【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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temptation

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「おかえりー!」

 土曜日の夜。
 『After The Rain』での焙煎修行から帰宅するなり、りょーくんがニコニコ顔で玄関まで迎えに来てくれた。

「ただいま。どうしたの?」

 靴を脱いで玄関を上がるとりょーくんが日本酒の一升瓶を私の目の前に近付けて

「お父さんから送られてきたんだよ! 純米大吟醸だって!! 凄いよね!!」

 と、テンション高めに報告する。

「えっ? お父さんって、広島から届いたのその一升瓶が??!」

 この前の帰省でマンションの住所を伝えておいたから実家から荷物がここに到着したというのは理解出来た……とはいえ実家帰省して間もないのに荷物が送られてきた事にもビックリするししかも今まで1度も送られてきた事のない日本酒が届いたというのも信じられない気持ちでいる。

「そうなんだよ! この銘柄の純米大吟醸だなんて滅多に口に出来ないんだよ!!」
「えっ? それってそんなに貴重なお酒なの?」
「うん、名前は聞いた事あるけどお目にかかったのは初めてだよ♪
 今夜はあーちゃんとのんびり過ごせるし、2人で飲みたくてずっと待ってたんだ♪」

 私はその日本酒の価値も何も全く分からないんだけどりょーくんは真逆で上機嫌だ。

「えっと……とりあえずお父さんにお礼の電話してみるね」

 私はすぐに自分の部屋のノブに手をかけると、りょーくんはニコニコ笑顔で「よろしく伝えてね」と事付け、リビングに戻って行った。

「あのお酒って、確かお父さんが昔からんでる銘柄だよね? 純米大吟醸って本当に凄いんだぁ……」

 りょーくんが大喜びしている瓶のラベルは幼い頃から見知ったものではあったし「知り合いのお酒がどうの」という話も聞いた事がある。
 私にとってはありふれたラベルや瓶ではあったんだけど、お酒を知ってる人にとってはテンション上がってしまうような代物しろものとまでは把握していなくて、思わず首をひねてしまう。

「早くお礼の電話しなきゃ」
 
 部屋の中に入るなり、私はスマホを取り出してお父さんに電話をかけた。


『おお朝香か! この前は帰ってきてくれてありがとう』

 21時前だというのに、お父さんは2コールで電話に出てくれた。

(だいたいこの時間帯は酔っ払って眠りこけてるっていうのに……もしかして素面?)

「なんか突然お酒届いたんじゃけどどしたん?」

 まさか無事にお酒が届いたかどうか気になってお酒飲まずに私からの電話を待っていたのでは?という予想を立てながらおそるおそ訊いてみると

「先週帰ってきてくれた時に儂ばっかり酒呑んでしもうて亮輔くんに呑ましてやれんかったけぇ申し訳ないと思うての。儂がいつも呑みよるもんをたちまち送ったんじゃ。亮輔くんは喜んでくれとったかいの?」

 どうやら完全な素面ではなかったようで、言葉の端々にほろ酔いの舌足らずさやガハハ笑いが出ていて、めちゃくちゃ機嫌良く私に話してくれている。

「ええ酒じゃってめちゃくちゃ喜んどるよ」

 「りょーくんが喜んでいた」という事実をそのままお父さんに私が伝えると

「ほうねほうね♪ 美味い酒じゃけぇ2人で仲良く飲みんさい」

 なんとお父さんは短い言葉で返答し、「じゃあの」と言い終える前に電話が切れてしまった。 

「ちょっ……! いつもならもうちょっと言葉のキャッチボールするのに切れちゃったよ」

 お酒が無事に届いた安心感からなのか、それとも早く電話を切ってベロンベロンになるまで呑み明かしたいからなのか……。
 いつもとは違う父親の行動にビックリして目を見開いてしまう私。

「っていうか、私もあの瓶の中身呑むの? 日本酒なんて全く飲んだことないっていうのに……」

 幼い頃から私は日本酒や焼酎を晩酌にしているお父さんをずっと見てきた。
 酩酊めいていという言葉を覚えたのも友達と比較したらかなり早かったんじゃないかって思う。
 そのくらいお父さんは日本酒がとにかく大好きで、広島のどこかの地域の酒蔵のお友達から送られてくるお気に入りの一升瓶を抱き枕代わりにしてしまう程だった。
 酩酊してクマいびきをかいて眠りこけるなんてのはまだ良い方で、大抵は顔を赤くして昔の漫画のガキ大将みたいに大声で歌を歌い始めたりお母さんや私にお酒臭い息をかけたりとなかなかに迷惑をかけてくる。

 例に漏れずそんな酔っ払いお父さんが私はあまり好きではなく、成人してからも「絶対に日本酒とだけは飲まない!」と心に決めていたんだ。
 元々お酒自体そんなに好きじゃないし、飲めるようになってからも数えるくらいしか飲んでいない。飲んだのもチューハイや缶カクテルと、私の誕生日に飲んだスパークリングワイン……本当にそのくらいだ。
 りょーくんは過去にアルコール度数の強いお酒を飲んで後悔した経験があるからこそ、「時々ビールやワイン系が飲めればそれでいいかな」と言っていて、20歳になってからは完全に「しっとりとお酒をたしなむ」って雰囲気でアルコールと付き合っている。

「はぁ……私もりょーくんも20歳になってはいるんだけどさぁ、娘が日本酒飲まないってとこまでは理解してないんだよねぇお父さんはっ!! 今回のことだって絶対お母さんに相談しないで送ったんだろうなぁ」

 正直、娘として恥ずかしいっていうかガッカリだ。
 受け手が好みではない高価なプレゼントを一方的に送り付けてくるだなんて、はたから見たら嫌がらせとしか言いようがないからだ。

「そもそも高価な日本酒送るくらいなら自分たちの為にお金使えばいいのにぃ。っていうかお父さんがそのまま呑めば良いじゃんっ!」

 りょーくんは嬉しそうにしていたけど、本当に日本酒が呑めるのかどうかまでは私も知らないし、そもそも20歳そこそこの若者2人が1.8リットルもの量を呑める訳がないのだ。

(もー!! お父さん何考えてんのよ!! 信じらんない!!)

 ムカつきながらリビングに入ると、りょーくんがいつものように私が出かけ前に作ったおかずを温めてテーブルに並べている。

「りょーくんいつもご飯を温めてくれてありがとう」

 私が声を掛けるとりょーくんはまだニコニコ顔でいて

「お父さんとの電話終わった?」

 と明るく訊いてきた。

「うん。2人で仲良く飲みんさいって言われたよ」

 私は先に座らせてもらい、りょーくんの配膳を待つ。

「『飲みんさい』かぁ……良いよね広島弁って。なんかあったかい感じがしてほっこりするよ」

 食卓に料理が並び終わった筈なのに、りょーくんはニコニコしながら何故か冷蔵庫の方へと向かう。

「あれ? ご飯は炊飯器の中だけど?」

(あと並べるのってごはん茶碗だけだよね?)

 不思議に思う私に彼は「そうじゃなくて」と言いながらお刺身を盛り付けたお皿を出してきた。

「んっ? お刺身????」

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