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temptation
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「この手紙大事にしておかなくちゃ。後で大事にしまっておくよ」
りょーくんは手紙を食事する私達から見えるように立て掛け、今度はキッチンからガラス製の徳利とお猪口を持ってきた。
「手紙にあった冷酒器ってこれ?」
私が指を指すと
「そうだよ。徳利のこの窪みに氷を入れて冷やすものらしいよ」
彼はそう答えて一升瓶を開け、くぼみに氷を2~3個を詰めた徳利に移し替えた。
「そういえばりょーくんは日本酒詳しくなかったから源さんの魚屋さんまで走って相談に行ったんだよね?源さんはこの銘柄を知ってたって事?」
お父さんの手紙には『刺身』としか書かれていなかった。なのにりょーくんはわざわざこのお酒に合う魚を源さんにチョイスしてもらいに行っている。
刺身を買うだけなら駅前のスーパーで事足りるはずなのに走って商店街へ出掛けたというりょーくんの行動にまた疑問が浮かんだ。
「そうだね、俺は日本酒飲んだ事ないし店長もジンしか飲まない人で周りに日本酒に詳しい人居ないんだよ。だったらいつもお世話になってる魚屋の源さんや酒屋さんに訊いた方が早いし確実だと思ったんだ。
純米大吟醸は凄く良いお酒なんだろうなっていう薄い知識くらいはあるけど、せっかくお父さんが広島のとっておきのお酒を俺達にプレゼントしてくれたんだから刺身選びに失敗したくはなかったんだよ」
お猪口に少しだけ注いでもらいながら聞くりょーくんの言葉には本気度の高さが伺えた。
「なるほど」
「源さんにこのお酒の銘柄を伝えたら、源さんがすぐに酒屋の『ゆきじいさん』を呼んで天野さんも来てくれて皆でどれを刺身にすべきかで会話が盛り上がる感じでさ。思ってたよりも迷惑掛けちゃって……」
「ゆきじいさん、全国のお酒に詳しい人だからきっと瀬戸内海側が良いのか日本海側が良いのかで迷ったんだろうね」
「そうなんだよ! すっごく迷ってた!『多分広島の南の人で今の季節なら小鰯の刺身』って言ってたよ」
「確かに……お父さん、夏は小鰯のお刺身食べてたかも」
実はりょーくんが刺身皿をテーブルに置く際に言っていた「タコと鰯」のワードで、私はお父さんが嬉しそうに小鰯のお刺身を食べている姿を思い浮かべていたんだ。
「やっぱり! ゆきじいさんの予想は当たっていたんだね! 新鮮な小鰯を使わなきゃいけなくて夕方以降の時間じゃ無理だったんだよ」
私の言葉にりょーくんは片眉を下げて残念がる。
多分お父さんは「小鰯の刺身を必ず用意しろ」なんて私達に強いるつもりは無かったんだろうけど、りょーくんの片眉下げの表情は源さん達が腕を組んでウンウン唸っている様子をそのまま表しているかのように見えた。
「でもお父さん、夏のタコも大好きなんだよ」
だからフォローする意味合いを込めて、「お父さんが小鰯と同じくらいタコも好物である」という事実を告げると
「ほんと??! じゃあタコを選んで正解だったんだね♪ 良かったぁ~」
りょーくんは肩の力をヘニャッと抜きながら安堵の声を漏らしていて、私までホッコリとした気分になる。
「源さんやゆきじいさん達の知恵の集まりでこのタコのお刺身がこの場にあるんだね」
今日、私は通常の仕事ではなく焙煎機の修行として焙煎室にこもっていた。
メールくらいならりょーくんの相談に乗る事が出来たんだけど、今このタイミングで彼に「私にメッセージ入れてくれたらすぐ返事したのに」なんて野暮なセリフは言ってはいけない事くらい理解している。
送り主の娘に簡単に訊いて解決するよりも、りょーくんが商店街の大人を頼って問題解決に至った今日の出来事は彼の成長そのものとも言えるし、この話を後でお父さんに話したらきっと喜んでくれるだろうと思うから。
「ねぇあーちゃん、俺にも注いでくれる?」
りょーくんはよりリラックスした声を出しながら、私に薄はりのガラス製お猪口を私に向けた。
「もちろんっ! りょーくんわざわざお刺身買ってきてくれてありがとう♡」
私は氷で少しだけ冷やされた徳利を両手で持ち、幼い頃からお父さんにやってあげていたのを思い出しながら、りょーくんが持つお猪口にお酌してあげた。
「縁が薄めでなんだか割れちゃいそうっ……」
だけどお父さんがいつも呑む時に使うお猪口より、私達が手にしているものは繊細で上質なものだ。
徳利の先をカチンとお猪口にぶつけでもしたら簡単に割れてしまうのでは……という緊張が走る。
「縁が薄い分、お酒の口当たりはすっごく良いんじゃないかな? 期待が高まるよ♪」
お互いのお猪口にお酒がそれぞれ八分目まで注がれたところで、りょーくんは口だけの「乾杯」を言うなりクイッと中身を飲んでみせた。
「わ!! なんかすげぇ!!」
一口飲んで彼は目を輝かせ、またクイっと飲んでお猪口を空にする。
「流石お父さんオススメなだけあるよ!! あーちゃんも飲んでみなよ♪」
