【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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朝に香る

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「ええええええええええ!!!!!!」

 朝、身支度を整えてりょーくんと一緒に両親が営業準備しているお店に入った数分後、りょーくんはとてつもないくらいの大声をあげていて

「ちょっとちょっと朝香っ!!!!」

 私はドリップポットを手にしているお母さんに咎められ

「なんでこがあな大事な事を彼氏に伝えとらんのんかぁ! テレビや雑誌に顔出さん儂も儂じゃけど」

 銀縁眼鏡をかけてオムライス用の鉄フライパンを手にしているお父さんに呆れられてしまう。

「ごめんりょーくん……言うのすっかり忘れてた。
 夕紀さんの珈琲の師匠はね、お母さんなの。そして、この店で大人気のオムライスを作っているのがお父さん」

 テレビや情報誌での出演は基本的にお母さんしか顔出ししないから視聴者の大半は「オムライス担当がお母さん、コーヒー担当がお父さん」と勘違いしてしまう。

「そう……だったんだ……?」

 そう。今のりょーくんと同じリアクションを、一見いちげんのお客様は必ずといって良いくらいにする。

「でもさぁ、亮輔くんは朝香の彼氏で同棲までしてるんでしょ? 伝え忘れはおかしいでしょ絶対」
「東京からここまでくるまで5~6時間もあるんじゃけぇ説明しんさいよ、ほんまに……」
 
 とはいえりょーくんは一見のお客様ではなく大事な彼氏だ。

「ごめんなさい……りょーくん、本当にごめんね」

 両親の言う通りだと、私は肩を落として反省し彼の顔を見ながらきちんと謝った。

「いいよいいよ。このチャンスがあったからこそ知れた訳だし」
 
 りょーくんは片眉を下げてはいるものの、私に向かって「そこまで謝らなくて良い」と優しく返事してくれたんだけど

「まぁ、儂はこんな見た目じゃけぇ雑誌記者やテレビマンもなかなか理解してくれんでのぅ『ビジュアル的に奥様の出演で』と、大抵はなるけぇね」
「でも本当にパパの作るオムライスは世界一美味しいし、コーヒーカップや食器も丁寧に作っちゃうし、店の内装作りもセンスがあるのよ♡ 夕紀ちゃんのお店の内装手配もパパが居なくちゃ成り立たなかったんだからっ♪」
「えっ? この、木を活かした落ち着きつつも女性ウケしそうな内装もお父さんが? あの『After The Rain』のお洒落な小物や内装の手配もお父さんチョイスなんですか??」

 その店についてはオムライス以上にビックリしていて

「家具までは流石に作れんよ。あれは儂のツテで作ってもろうたオーダーメイドじゃ」
「ちょっ!! 逆を言えば家具以外はお父さん特製って事じゃないですか!!!! 器用過ぎますよお父さんっ!!!!」

 食器以外の雑貨もお父さんの手によるものだと聞いたりょーくんは私を睨みつつテンションを上げる。

「うちのパパ、実家が県境の方なんだけど陶芸をしている家系でね。こんな顔や見た目してるけど手先が器用なのよ♪ 本当は窯元を継いでいるパパのお兄さんよりも腕が良くって、パパの親戚全員から私と結婚してこっちで喫茶店始める事に大反対されちゃって……今は仲良くしてるんだけど当時は村川家に申し訳ない気持ちでいっぱいでいっぱいで」
「それだけ儂はママの珈琲にもママそのものにも惚れたんじゃ。婚姻届を出した当初はほぼ駆け落ちといっても差し障りなかったよのぅ♡」
「若かったわよねー私達っ♡」
「若かったのぅ♡」

 りょーくんがテンションを上げている視線の先ではお父さんとお母さんが微笑みながら愛の見つめ合いをしている。

「そうなんですかぁ……愛ですねぇ♡」

 私にとっては両親の見つめ合いなんて当たり前の光景になってしまっているけど、りょーくんにとっては更なる興奮材料となったようで目をキラキラと輝かせていた。

 確かにうちのお父さんは柔道やってそうな体つきなのに、体育よりも美術が大得意だったらしい。

「お父さんって学生時代から県の絵画コンクールの常連だったんだっけ? りょーくんも中学の時絵画コンクールで表彰されてたらしいよ。去年もハロウィンの飾り付けの手伝いに駆り出されたり、私の誕生日もオーナメントたくさん作ってくれて嬉しかったなぁ~」

