【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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【番外編】夕紀さんのお引越し

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 6月中旬の日曜日。
 私達は夕紀ゆうきさんのご新居へお引越し祝いを持って初めて遊びに行く。

「梅雨の中休みで良かったね」

 タクシーの後部座席に並んで座るりょーくんは窓の景色を見つめながら明るい声を出している。

「うん、皐月さつきさんも歓迎してくれてるのかな」

 月曜日から梅雨入りし、昨日まで雨続きだったというのに今日だけはカラッと晴れてくれていて、私達も久しぶりにベッドシーツなどの大きなものをベランダに干しまくった。
 出掛け前に干していた洗濯物を全部回収したんだけど、昼過ぎの段階でカラッカラのほわっほわに乾いていてスッキリとした気持ちで今はタクシーに乗れている。

「そうだね……先生も俺達が来るの喜んでそうだよね」

 雨上がりの晴れ間に出会うと、私達はつい遠野皐月とおのさつきさんの名前を呟いてしまうし、太陽の温かな恩恵は皐月さんが天から微笑んでくれているんじゃないかという幻想を抱いてしまう。

(夕紀さんも今日はいっぱい洗濯していっぱい干したりしていたのかなぁ……)

 そして皐月さんの姉である夕紀さんもきっと私達と同じ気持ちなのではないか?と想像した。

「久しぶりにタクシー乗ったけど、結構良いものだね」

 りょーくんはニコニコ顔で私に向き直りそう言ってくれた。

「うん……でも、相変わらず電車に乗れなくてごめんね。まだやっぱり怖くて……」
「怖がるのは当然だよ。夕方とはいえ日曜日で今日の電車はきっとどの便も人がいっぱいだろうし」
「うん……」

 私は以降、すっかり電車がトラウマになってしまっていて、大学への通学もりょーくんのバイクやタクシーのお世話になっている。

「今日はお祝いの荷物があるし、お酒ご馳走になれるっていうからタクシーにしたんだよ。あーちゃんが気にしてはいけないよ」

 りょーくんの表情や言葉はやわらかく、そこに嘘は含まれていないと私にも真っ直ぐ伝わった。

「ありがとう」

 りょーくんが特に私と夕紀さんに乱暴な言葉遣いをしないのは、それだけ彼が私も夕紀さんも大切に想ってくれているから。
 言葉遣いの些細なニュアンスで傷付いてほしくないし自分を誤解されたくないという強い気持ちによるものだと、をきっかけに知る事が出来たし今も私を想い気遣ってくれるりょーくんの態度に私は癒されていた。



 夕紀さんが新しい住まいにと決めた場所は、私達の住む和やかな住宅地エリアとは異なり、オフィス街にほど近いエリアに位置する駅のそば。

 電車を使うとターミナル駅を経由してぐるっと大回りしなきゃいけないのに……

「車だと割とすぐ着いちゃうんだね。これなら夕紀さんも通勤に困らなさそう」

 思ったよりも早く到着出来て私はビックリする。

「そうなんだよ。大きな道に出るとそこからほぼ道なりで行けるんだ。
 お姉さんの通勤時間はラッシュ時間をちょうど避けた時間帯になるから渋滞にも巻き込まれないはずだよ」

 タクシーを降り、目の前にそびえ立つ真新しい建物の前で私達は周囲を見渡す。

「それならすっごく便利だよね。夕紀さん、本当に良いタイミングでこのマンションに出会えて良かったなぁ」
「きっと店長もお姉さんの条件に合うベストな物件を探しまくったんだろうね」
「上原さん、夕紀さんの為にすっごく頑張ったんだろうなぁ」

 それから2人で口々にりょーくんの従兄である上原俊哉うえはらとしやさんにねぎらいの言葉を密かに呟き合った。

 上原さんは私達のマンションや小規模なアパートの管理を自らしている他にもいくつか土地や分譲マンションの一室を買い上げて賃貸として貸したりしているし、そのご縁で多くの不動産会社とビジネス的な繋がりを持っている。
 だから上原さんに「新しい住まいを検討してるんだけど……」と一言声掛けをしてしまえば首都圏の賃貸物件や中古の一軒家、今回みたいな新築マンションの良い情報などを即座に集めてしまう。

(上原さんって、話題に出る度に毎回私の想像を超えてくるなぁ……)

 りょーくんに匹敵するくらいの高身長で端正なマスク。
 心地良い美声や長髪ながらに清潔感のあるヘアスタイルや装い。
 高学歴、高収入……穏やかな性格。
 何もかもが完璧過ぎる男性なんじゃないかって私は上原さんの事を思うんだ。

(夕紀さんとりょーくんは「あの人、性格は穏やかじゃないよ」って私に言うんだけど、荒々しさは全く感じないんだよなぁ……)

 恋愛ドラマ見過ぎな私は、上原さんを頭に思い浮かべる度に「きっと上原さんには素敵なラブロマンスがあるに違いない」ってピンク色の妄想してしまう。
 月に一度、上原さんの前で珈琲豆のプレゼントと出張喫茶店をしている私だけど、上原さんにそのラブロマンスの有無をずっと訊けずにいてそこの部分は謎に包まれたままだ。


 

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