「えー? でも日本酒はなぁ……」
私はお猪口を手にしてはいたものの、まだ飲む気になれなかった。
りょーくんは手紙を食事する私達から見えるように立て掛け、今度はキッチンからガラス製の徳利とお猪口を持ってきた。
「手紙にあった冷酒器ってこれ?」
私が指を指すと
「そうだよ。徳利のこの窪みに氷を入れて冷やすものらしいよ」
彼はそう答えて一升瓶を開け、くぼみに氷を2~3個を詰めた徳利に移し替えた。
「そういえばりょーくんは日本酒詳しくなかったから源さんの魚屋さんまで走って相談に行ったんだよね?源さんはこの銘柄を知ってたって事?」
お父さんの手紙には『刺身』としか書かれていなかった。なのにりょーくんはわざわざこのお酒に合う魚を源さんにチョイスしてもらいに行っている。
刺身を買うだけなら駅前のスーパーで事足りるはずなのに走って商店街へ出掛けたというりょーくんの行動にまた疑問が浮かんだ。
「そうだね、俺は日本酒飲んだ事ないし店長もジンしか飲まない人で周りに日本酒に詳しい人居ないんだよ。だったらいつもお世話になってる魚屋の源さんや酒屋さんに訊いた方が早いし確実だと思ったんだ。
純米大吟醸は凄く良いお酒なんだろうなっていう薄い知識くらいはあるけど、せっかくお父さんが広島のとっておきのお酒を俺達にプレゼントしてくれたんだから刺身選びに失敗したくはなかったんだよ」
お猪口に少しだけ注いでもらいながら聞くりょーくんの言葉には本気度の高さが伺えた。
「なるほど」
「源さんにこのお酒の銘柄を伝えたら、源さんがすぐに酒屋の『ゆきじいさん』を呼んで天野さんも来てくれて皆でどれを刺身にすべきかで会話が盛り上がる感じでさ。思ってたよりも迷惑掛けちゃって……」
「ゆきじいさん、全国のお酒に詳しい人だからきっと瀬戸内海側が良いのか日本海側が良いのかで迷ったんだろうね」
「そうなんだよ! すっごく迷ってた!『多分広島の南の人で今の季節なら小鰯の刺身』って言ってたよ」
「確かに……お父さん、夏は小鰯のお刺身食べてたかも」
実はりょーくんが刺身皿をテーブルに置く際に言っていた「タコと鰯」のワードで、私はお父さんが嬉しそうに小鰯のお刺身を食べている姿を思い浮かべていたんだ。
「やっぱり! ゆきじいさんの予想は当たっていたんだね! 新鮮な小鰯を使わなきゃいけなくて夕方以降の時間じゃ無理だったんだよ」
私の言葉にりょーくんは片眉を下げて残念がる。
多分お父さんは「小鰯の刺身を必ず用意しろ」なんて私達に強いるつもりは無かったんだろうけど、りょーくんの片眉下げの表情は源さん達が腕を組んでウンウン唸っている様子をそのまま表しているかのように見えた。
「でもお父さん、夏のタコも大好きなんだよ」
だからフォローする意味合いを込めて、「お父さんが小鰯と同じくらいタコも好物である」という事実を告げると
「ほんと??! じゃあタコを選んで正解だったんだね♪ 良かったぁ~」
りょーくんは肩の力をヘニャッと抜きながら安堵の声を漏らしていて、私までホッコリとした気分になる。
「源さんやゆきじいさん達の知恵の集まりでこのタコのお刺身がこの場にあるんだね」
今日、私は通常の仕事ではなく焙煎機の修行として焙煎室にこもっていた。
メールくらいならりょーくんの相談に乗る事が出来たんだけど、今このタイミングで彼に「私にメッセージ入れてくれたらすぐ返事したのに」なんて野暮なセリフは言ってはいけない事くらい理解している。
送り主の娘に簡単に訊いて解決するよりも、りょーくんが商店街の大人を頼って問題解決に至った今日の出来事は彼の成長そのものとも言えるし、この話を後でお父さんに話したらきっと喜んでくれるだろうと思うから。
「ねぇあーちゃん、俺にも注いでくれる?」
りょーくんはよりリラックスした声を出しながら、私に薄はりのガラス製お猪口を私に向けた。
「もちろんっ! りょーくんわざわざお刺身買ってきてくれてありがとう♡」
私は氷で少しだけ冷やされた徳利を両手で持ち、幼い頃からお父さんにやってあげていたのを思い出しながら、りょーくんが持つお猪口にお酌してあげた。
「縁が薄めでなんだか割れちゃいそうっ……」
だけどお父さんがいつも呑む時に使うお猪口より、私達が手にしているものは繊細で上質なものだ。
徳利の先をカチンとお猪口にぶつけでもしたら簡単に割れてしまうのでは……という緊張が走る。
「縁が薄い分、お酒の口当たりはすっごく良いんじゃないかな? 期待が高まるよ♪」
お互いのお猪口にお酒がそれぞれ八分目まで注がれたところで、りょーくんは口だけの「乾杯」を言うなりクイッと中身を飲んでみせた。
「わ!! なんかすげぇ!!」
一口飲んで彼は目を輝かせ、またクイっと飲んでお猪口を空にする。
「流石お父さんオススメなだけあるよ!! あーちゃんも飲んでみなよ♪」
「えー? でも日本酒はなぁ……」
私はお猪口を手にしてはいたものの、まだ飲む気になれなかった。
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