【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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朝に香る

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「あらあら~♪ ご丁寧にありがとうございます♪ でもねっ! そんなに緊張しなくても良いのよ! あなたを取って食おうなんて思ってないんだから」

 りょーくんの真面目で誠実な態度にお母さんは驚いたものの、すぐに穏やかで和やかな表情に戻してりょーくんに頭を上げるようジェスチャーする。

「えっ……」
「笠原さん、とにかくリラックスして! リラックス!! 取り敢えず朝香と一緒に後ろの席乗っちゃおうね♪」

 それからお母さんは明るい表情と声で、私達を車の後部座席に座るように促した。

「えっと……いいのかな? あーちゃん」

 りょーくんは不安そうに私を見つめ、小声で訊いてくる。

 実は私も、春から住民票を移して勝手に彼氏と同棲しちゃってる事をお父さんもお母さんも怒っているんじゃないかとヒヤヒヤしていたんだけど、今のお母さんの和やかな雰囲気を見ていたら「そこまで緊張しなくてもいいのかもしれない」と思い直す。

「荷物、奥に入れて座っちゃおうよ」

 私はりょーくんにそう小声で返事をし、りょーくんの張り詰めたような緊張を少しずつ解してあげようとした。


「じゃあ、出発するわね~」

 私達が後部座席に座り、シートベルトまできちんと締めたのをお母さんは確認すると、また和やかボイスを私達にかけてエンジンを作動させる。

「はいっ! よろしくお願いしますっ!」

 りょーくんはそれに対しすぐさま真面目に返事をしていた。

 

「……あーちゃん、車だとどのくらいで着くの?」

 ロータリーを通り過ぎたところで、りょーくんは身をかがめ私に車での移動時間を質問する。

「40分から50分くらいかなぁ。バスより早く着くくらい」

 私も小声で返答すると

「そしたらあーちゃんのお母さんは俺達の為に往復で1時間半も運転してくれてるんだね。
 ありがたいんだけど申し訳ないような気がするんだけど……」

 やっぱりまだりょーくんには「私の親への申し訳なさ」が念頭にあるんだと感じ取れた。

「この辺の人は車移動に慣れてるっていうか、それが当たり前みたいな部分があるの。だからりょーくんはそこまで気にしなくて平気だよ。お母さんだってイヤイヤやってるんじゃないんだから」
「そうなの?」
「うん。あのままバス停で直通のバスを待って自分達で移動しようとするのを考えたら車移動の方が断然早いし、うちの親としては寧ろ『迎えに行ってあげた方が安心』って感じるみたい」
「『迎えに行ってあげた方が安心』……かぁ」
「うん、だからりょーくんは深く考えなくていいし重く受け止めなくていいの」

 私はりょーくんの気持ちを更に解してあげようと、彼の手をスリスリと撫でる。

「ん……」

 りょーくんの気持ちは実際段々と落ち着いてくれたみたいで、住宅地から緑の山々へと景色が変わる頃になると黙って窓の景色を眺め始めた。

「突然こんな田舎に連れてこられてビックリしてるでしょ? ごめんなさいね。急に呼び出したみたいな形になって」

 いよいよ山の方へ登っていく県道に入っていくところで突然お母さんはりょーくんに話掛けた。

「いえ、新幹線の駅とか綺麗でしたし田舎なんて……そもそももっと早くにご挨拶をしておかなければなりませんでしたので……その」

 車に乗り込む直前と比べたらだいぶ緊張は解れてきている様子ではあるものの、まだ少しオドオドした口調になってしまっているりょーくん。

(固すぎるよぉ、りょーくん……)

 私は黙って手のひらスリスリを続けて彼を少しでも安心させようと試みる。

「そんなにかしこまらなくていいのよ笠原くん♪ 私はイケメンの味方だからね♪」

 お母さんも察したのか、和やかボイスでの声掛けにウフフ笑いまでプラスしていたんだけど

「い、イケメンって……そんなもんじゃないですよ俺」
「まぁ、うちのパパはどう思ってるかは分かんないけどね♪」
「……」
 
 お母さんったらウフフって笑いながら怖い毒を入れたものだから、照れ笑いで緊張が完全に解れた筈のりょーくんの表情がピシッと石化する。

(ちょっ! お母さん! なんでそこでお父さんの話題を出そうとするかなぁっ!!)

 お母さんは基本的にお父さんラブだから、話題にちょっとだけでもお父さんエッセンスを加えたい気持ちは理解出来る。だけど絶対には今のタイミングではない。
 だから私は久しぶりに母親に会うというのに、りょーくんへの配慮の無さにちょっとイラついていた。

「ねえ、お父さんって……本当に大丈夫よね?」

 私は少し身を乗り出して運転席のお母さんにを確認する。

「うーん……うちが出る時は普通にしとったんじゃけどねぇ~空気は読めるけぇ多分大丈夫なんじゃないんかねぇ?」

 敢えて主語を避けた言い方でもきちんと伝わったらしく、お母さんはやわらかな広島訛りで返答してくれた。

「ほいじゃったらええんじゃけど……」
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