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朝に香る
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しおりを挟む土曜日。
りょーくんは目覚めからずっと髪の毛を弄っていてソワソワしていた。
「お姉さんから『あーちゃんのお父さんは日本酒が好き』って聞いていたんだけど、お土産に日本酒は買わなくて良かったの?」
それから何度も、私が準備した実家へのお土産の中身を覗き込んでは心配そうな声を漏らしてる。
「うん、お酒はいいの」
確かにお父さんは日本酒が大好きなんだけど、お土産候補に酒類は一切入れてなかったんだ。
「なんで?」
「なんでって……言われてもなぁ」
(むむむぅ……夕紀さんったらお喋りなんだからっ!)
りょーくんは夕紀さんとすっかり仲良しさんになっている事をちょっとだけ恨む。
「お土産の予算が足りなかったとか? それなら俺がお土産代を上乗せするし、新幹線乗る直前に買いに行かない?」
(とはいえ、りょーくんはお父さんの好きなものがお土産に入ってない事が気掛かりで心配してるんだよなぁ……それはありがたいんだけど)
でも、りょーくんを連れて帰省するのは初めてなんだから、出来ればお父さんにはお酒を飲んでほしくないんだ。
「いいのいいのっ!……ほらっ、日本酒の瓶って重たいし紙袋破けちゃうだろうしっ!!」
私はりょーくんに「お父さんがこの帰省中お酒を飲んでほしくない本当の理由」を知られないように誤魔化し、これ以上の心配はかけまいとした。
「…………そっかぁ」
するとりょーくんは表情をシュンとさせ、また髪の毛先を引っ張りペタペタと触る行為を続行させた。
「うん! お酒じゃないけどお父さん好みのものはいっぱい買ってるから大丈夫だよ」
「…………なら、いいんだけど」
ボソボソっとした声で、髪をグイグイペタペタ。
(りょーくんがこんなに髪を弄ってるの初めて見たかも)
お酒の心配をしなくなった事にホッとしたものの、今度は彼氏の不可解なグイグイペタペタに私は注目しそれが気になって私もソワソワしてきた。
(まるでりょーくん……ピアス穴を黒髪で隠そうとしてるみたい)
一応、彼のアイデンティティの一つだって私としては認識している20個のピアス穴なんだけど、親世代がそれを目にしたら怪訝な反応を見せるだろうと容易にに想像出来ていた。
(夕紀さんだって1番最初に金髪りょーくんに出会った時は眉を顰めていたもんなぁ……お父さんなら夕紀さん以上にマイナスイメージを持つのかも)
私の知る限り、お父さんとりょーくんは一度だけ皐月さんのお葬式の日に顔を合わせている。
(正確には「顔合わせ」ってレベルにも至らないくらい、ほんの一瞬だったんだけど……)
夕紀さんが頭に包帯を巻いた笠原亮輔くんに強い言葉を投げ付けて、腕を振り上げんとする夕紀さんをお父さんは羽交い締めにした。
そしてすぐに笠原亮輔くんは上原俊哉さんと背を向けて……私がハッとして目を向けたら、彼らの後ろ姿だけが見えて。
本当にその一瞬。
私はお父さんと笠原亮輔くんが対峙する瞬間すら確認出来ていないんだ。
だけど、りょーくんはその時のお父さんの姿を覚えていたみたい。
ーーー
『俺……あーちゃんのお父さん、ちょこっと覚えてるよ』
『背が高くて体の大きい人だった。
……先生のお葬式の時、お父さんはお姉さんを必死に止めてて俺もそのくらいしか覚えてないけど』
ーーー
私のお母さんがテレビ出演をして、りょーくんと一諸に録画したテレビ番組を見る際、彼は私にそんな話をしてくれた。
(りょーくんは私のお父さんに対してどんな印象を抱いているんだろう?)
新幹線の予約席に座り込んだ今、尚も緊張した面持ちでいる彼の様子を横目で見ながら私はそんな事を考える。
(体が大きくて厳しそうとか……そんな感じかなぁ)
体が大きいのもある程度常識を重んじるのも間違った認識ではないんだけど、りょーくんの緊張は段々と膨らんできていてソワソワグイグイペタペタが止まらないのを見ていると「私がなんとかして落ち着かせなきゃ」という思いでいっぱいになる。
「ねっ、りょーくんお腹空いてるでしょ? 車内販売のお弁当買おうよ! ねっ!!」
「えっ? もう? まだ10時半だけど……」
「だからだよっ! 早めに買わないといいものすぐに無くなっちゃう。私、焼売のお弁当食べてみたいなって思ってるし! 車内販売始まったらすぐに買おうねっ!!」
私はそう言って彼の気を緊張から逸らし、細身のステンレスボトルに詰めてきたブラックコーヒーを差し出す。
「うん……」
「取り敢えずコレ、半分こして飲もう。ホットだけど落ち着くよ」
カラカラとボトルの蓋を開けると、品の良いエチオピアイルガチェフェの香りが私とりょーくんの顔をふんわりと包み込む。
「ありがとう……じゃあ、お先に」
りょーくんは中身を先にコクッと半分飲んで私にボトルを返し
「うん」
私が残りをコクッコクッとゆっくり嚥下する。
「いい香りだね……」
「でしょ♪ えへへ」
一瞬でりょーくんに笑顔が戻り私も嬉しくなった。
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