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【番外編】雨と対話する(亮輔side)
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しおりを挟む虚しい冬の雨夜から時は過ぎ———
俺は先生と同じ大学3年生になっていた。
「もっと早くにお参りしたかったなぁ」
季節は芒種。
今朝のテレビでは「今日か明日にでも梅雨入りしそうだ」と気象予報士が伝えていて、今もパラパラと小雨が降っている。
「タイミングが掴めなかったんだもん、仕方ないよ。皐月さんは怒ってないと思うなぁ」
そして俺が運転する車の助手席には、大好きな彼女が座っていた。
「そうかなぁ?」
店長から借りた車、商店街の花屋さんが特別にサービスしてくれた2対の花束……それから、今の俺を心から支えてくれ愛してくれる彼女。
170cmだった16の冬から時も身長もだいぶ過ぎてしまったというのに、俺は未だ子ども染みた甘ちゃんから抜け出せていない。
「うん、私は皐月さんと1回しか会って話してないんだけど分かるよ。皐月さんはね、そういう細かい事なんか気にしないし怒ったりするような人じゃないの」
「……」
今、俺が最も1番大切にしたいと思う彼女———村川朝香さんは、今日もポジティブな言葉を掛けて笑ってくれている。
(そう……なのかなぁ…………)
俺は彼女より、先生と沢山言葉を交わしてきたし触れ合ってきた。
なのにワイパーで小粒の雨を拭い明るい声や言葉に耳を傾けていると、経験が少ない筈の彼女の言葉の方を信用したくなってくるのだから不思議だ。
「着いたよ、足元に水溜り出来てるかもしれないから気をつけて」
俺は霊園の駐車場に車を停めると、助手席の彼女に傘を渡しながら優しく声を掛けてあげた。
「大丈夫だよ。りょーくんこそ、そっち側に水溜りあるんじゃない? 足濡れない?」
「平気だよ、ありがとう」
彼女は相変わらず俺の事を気遣ってくれ、俺もその優しさに微笑む。
「優しい雨だね。梅雨入りは今日かもしれないね」
「……そうかもしれないね。だってもう6月だもんなぁ~先生の誕生日から1ヶ月も遅れちゃった」
花束を抱え、各々傘を差し2人で並んでいると、20cmという先生との身長差で悩んでいた日々が馬鹿らしく感じられた。
だから今の俺の「先生の誕生日参りのタイミングが遅れた」の言葉は、車内で漏らした言葉よりも声のトーンを明るくしてみせたんだけれど……
「皐月さんのお誕生日参りは、今日みたいな6月の雨の日で正解なんだよ。だって『梅雨』は『五月雨』……五月の雨って書くでしょう?」
傘の下に潜り込んでいるのかというほど背が小さく小柄な彼女の言葉は驚くほど芯があり、真っ直ぐに向かい俺の心を撃ち抜く。
「五月の……雨……?」
「そうだよ。6月のこの雨はね、皐月さんの雨なの。私はそう思っているよ」
今日は優しい皐月雨が降っている。
そうイメージを変換させた瞬間、自分のクヨクヨとした心も全て浄化された気分になった。
「綺麗なお花だね。皐月さん絶対に喜んでいてくれるよ」
花立の掃除や花の入れ替えは彼女にしてもらい、俺はその間お光を灯して珈琲の香りに似た線香の煙を静かにたなびかせた。
「そうだね」
1ヶ月前に供えられたお姉さんの小菊から白色のカサブランカとピンク色のカーネーションの花束へと完全に入れ替えてしまったのは少し申し訳ない気もするんだけど、彼女の声と言葉によって「先生が喜んでくれていると信じればきっとお姉さんもにこやかに笑ってくれるだろう」と己の気持ちも入れ替わる。
「手を合わせようか。傘を差したままにはなるけど」
「うん」
俺と彼女は共に頷き合い、傘の骨を背中で支えながら共に合掌をして……
170cmの冬とは真逆の向きではあるけれど、俺はこの優しい雨と対話を始める。
先生は絶対天国にいるから、今までの俺を見てきているんでしょう?
先生の青白い肌を泥臭く求めたダメな俺も
頭の傷を隠そうと、髪の色を変えてた俺も
馬鹿みたいにピアスの穴を増やしてた俺も
先生より大好きな人が出来て、先生への気持ちが小さくなっていく俺も
全部全部……見てるんだよね?
俺はきっともう、あなたを想って泣いたりしないしネガティブな言葉を吐いたりしないよ。
たとえ冷たい雨の中でも笑っててやる。
あなたよりも大好きな人が出来た今も、あなたへの感謝の想いまでは消えはしないのだから。
あなたへの気持ち含めて、大好きな人を大切にするから。
だってあなたは……ダメで、汚くて、どうしようもない今までの俺を知っているんだから。
今更って感じだよね?
あと100日程過ぎれば、あなたと同じ年齢になります。
けど……あなたの望む通り、これからもあなたの年齢を越えて、明るく笑いながら呆れるくらい生きてやろうって思っています。
そんな俺を、あなたは許してくれるでしょう?
天国にいる大切なあなたは、今だってこんな俺を見て……優しく、明るく、微笑んでくれているはずなのだから。
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