【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

文字の大きさ
上 下
144 / 251
嵐は過ぎて……

6

しおりを挟む
「私ね、オカルトとか非現実的な事は信じないタイプなんだけど、『皐月が教えてくれたのかな』ってちょこっとでも頭をぎるともうそれしか思えなくなっちゃう子どもみたいな女なの。
 結果的に朝香ちゃんは怖い思いしてしまったし『助かって良かった』と完全にいえる状況ではないんだけど、でもやっぱりあの時亮輔くんに『タチの悪いダーツバーがどんな店か様子見に行ってみよう』なんて提案しなかったらと思うと……その方がすっごく怖くて」

 夕紀さんは真面目な人だ。
 いつもの夕紀さんなら、上原さんからそんなエピソードを聞かされた段階で「そんな店には近付かないようにしよう」と思う筈だ。

(しかも私、誰にもあの日ダーツバーへ行くなんて話をしてなかったんだし……)

 あの男性と夕紀さんはメッセージ交換をしょっちゅう交わすくらいの仲にはなっていたけど、「私をどうにかしよう」と考えている時にわざわざ夕紀さんにダーツバーへ私と行く内容は伝えてなかったんじゃないかと予想している。

(りょーくんだけでなく夕紀さんも個室に入ってきた時、あの人ビックリしたような表情していたし……)

 だからこそ、私がスマホの電波を拾いにフラフラしていた事も、店員さんに捕まえられて連れ戻された事も、それらをりょーくんと夕紀さんが見かけた事も……全部全部皐月さんからのおぼしって考えが浮かんじゃったら私だって信じてしまう。

「朝香ちゃんにとっては怖い思いをしてしまった夜だけど、それがあったからこそ私はあのマンションに住もうって余計に思っちゃったんだ『あのマンションのあの部屋に住んでいたら皐月がちゃんと私を導いてくれるかも』って。
 ……なんか変な信仰してる人みたいで気持ち悪いわね私。ごめんね朝香ちゃん亮輔くん」

 だから、自虐する夕紀さんの言葉や眉を下げるその表情に私もりょーくんも黙って首を左右に振った。

「いいと思いますよ、先生は『雨上がりの女神』なんですから」
「私も信仰してるようなものですから。『雨上がりの女神』を」

「……ありがとう」

 りょーくんと私が口々に言った言葉に、夕紀さんはニッコリと微笑み返してくれた。


「……あの日の夜の話はこれでおしまいね! 次は朝香ちゃんの今後についてなんだけど」

 夕紀さんは次に、私が今後この店で働けるのかの確認をし始めた。

「はい」

 私はその瞬間、身を強張こわばらせたんだけど……

「結論から言うとね、村山隆盛は岩瀬さんの会社を辞めたの。朝香ちゃんに敢えて言わないけど、を既に始めてる」
「え……」

 もうこの土地にあの男性が存在していない事実を聞かされ、小さな声のみを漏らす。

「あーちゃんが接近禁止命令の申し立てをしても良いとは思うんだけど念の為。でも時々どんな様子で暮らしているのか、こちら側との約束を守っているのか、店長が個人的に調べてくれるみたい」
 
 りょーくんの捕捉に私はゆっくりと長い息を吐く。

(法的に、私の方から「近付かないで」と主張して守らせてもいい……だけどそれをしようとすると私はまた然るべき場所へ行ってまたこの話を説明しないといけない。
 きっと夕紀さん達は私の気持ちの負担を考えてくれているんだ……)

「でも上原さんが個人的に調べるって……」
「店長はそういう調べ物、細かにやっちゃう人だし、依頼して送られてきたものは俺も立ち会って確認するんだ。あーちゃんは金銭的な事も何もかも気にしなくていいんだよ」
「でも」
「きっと上原さんなら、私達が『調べてほしい』なんてお願いしなくとも勝手にやっちゃうでしょ。皐月の一件で私も経験済みだからね」

 私の「でも」に、夕紀さんもりょーくんも含み笑いをする。2人の笑みがなんとなく不気味だし、「確かに上原さんなら私がお願いしなくてもそういう調べ物をササッとしてしまいそう」と即座に納得した。

「……という事は、私は何の心配もなく夕紀さんのお店に居ていい……って事ですか?」

 それから納得した事含め頭の中を整理し夕紀さんにそう確認すると

「その件についてはね……でもまた今後似たような事が起きるとも限らないでしょ? だからこそ試飲会のような事も今後中止しようかなって思ってる。豆の味を知りたいという理由での試飲はお客様の要望があった時には対応するけど『飲食タイムを過ぎても試飲出来ますよ』というアナウンスは廃止するの。焙煎機の見学だとかお客様をみだりに焙煎室やバックヤードに入れる事はしない。
 勝手口に入れるのはあくまで私と朝香ちゃんと亮輔くん……基本的に私の信頼のおける人のみに限定するつもりよ」
「…………」
「いろんな人に珈琲の良さを知ってもらいたいという気持ちは私にはあるの。私自身、珈琲に助けられた事が数えきれないくらいあるから。
 ……だけど、気を緩ませ過ぎちゃいけないって私は今回物凄く反省したのよ。
 今の時代、男性も女性も関係なく怖い思いをするのが当たり前になってきているでしょう?とはいえやっぱり『女性2人で切り盛りする店』っていうのは比較的狙われやすいとも感じるから、自衛出来るところはしっかり自衛しようと思って」
 
 店のルールを改めて見直し、接客についての夕紀なりの考えを私に示してくれた。

「勿論、あーちゃんが『もう無理』って感じちゃったらお姉さんはそれでもいいって考えているし、あーちゃんが従業員からお客様になってしまってもお姉さんは変わらずあーちゃんに優しく接しようと考えているみたいなんだ。
 俺、この3週間お姉さんの店の手伝いを通して『遠野夕紀さんなりの考え』っていうのを沢山聞いた。俺も、あーちゃんが心地良く生活していくのを1番に望みたいから『すぐに珈琲の仕事に戻ってほしい』なんて思えないし逆に『珈琲から離れてほしい』なんて考えてないよ。
 とにかくあーちゃんが何の心配もなく楽しく生活しててほしい」

 夕紀さんも真剣に私の事を考えてくれているし、りょーくんだってそれは同じだという事がしっかりと伝わる。

「さっき朝香ちゃんは『自分も雨上がりの女神を信仰してるようなもの』みたいな言葉を言ってくれたけど、私にはその気持ちだけで充分なのよ。今まで朝香ちゃんは私を支えてくれたって思うし充分助けられたから」
「わっ……私はっ!」

 だから……
 いや、だからといって……

 私がこの選択を夕紀さんとりょーくんに告げるのは時期尚早かなとも思ったんだけど……

「私はっ! これからもずっと珈琲に向き合っていきたい……夕紀さんの元でもっともっと珈琲について学んで、夕紀さんみたいなコーヒーになれるよう焙煎も頑張って、りょーくんみたいに力強くなっていきたい。
 今回は確かに怖いおもいをしましたが、私はやっぱり珈琲が大好きですし夕紀さんの事も大好きなんです! 従業員からお客になるなんて嫌ですし、この土地からも離れたくないです!!」

 私は自分の考えをこの場で夕紀さんりょーくんにハッキリと示した。

「朝香ちゃん……」
「あーちゃん……」

「ですからこれからも……この先もずっとずっと私をここに置かせて下さい!
 私は珈琲も夕紀さんもりょーくんもすっごくすっごく大好きだし、これからもっともっと強い女性に…人間になりたいから!!」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...