 だから私はお父さんとりょーくんに共通項がある事を伝えようとしたんだけど

「えっ!! あーちゃん今その話する?! 俺のは一回きりだから言わないでよ恥ずかしい!!」
 
 りょーくんは顔を真っ赤にして私の口を手で覆い隠そうとする。

「えっそうなの亮輔くん! 一回でも凄~い! うちのパパと似てるじゃない♪ 娘は父親に似た相手を好きになるっていうけど本当なのね~♡」
「今度遊びに来てくれた時に陶芸教えてあげるけん、皆で一緒に窯元行ってみんか?」
「陶芸も楽しいのよ~♪ 私はセンスないから全然ダメだけどっ」
「ママと朝香はその点ソックリよのぅ」

 私達の様子にお母さんもお父さんもニコニコ微笑んでいて優しい眼差しをこちらに向けていたから

「では今度、よろしくお願いします!」

 りょーくんは私の口覆いをパッとやめて、お父さんお母さんに満面の笑顔で返事をしていた。



「朝香の名前は、腹ん中におる前から儂がずっと考えてた名前なんじゃ。
 見た目や性格の所為で野獣と揶揄やゆされ続けた儂の身も心も和ませたのはママの珈琲じゃった。
 こがあな儂の隣で毎朝珈琲豆の香りを立たせて微笑んでくれる女神みたいな女性を生涯大切にしたいと思うたし、いつかその女神が抱く天使には女神の珈琲にふさわしい名前を付けてあげたいって夢見ててのぅ♡
 朝に香る複雑なコーヒーアロマは誰の心も癒し、生きる希望を与える。女神の子に相応ふさわしい名前じゃろう?」

 モーニングセットをお腹いっぱいいただいた後で、お父さんは突然私の名前の由来を語り始めた。

「パパったら、婚姻届を提出する前から子どもにつける名前の話をするのよっ! 女の子が生まれるか分からない段階から『朝香』って名前の候補を挙げていたのっ! ほんと暴走体質なのは変わらないのよね~!!」

 しかも私の名前は両親が結婚する前からお父さんの頭の中にあったというのだから娘としてめちゃくちゃ呆れる。

「そりゃあ男じゃったら誰しも想像するもんじゃ! のう亮輔くんっ!!」

 お父さんはガハハ笑いをしながら無理にりょーくんへ同意を求めようとしていて

「えーっと……流石に俺はまだそこまでは……」
「もうっ!! りょーくんを困らせないでよっお父さんっ!!!!」

 しどろもどろになって俯くりょーくんに申し訳ない気持ちになりお父さんにそう言い返した……けど、お父さんはキリッと真面目な表情に変える。

「朝香は素朴過ぎる部分があるし儂らに似て美人じゃあないが、誰よりも優しい子に育ったと思う。亮輔くんな他人の痛みが分かる男じゃけぇ大丈夫とは思うがの、儂らの大事な娘を泣かせることはせんでつかあさいの。
 出来る事なら娘と末長く仲良くしてやってつかあさい」

 そこまで言い終えたお父さんは涙を浮かべ、鼻をグズっとすすりながらりょーくんに頭を下げた。

(えっ……)

 酒酔いに頼らないお父さんの涙を見たのは私が生きてきた中で何回もない事だ。

「頭あげてくださいお父さん……朝香さんに嫌われない限り、ずっと大切にして一緒にいたいと俺は思ってますから!」

 りょーくんはその場から立ち上がってカウンターごしのお父さんに真面目で誠実な言葉を返す。

「娘をどうか頼みます」

 お父さんの、方言の一切ない言葉が私の心の中まで伝わり沁み入っていくのを感じる。

「はい! 絶対に幸せにします!!」

 りょーくんも深々と頭を下げていて、お父さんと同じように鼻をグスッと鳴らしていた。



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