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temptation
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「このお酒にはタコや鰯のお刺身が合うんだってさ。商店街の源さんや酒屋さんに教えてもらったんだ」
「タコ……鰯……」
「急ぎだったし鰯は無くてタコがメインになっちゃったんだけど。でも瀬戸内海のタコだって魚屋の源さんがめちゃくちゃオススメしてくれたんだよ!」
りょーくんは私に言いながら綺麗に盛り付けられた刺身皿を私の目の前に差し出す。
「綺麗……これ、りょーくんが薄切りにしたの?」
「まさか! 包丁使えるようになったとはいえこういうのはまだダメだよ」
苦笑いして「カッコ悪いよな俺」なんて呟きながら椅子に腰掛けるりょーくんの出立ちは何故かキラキラと輝いてみえてカッコ悪さを感じさせない。
(まぁ、りょーくんイケメンなんだから何したってかっこ悪いはずがないんだけど)
「っていうか、今日は早めに俺が1日家にいて本当に良かったよ。18時過ぎにお酒が届いて中を確認したら走って魚屋の源さんのところへ行って刺身の相談をしてこれを買ってきたんだから」
「ええ? わざわざ走って源さんのところへ買いに行ってきたの? 私が作ったおかずが既にあったのに?」
18時過ぎという事は、私が『After The Rain』へ出掛けた直後という事になる。
その10分前に私は夕食用のおかずを冷蔵庫にしまっていてりょーくんも把握済みだ。
それなのになんでわざわざりょーくんは魚屋まで走って出掛けたのか……?
「だって手紙にそう書いてあったんだから買うに決まってんじゃん」
私の疑問点にりょーくんはアッサリとそう回答し、お酒と一緒に同梱されてたらしい封筒を私に差し出してきた。
「手紙って……まさかお父さん直筆?!
うちのお父さんの字、読みにくかったでしょ?!!」
お父さんは筆まめな方で、手書きで手紙や年賀状を書くのが好きだ。学生時代から使っているという愛用の万年筆があって、それをずーっと大事にメンテナンスしながら使っては書いているのを幼い頃から知っている……けど、所謂「達筆」ってヤツで字の癖が強く娘の私にとっては読みにくくてしょうがない。大人相手ならまだ良いのかもしれないけど、20歳そこそこのりょーくんにとっては読むのが苦痛な手紙だったんじゃないかと私は予想した。
「いや? ものすごく綺麗な字だったよ。惚れ惚れしちゃったくらい」
なのにりょーくんは「なんでそんなことを言うのか分からない」と言いたげな表情で私を見つめ
「とにかくあーちゃんも読んでみたら? 俺に宛ててくれた手紙だけど」
「えー……お父さんが書いたんだよねぇ……」
気が乗らない私にりょーくんは「読んで読んで」と急かしてくるので、仕方なく封筒から手紙を取り出して開いてみた。
「何これ! めちゃくちゃ読みやすい字!!!」
例の万年筆で書かれてはいるけど、ピシッとした楷書で書かれていて私は目をこれでもかと見開かせる。
(嘘でしょ? お父さんのこんな字見たことないんだけど!!)
一瞬お母さんが書いたのかな?とも思ったけど、お母さんは万年筆を絶対に使わないしこんな字を書かないからやっぱりここに書かれているお手本のような楷書体はお父さんの字で間違いないのだと確信した。
———先週は遠いところからわざわざ足を運んで下さって有難うございます。
笠原亮輔くんが我が娘を好いてくれ、まして一緒に生活しているとの報せに心が高揚してしまい、あろう事か早々に酒を煽って酩酊状態で接してしまったことをお許し下さい。
また、我が家に来て下さった亮輔くんの立ち振る舞いが以前と違って爽やかな青年に成長していたので大変驚きました。以前のような孤独感や目の鋭さも無く私の話を真剣に聞いてくれる亮輔くんの姿がとても嬉しく、ついつい自分だけ酒が進んでしまいました。
本当は亮輔くんと酒を飲み交わしたかったのにそれが出来ず大変申し訳ありません。お詫びの代わりに私の好きなお酒と冷酒器を用意させていただきました。
この酒は常温でも美味ですが、今は暑くなってきたので徳利に少量の氷を入れて少し冷やしても良いと思います。
刺身によく合う酒だと思いますので、是非娘と一緒に楽しんで下されば幸いです。
娘は素直でまっすぐではありますが亮輔くんに迷惑をかけてしまうこともあるかと思います。至らないところの多い娘ですがどうか仲良くしてやってください———
「…………」
丁寧な時候の挨拶や結びの言葉を除くと、そのように書かれていて私はとても驚いていた。
(ものすごく……良い意味でお父さんらしくない文章だ……)
綺麗な字体もだけれど、若い人でも読みやすい言葉で書かれている。
(もし本当にお父さんが書いた手紙だとしたら、何回も書き直ししたんじゃないかなぁ……)
とにかく、そういう苦労が読み取れる手紙文だった。
「お父さんからこんな良い手紙貰えるなんて思ってもみなかったよ。すっごくすっごく嬉しい!」
手紙を封筒に戻してりょーくんに返すと、彼はとても嬉しそうに微笑んでいる。
「多分、りょーくんに読んでもらおうと、相当噛み砕いた文章にしたんだと思うよ。結構書き直ししたんじゃないかなぁ」
私が自分で予想したそのままの内容を彼に伝えると
「そっか……そうなんだ……嬉しいなぁ」
喜びの実感がこもった優しい声を出し、封筒を抱き締めながらゆっくりと目を閉じている。
「タコ……鰯……」
「急ぎだったし鰯は無くてタコがメインになっちゃったんだけど。でも瀬戸内海のタコだって魚屋の源さんがめちゃくちゃオススメしてくれたんだよ!」
りょーくんは私に言いながら綺麗に盛り付けられた刺身皿を私の目の前に差し出す。
「綺麗……これ、りょーくんが薄切りにしたの?」
「まさか! 包丁使えるようになったとはいえこういうのはまだダメだよ」
苦笑いして「カッコ悪いよな俺」なんて呟きながら椅子に腰掛けるりょーくんの出立ちは何故かキラキラと輝いてみえてカッコ悪さを感じさせない。
(まぁ、りょーくんイケメンなんだから何したってかっこ悪いはずがないんだけど)
「っていうか、今日は早めに俺が1日家にいて本当に良かったよ。18時過ぎにお酒が届いて中を確認したら走って魚屋の源さんのところへ行って刺身の相談をしてこれを買ってきたんだから」
「ええ? わざわざ走って源さんのところへ買いに行ってきたの? 私が作ったおかずが既にあったのに?」
18時過ぎという事は、私が『After The Rain』へ出掛けた直後という事になる。
その10分前に私は夕食用のおかずを冷蔵庫にしまっていてりょーくんも把握済みだ。
それなのになんでわざわざりょーくんは魚屋まで走って出掛けたのか……?
