【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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朝に香る

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 私とお母さんがボソボソと広島訛りで喋っている事に、りょーくんは不安そうな表情をしていたみたい。お母さんはバックミラーをチラッと見て私に「叱り顔」を作った。

「ちょっと朝香っ、笠原くん置いてきぼりだよっ」

 お母さんの囁きで私はハッとして

「あっ! お母さんっ!! 広島ってこのところ大雨が続いたんでしょ? 大丈夫だった?」

 前かがみになっていた体を後ろへ戻しながら無難な話題へと切り替えると

「今日は晴れて本当に良かったわよ~! 雨は3日前が一番凄くてね、昨日の夜にようやく止んだの」
「そうだったんだ! いよいよ夏の到来って感じかなぁ? 夜のホタルはギリギリ見れるかなぁ?」
「そうねー、今夜は見られるかどうかってところだねー」

 りょーくんを意識し、私もお母さんも広島訛りを取ってあからさまな会話の流れにしてしまっている。

「…………」

 この雰囲気にりょーくんが「ホタルが見られるの?」って訊いてきて私達の会話に入ってくれる……という期待もしてみたんだけど、りょーくんは一度下げた眉を元の位置に戻しただけで、それ以降は窓からずっと見えている川の景色ばかり眺めていた。

「……」

 バックミラーをチラ見すると、お母さんの「もうっ!」という口の動きと叱り顔が確認出来て

(結局りょーくんの緊張を解せなかったなぁ……)

 車内でお母さんにをして張り詰めた空気にさせてしまった事を後悔した。






「着いたよ。ここが我が家で、道挟んだ向かいのログハウスみたいなのがうちの店だよ」

 とうとう車は実家の駐車場に停車し、私はりょーくんの手を引きながら車から降りて建物の説明をする。

「ここが……」

 りょーくんは道を挟んだ向かい側に建つログハウス型の喫茶店を見つめながらそう呟いた。

「喫茶店のすぐ下が川でね、昨日までの雨で増水しちゃってはいるんだけどこっちまで上がってくる事はないから。今日はいつもより水音が大きいけど怖がらないでね」

 今日は朝から晴れていたけれど、雨が数日続いた直後という事もあっていつもより川の水量も水音も凄かった。
 緊張しているりょーくんに少しでも安心させてあげようと「建物まで水が上がってくる事はないよ」と声を掛けたら

「うん……」

 りょーくんは静かに頷き、それから深呼吸をして

「いい景色だね」

 ポツリとそう言い、口角を上げる。

(りょーくん……私の生まれ育った場所に良い印象を持ってくれているのかな?)

「いい景色って、りょーくんは思ってくれているんだ?」

 地元民から愛される喫茶店は、住宅街よりも県道沿いにあった方が集客を見込めるし、窓から見える四季折々の景色は私だって素晴らしいって思う……けど、「住宅街じゃない」という理由だけで高校の一部の同級生からは「田舎」と揶揄されていた。私がかつて自分すらも「田舎っぽい」と自虐していたのはそれがきっかけだった。

 だからきっと都会で生まれ育ったりょーくんにとってはこういう家の感じや周辺の景色を見ても「田舎っぽいな」とか「何にもないな」と思われてしまうんじゃないかって予想をしていたんだけど……

「うん。先生がね『お姉さんの修行先の景色は格別だ』ってめちゃくちゃ褒めていたんだ『川の水は冷たくて足を浸すだけでも楽しいし、少し移動すれば川魚の釣り堀もある』って」
「えっ」
「こんなに素敵で綺麗な場所なら、先生もこの環境で休息出来たのかなぁ。俺が頑張って『ゴールデンウィーク中にお姉さんの修行先へ行ってみたら』って推して良かったんだろうなっ思って……それで、車の中にいる時も景色ばっかり見つめちゃったんだ」
 
 りょーくんは、潤んだ瞳と嬉しそうな笑みを私に向けていて

「正直まだ緊張は抜けてないんだけど、あの時先生にここへ行くよう強く推して良かった。そして今日俺がここへ来れて良かったって……今、すっごく思ってるよ」
 
(りょーくんは、皐月さんと交わした会話を思い起こしながらずっと外の景色を見つめていたんだ……)

 りょーくんにとってはここの場所が「田舎っぽいもの」でも何でもなく、ただただこの瞬間を喜んでくれているんだと私は知った。

「そっかぁ……確かに、皐月さんはずっと喜んでくれていたみたいだったよ」
「それにここは、あーちゃんが『雨上がりの女神』って先生を名付けた聖地みたいなものだもんね♪」
「なんかその言い方恥ずかしいっ! 私が子どもみたいっ!」
「まぁ……子どもじゃん? 中3だっけ、当時」
「中3だけど、発想が中学生よりレベルが低くかった気も……」
「そこまで低いかな?」
「かっこよくて大人っぽいりょーくんに指摘されるとそう感じちゃうんだよぉ」

 りょーくんのちょっとした冗談で私は笑い、りょーくんも笑い返してくれる。


「そろそろ家の中に入ろうっか。お父さんが待ってるから」
「あ! うん……」

 ひとしきり笑ったところで、私はりょーくんと繋いでいる手をクイクイと引っ張って

(りょーくんを連れてきて本当に良かった……)

 私は幸せな気持ちでいっぱいになりながら、実家の玄関扉のノブに手をかけた。


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