり

「そうだね……帰ろうか」

 いそいそとビニーシートを畳み、彼女と共に人の流れに向かって歩み出した。


「行きよりも帰りはすごい人だね」

 背の低いあーちゃんは俺の腕にしっかりと抱きついて離れまいとしている。

「ちゃんと掴まっててね」

 また行きと同じように体を寄せ合って歩く事が出来るというのに、「花火が終わってしまった」という寂しさが埋まらない。



 「……」
 「……」

 人混みにまみれて歩幅を狭めながらゆっくりと歩く。

 自然と、俺もあーちゃんも無言になる。


 花火大会の開催を知ってワクワクした1週間前
 矢野があーちゃんの為に浴衣を貸して着付けまでしてくれると言った数日前
 マンションからここまで歩いた数時間前や、花火を見始めた45分前や……あーちゃんが俺の唇をふにっと人差し指で押した35分前。

 その全てが花火のように燃え盛り、細かな塵となって空中で尽きる。

 なんて切なく、あっけなく……なのに思い出は何故こんなにも美しい欠片に変化して心の中に沈んでいくのだろうと俺は思った。


 


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