172 / 251
朝に香る
16
しおりを挟む「ええええええええええ!!!!!!」
朝、身支度を整えてりょーくんと一緒に両親が営業準備しているお店に入った数分後、りょーくんはとてつもないくらいの大声をあげていて
「ちょっとちょっと朝香っ!!!!」
私はドリップポットを手にしているお母さんに咎められ
「なんでこがあな大事な事を彼氏に伝えとらんのんかぁ! テレビや雑誌に顔出さん儂も儂じゃけど」
銀縁眼鏡をかけてオムライス用の鉄フライパンを手にしているお父さんに呆れられてしまう。
「ごめんりょーくん……言うのすっかり忘れてた。
夕紀さんの珈琲の師匠はね、お母さんなの。そして、この店で大人気のオムライスを作っているのがお父さん」
テレビや情報誌での出演は基本的にお母さんしか顔出ししないから視聴者の大半は「オムライス担当がお母さん、コーヒー担当がお父さん」と勘違いしてしまう。
「そう……だったんだ……?」
そう。今のりょーくんと同じリアクションを、一見のお客様は必ずといって良いくらいにする。
「でもさぁ、亮輔くんは朝香の彼氏で同棲までしてるんでしょ? 伝え忘れはおかしいでしょ絶対」
「東京からここまでくるまで5~6時間もあるんじゃけぇ説明しんさいよ、ほんまに……」
とはいえりょーくんは一見のお客様ではなく大事な彼氏だ。
「ごめんなさい……りょーくん、本当にごめんね」
両親の言う通りだと、私は肩を落として反省し彼の顔を見ながらきちんと謝った。
「いいよいいよ。このチャンスがあったからこそ知れた訳だし」
りょーくんは片眉を下げてはいるものの、私に向かって「そこまで謝らなくて良い」と優しく返事してくれたんだけど
「まぁ、儂はこんな見た目じゃけぇ雑誌記者やテレビマンもなかなか理解してくれんでのぅ『ビジュアル的に奥様の出演で』と、大抵はなるけぇね」
「でも本当にパパの作るオムライスは世界一美味しいし、コーヒーカップや食器も丁寧に作っちゃうし、店の内装作りもセンスがあるのよ♡ 夕紀ちゃんのお店の内装手配もパパが居なくちゃ成り立たなかったんだからっ♪」
「えっ? この、木を活かした落ち着きつつも女性ウケしそうな内装もお父さんが? あの『After The Rain』のお洒落な小物や内装の手配もお父さんチョイスなんですか??」
その店についてはオムライス以上にビックリしていて
「家具までは流石に作れんよ。あれは儂のツテで作ってもろうたオーダーメイドじゃ」
「ちょっ!! 逆を言えば家具以外はお父さん特製って事じゃないですか!!!! 器用過ぎますよお父さんっ!!!!」
食器以外の雑貨もお父さんの手によるものだと聞いたりょーくんは私を睨みつつテンションを上げる。
「うちのパパ、実家が県境の方なんだけど陶芸をしている家系でね。こんな顔や見た目してるけど手先が器用なのよ♪ 本当は窯元を継いでいるパパのお兄さんよりも腕が良くって、パパの親戚全員から私と結婚してこっちで喫茶店始める事に大反対されちゃって……今は仲良くしてるんだけど当時は村川家に申し訳ない気持ちでいっぱいでいっぱいで」
「それだけ儂はママの珈琲にもママそのものにも惚れたんじゃ。婚姻届を出した当初はほぼ駆け落ちといっても差し障りなかったよのぅ♡」
「若かったわよねー私達っ♡」
「若かったのぅ♡」
りょーくんがテンションを上げている視線の先ではお父さんとお母さんが微笑みながら愛の見つめ合いをしている。
「そうなんですかぁ……愛ですねぇ♡」
私にとっては両親の見つめ合いなんて当たり前の光景になってしまっているけど、りょーくんにとっては更なる興奮材料となったようで目をキラキラと輝かせていた。
確かにうちのお父さんは柔道やってそうな体つきなのに、体育よりも美術が大得意だったらしい。
「お父さんって学生時代から県の絵画コンクールの常連だったんだっけ? りょーくんも中学の時絵画コンクールで表彰されてたらしいよ。去年もハロウィンの飾り付けの手伝いに駆り出されたり、私の誕生日もオーナメントたくさん作ってくれて嬉しかったなぁ~」
だから私はお父さんとりょーくんに共通項がある事を伝えようとしたんだけど
「えっ!! あーちゃん今その話する?! 俺のは一回きりだから言わないでよ恥ずかしい!!」
りょーくんは顔を真っ赤にして私の口を手で覆い隠そうとする。
「えっそうなの亮輔くん! 一回でも凄~い! うちのパパと似てるじゃない♪ 娘は父親に似た相手を好きになるっていうけど本当なのね~♡」
「今度遊びに来てくれた時に陶芸教えてあげるけん、皆で一緒に窯元行ってみんか?」
「陶芸も楽しいのよ~♪ 私はセンスないから全然ダメだけどっ」
「ママと朝香はその点ソックリよのぅ」
