【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

文字の大きさ
上 下
158 / 251
朝に香る

2

しおりを挟む



 土曜日。
 りょーくんは目覚めからずっと髪の毛を弄っていてソワソワしていた。

「お姉さんから『あーちゃんのお父さんは日本酒が好き』って聞いていたんだけど、お土産に日本酒は買わなくて良かったの?」

 それから何度も、私が準備した実家へのお土産の中身を覗き込んでは心配そうな声を漏らしてる。

「うん、お酒はいいの」

 確かにお父さんは日本酒が大好きなんだけど、お土産候補に酒類は一切入れてなかったんだ。

「なんで?」
「なんでって……言われてもなぁ」

(むむむぅ……夕紀さんったらお喋りなんだからっ!)

 りょーくんは夕紀さんとすっかり仲良しさんになっている事をちょっとだけ恨む。

「お土産の予算が足りなかったとか? それなら俺がお土産代を上乗せするし、新幹線乗る直前に買いに行かない?」

(とはいえ、りょーくんはお父さんの好きなものがお土産に入ってない事が気掛かりで心配してるんだよなぁ……それはありがたいんだけど)

 でも、りょーくんを連れて帰省するのは初めてなんだから、出来ればお父さんにはお酒を飲んでほしくないんだ。
 
「いいのいいのっ!……ほらっ、日本酒の瓶って重たいし紙袋破けちゃうだろうしっ!!」

 私はりょーくんに「お父さんがこの帰省中お酒を飲んでほしくない本当の理由」を知られないように誤魔化し、これ以上の心配はかけまいとした。

「…………そっかぁ」

 するとりょーくんは表情をシュンとさせ、また髪の毛先を引っ張りペタペタと触る行為を続行させた。

「うん! お酒じゃないけどお父さん好みのものはいっぱい買ってるから大丈夫だよ」
「…………なら、いいんだけど」

 ボソボソっとした声で、髪をグイグイペタペタ。

(りょーくんがこんなに髪を弄ってるの初めて見たかも)

 お酒の心配をしなくなった事にホッとしたものの、今度は彼氏の不可解なグイグイペタペタに私は注目しそれが気になって私もソワソワしてきた。

(まるでりょーくん……ピアス穴を黒髪で隠そうとしてるみたい)

 一応、彼のアイデンティティの一つだって私としては認識している20個のピアス穴なんだけど、親世代がそれを目にしたら怪訝けげんな反応を見せるだろうと容易にに想像出来ていた。

(夕紀さんだって1番最初に金髪りょーくんに出会った時は眉をひそめていたもんなぁ……お父さんなら夕紀さん以上にマイナスイメージを持つのかも)

 私の知る限り、お父さんとりょーくんは一度だけ皐月さんのお葬式の日に顔を合わせている。

(正確には「顔合わせ」ってレベルにも至らないくらい、ほんの一瞬だったんだけど……)

 夕紀さんが頭に包帯を巻いた笠原亮輔くんにを投げ付けて、腕を振り上げんとする夕紀さんをお父さんは羽交い締めにした。
 そしてすぐに笠原亮輔くんは上原俊哉さんと背を向けて……私がハッとして目を向けたら、彼らの後ろ姿だけが見えて。

 本当にその一瞬。
 私はお父さんと笠原亮輔くんが対峙する瞬間すら確認出来ていないんだ。

 
 だけど、りょーくんはその時のお父さんの姿を覚えていたみたい。


ーーー
 
『俺……あーちゃんのお父さん、ちょこっと覚えてるよ』
 
『背が高くて体の大きい人だった。
……先生のお葬式の時、お父さんはお姉さんを必死に止めてて俺もそのくらいしか覚えてないけど』

ーーー


 私のお母さんがテレビ出演をして、りょーくんと一諸に録画したテレビ番組を見る際、彼は私にそんな話をしてくれた。

(りょーくんは私のお父さんに対してどんな印象をいだいているんだろう?)

 新幹線の予約席に座り込んだ今、尚も緊張した面持ちでいる彼の様子を横目で見ながら私はそんな事を考える。

(体が大きくて厳しそうとか……そんな感じかなぁ)

 体が大きいのもある程度常識を重んじるのも間違った認識ではないんだけど、りょーくんの緊張は段々と膨らんできていてソワソワグイグイペタペタが止まらないのを見ていると「私がなんとかして落ち着かせなきゃ」という思いでいっぱいになる。

「ねっ、りょーくんお腹空いてるでしょ? 車内販売のお弁当買おうよ! ねっ!!」
「えっ? もう? まだ10時半だけど……」
「だからだよっ! 早めに買わないといいものすぐに無くなっちゃう。私、焼売のお弁当食べてみたいなって思ってるし! 車内販売始まったらすぐに買おうねっ!!」

 私はそう言って彼の気を緊張から逸らし、細身のステンレスボトルに詰めてきたブラックコーヒーを差し出す。

「うん……」
「取り敢えずコレ、半分こして飲もう。ホットだけど落ち着くよ」
 
 カラカラとボトルの蓋を開けると、品の良いエチオピアイルガチェフェの香りが私とりょーくんの顔をふんわりと包み込む。

「ありがとう……じゃあ、お先に」

 りょーくんは中身を先にコクッと半分飲んで私にボトルを返し

「うん」

 私が残りをコクッコクッとゆっくり嚥下する。

「いい香りだね……」
「でしょ♪ えへへ」

 一瞬でりょーくんに笑顔が戻り私も嬉しくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】

まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と… 「Ninagawa Queen's Hotel」 若きホテル王 蜷川朱鷺  妹     蜷川美鳥 人気美容家 佐井友理奈 「オークワイナリー」 国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介 血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…? 華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

アダルト漫画家とランジェリー娘

茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。 今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。 ☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。 ☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...