「だって手紙にそう書いてあったんだから買うに決まってんじゃん」
私の疑問点にりょーくんはアッサリとそう回答し、お酒と一緒に同梱されてたらしい封筒を私に差し出してきた。
「手紙って……まさかお父さん直筆?!
うちのお父さんの字、読みにくかったでしょ?!!」
お父さんは筆まめな方で、手書きで手紙や年賀状を書くのが好きだ。学生時代から使っているという愛用の万年筆があって、それをずーっと大事にメンテナンスしながら使っては書いているのを幼い頃から知っている……けど、所謂「達筆」ってヤツで字の癖が強く娘の私にとっては読みにくくてしょうがない。大人相手ならまだ良いのかもしれないけど、20歳そこそこのりょーくんにとっては読むのが苦痛な手紙だったんじゃないかと私は予想した。
「いや? ものすごく綺麗な字だったよ。惚れ惚れしちゃったくらい」
なのにりょーくんは「なんでそんなことを言うのか分からない」と言いたげな表情で私を見つめ
「とにかくあーちゃんも読んでみたら? 俺に宛ててくれた手紙だけど」
「えー……お父さんが書いたんだよねぇ……」
気が乗らない私にりょーくんは「読んで読んで」と急かしてくるので、仕方なく封筒から手紙を取り出して開いてみた。
「何これ! めちゃくちゃ読みやすい字!!!」
例の万年筆で書かれてはいるけど、ピシッとした楷書で書かれていて私は目をこれでもかと見開かせる。
(嘘でしょ? お父さんのこんな字見たことないんだけど!!)
一瞬お母さんが書いたのかな?とも思ったけど、お母さんは万年筆を絶対に使わないしこんな字を書かないからやっぱりここに書かれているお手本のような楷書体はお父さんの字で間違いないのだと確信した。
———先週は遠いところからわざわざ足を運んで下さって有難うございます。
笠原亮輔くんが我が娘を好いてくれ、まして一緒に生活しているとの報せに心が高揚してしまい、あろう事か早々に酒を煽って酩酊状態で接してしまったことをお許し下さい。
また、我が家に来て下さった亮輔くんの立ち振る舞いが以前と違って爽やかな青年に成長していたので大変驚きました。以前のような孤独感や目の鋭さも無く私の話を真剣に聞いてくれる亮輔くんの姿がとても嬉しく、ついつい自分だけ酒が進んでしまいました。
本当は亮輔くんと酒を飲み交わしたかったのにそれが出来ず大変申し訳ありません。お詫びの代わりに私の好きなお酒と冷酒器を用意させていただきました。
この酒は常温でも美味ですが、今は暑くなってきたので徳利に少量の氷を入れて少し冷やしても良いと思います。
刺身によく合う酒だと思いますので、是非娘と一緒に楽しんで下されば幸いです。
娘は素直でまっすぐではありますが亮輔くんに迷惑をかけてしまうこともあるかと思います。至らないところの多い娘ですがどうか仲良くしてやってください———
「…………」
丁寧な時候の挨拶や結びの言葉を除くと、そのように書かれていて私はとても驚いていた。
(ものすごく……良い意味でお父さんらしくない文章だ……)
綺麗な字体もだけれど、若い人でも読みやすい言葉で書かれている。
(もし本当にお父さんが書いた手紙だとしたら、何回も書き直ししたんじゃないかなぁ……)
とにかく、そういう苦労が読み取れる手紙文だった。
「お父さんからこんな良い手紙貰えるなんて思ってもみなかったよ。すっごくすっごく嬉しい!」
手紙を封筒に戻してりょーくんに返すと、彼はとても嬉しそうに微笑んでいる。
「多分、りょーくんに読んでもらおうと、相当噛み砕いた文章にしたんだと思うよ。結構書き直ししたんじゃないかなぁ」
私が自分で予想したそのままの内容を彼に伝えると
「そっか……そうなんだ……嬉しいなぁ」
喜びの実感がこもった優しい声を出し、封筒を抱き締めながらゆっくりと目を閉じている。
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