私達の様子にお母さんもお父さんもニコニコ微笑んでいて優しい眼差しをこちらに向けていたから
「では今度、よろしくお願いします!」
りょーくんは私の口覆いをパッとやめて、お父さんお母さんに満面の笑顔で返事をしていた。
「朝香の名前は、腹ん中におる前から儂がずっと考えてた名前なんじゃ。
見た目や性格の所為で野獣と揶揄され続けた儂の身も心も和ませたのはママの珈琲じゃった。
こがあな儂の隣で毎朝珈琲豆の香りを立たせて微笑んでくれる女神みたいな女性を生涯大切にしたいと思うたし、いつかその女神が抱く天使には女神の珈琲にふさわしい名前を付けてあげたいって夢見ててのぅ♡
朝に香る複雑なコーヒーアロマは誰の心も癒し、生きる希望を与える。女神の子に相応しい名前じゃろう?」
モーニングセットをお腹いっぱいいただいた後で、お父さんは突然私の名前の由来を語り始めた。
「パパったら、婚姻届を提出する前から子どもにつける名前の話をするのよっ! 女の子が生まれるか分からない段階から『朝香』って名前の候補を挙げていたのっ! ほんと暴走体質なのは変わらないのよね~!!」
しかも私の名前は両親が結婚する前からお父さんの頭の中にあったというのだから娘としてめちゃくちゃ呆れる。
「そりゃあ男じゃったら誰しも想像するもんじゃ! のう亮輔くんっ!!」
お父さんはガハハ笑いをしながら無理にりょーくんへ同意を求めようとしていて
「えーっと……流石に俺はまだそこまでは……」
「もうっ!! りょーくんを困らせないでよっお父さんっ!!!!」
しどろもどろになって俯くりょーくんに申し訳ない気持ちになりお父さんにそう言い返した……けど、お父さんはキリッと真面目な表情に変える。
「朝香は素朴過ぎる部分があるし儂らに似て美人じゃあないが、誰よりも優しい子に育ったと思う。亮輔くんな他人の痛みが分かる男じゃけぇ大丈夫とは思うがの、儂らの大事な娘を泣かせることはせんでつかあさいの。
出来る事なら娘と末長く仲良くしてやってつかあさい」
そこまで言い終えたお父さんは涙を浮かべ、鼻をグズっと啜りながらりょーくんに頭を下げた。
(えっ……)
酒酔いに頼らないお父さんの涙を見たのは私が生きてきた中で何回もない事だ。
「頭あげてくださいお父さん……朝香さんに嫌われない限り、ずっと大切にして一緒にいたいと俺は思ってますから!」
りょーくんはその場から立ち上がってカウンターごしのお父さんに真面目で誠実な言葉を返す。
「娘をどうか頼みます」
お父さんの、方言の一切ない言葉が私の心の中まで伝わり沁み入っていくのを感じる。
「はい! 絶対に幸せにします!!」
りょーくんも深々と頭を下げていて、お父さんと同じように鼻をグスッと鳴らしていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。
真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。
地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。
ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。
イラスト提供 千里さま

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ホワイトノクターン
海子
恋愛
「ホワイトノクターン」は、「Joker」の続編3で、ヴィクトル&ミレーヌ、フィリップ&ニコル編です。
ユースティティア騎兵第三国境旅団軽騎兵中隊長、ヴィクトル・クロード・シャリエ大尉。
怜悧、冷静、「征野の狼」の異名を取り、戦いに身を投じるヴィクトルが、心惹かれる娘ミレーヌは、ラ・ギーユ中尉に想いを寄せていた。
ヴィクトルは、ミレーヌの恋が成就するよう、手助けするが・・・。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
夜の声
神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。
読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。
小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。
柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。
そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる