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嵐は過ぎて……
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身震いを一つした私は、気持ちを落ち着かせようとりょーくんがサイフォンで淹れてくれたコーヒーを一口飲んでみた。
「ふあぁぁぁ…………」
ブラジルサントスの豆だろうか?……だけど、より力強さを感じさせる。
「朝香ちゃん美味しい?」
夕紀さんの問いに私はすぐに頷き
「りょーくんっ! すっごく美味しいよ!!」
私は、カウンターの奥で丁寧にサイフォンの後始末をしているりょーくんに向かってコーヒーの感想を述べた。
りょーくんは声を出す事なく、ニコッと笑顔をこちらに返してくれ、すぐに作業の手を動かす。
(りょーくんがサイフォンでコーヒーを淹れるだなんて意外過ぎたけど、今ここにりょーくんのコーヒーがあって本当に良かったぁ)
初夏の涼やかな季節に飲む彼の力強いコーヒーは、私を温かく癒し元気付けてくれた。
「……そろそろ本題に入らなくちゃね」
私とりょーくんの見つめ合いを夕紀さんはしばらく見守ってくれていたんだけど、キリの良いところで話題を転換させる。
「あっ……それって、私がこの店でこの先どうするのかって話ですか?」
先走った私が夕紀さんにそう問い掛けると、夕紀さんは真顔になり
「それも朝香ちゃんと真剣に話し合っていきたいんだけど、まずは村山隆盛についての話からさせてね」
……と、まずは私がまだ聞かされていないあの日の前後の説明から夕紀さんは始めていった。
村山隆盛という人は本人が口にしていた通り、年齢の勘違い以外の経歴に偽りはなかったみたいだ。
広島で生まれ育ち、コーヒーも野球も大好きな人で、社会人になってからダーツも得意になったらしい。
前職が本当にブラック企業だったのも本当で、お給料は希望通り貰えていても睡眠時間がほとんど確保出来ないほどの激務で身体的にも精神的にも参っていたのだそうだ……だからといって痴漢行為をゲーム扱いして娯楽化してはいけないと思うんだけど。
「30過ぎてるっていうのに私も他人を信じ過ぎちゃったのよ。そこはすっごく反省しているの」
「夕紀さん……」
「私さ、田上くんくらいしか友達って居なくて……しかも『友達』ってよりも『元同級生』とか『同じ商店街の同士』に近いわけで趣味を語り合えるってのとは違うし」
「夕紀さんのお気持ち、分かります。私も珈琲について深く話が出来る人が……って、信じきっちゃってましたから」
夕紀さんも私も、言葉を交わした後で深い溜め息をつく。
そう、私も夕紀さんも出会って間もないうちからあの男性の事を信用きっていたところがあった。
見た目がイケメンで好みっていうのもあったけれど、嘘をついているとは思えなかったから。
(まぁ……実際ほとんど嘘はついてなかったんだけど)
「あの日ね、連休を利用して私は新居の内見に行ってたの。亮輔くんと一緒に」
「えっ? 新居? 内見??」
夕紀さんがあの日りょーくんと一緒に居た理由を明かし、その理由にも私は驚く。
「ほら、年明けにここで朝香ちゃんと亮輔くんとちょっとだけそんな話になったでしょう? 朝香ちゃんの振袖写真見せてもらった時の」
「ああ! 覚えてます覚えてます!
私の写真を一緒に見ていた時、りょーくんが夕紀さんに新しいお家の提案をちょこっとだけしてましたよね」
ーーー
『この先、夕紀さんが新しいお家を見つけたいって思ったら、いつでも相談して下さいね』
『今はまだ……ここから離れたくないって思ってしまう夕紀さんの気持ちは理解出来ます。ですからあくまでこの先……なんですけど』
ーーー
もう半年近く前になるけれど、りょーくんは夕紀さんの気持ちが前向きになった時を見越して「もりやま青果店の2階から別の場所へ引っ越しを考えた時は頼ってほしい」というニュアンスの言葉を掛けていた。
「そうなの。4月くらいから上原さんと連絡を取り合って、新居探しを始めていたの。朝香ちゃんには黙っててごめんね」
「いえいえいいですよそんなの! 夕紀さんの人生の事なんですから私は事後報告で全然っ!!」
夕紀さんのまたの謝りに私は両手を突き出してブンブン左右に指を振ると、夕紀さんは明るい表情に戻す。
「それにしても上原さんって凄い人よね。一言声を掛けるだけで私の条件に合った物件情報をドッサリ持ってくるんだから! しかも一晩よ? 一晩でドッサリよ??! 仕事早過ぎだし、そこから2~3軒に絞るのめちゃくちゃ骨が折れたんだからっ!」
夕紀さんはワザとりょーくんにも聞こえるくらいの声で言ったものだから、掃除中のりょーくんは眉を下げて苦笑いし
「ドッサリ……なるほど」
私も私で「上原さんならやりかねないな」と納得してしまう。
(上原さんって常に行動を先回りするし選択肢もいっぱい増やしてくれるんだもん。私がりょーくんと同棲する時も、その少し前から色々考えて私に接してくれていたから……)
「それで、内見して良いところが決まったんですか?」
私の問いに夕紀さんは頷いて
「うん、もう入居手続きを終えたの。今は日曜日の休みを利用して新居に少しずつ新しい家具とか家電とかを入れてる最中で」
「えっ??! もう住み始めちゃってるんですか?!!」
と、更に私を驚かせた。
「ふあぁぁぁ…………」
ブラジルサントスの豆だろうか?……だけど、より力強さを感じさせる。
「朝香ちゃん美味しい?」
夕紀さんの問いに私はすぐに頷き
「りょーくんっ! すっごく美味しいよ!!」
私は、カウンターの奥で丁寧にサイフォンの後始末をしているりょーくんに向かってコーヒーの感想を述べた。
りょーくんは声を出す事なく、ニコッと笑顔をこちらに返してくれ、すぐに作業の手を動かす。
(りょーくんがサイフォンでコーヒーを淹れるだなんて意外過ぎたけど、今ここにりょーくんのコーヒーがあって本当に良かったぁ)
初夏の涼やかな季節に飲む彼の力強いコーヒーは、私を温かく癒し元気付けてくれた。
「……そろそろ本題に入らなくちゃね」
私とりょーくんの見つめ合いを夕紀さんはしばらく見守ってくれていたんだけど、キリの良いところで話題を転換させる。
「あっ……それって、私がこの店でこの先どうするのかって話ですか?」
先走った私が夕紀さんにそう問い掛けると、夕紀さんは真顔になり
「それも朝香ちゃんと真剣に話し合っていきたいんだけど、まずは村山隆盛についての話からさせてね」
……と、まずは私がまだ聞かされていないあの日の前後の説明から夕紀さんは始めていった。
村山隆盛という人は本人が口にしていた通り、年齢の勘違い以外の経歴に偽りはなかったみたいだ。
広島で生まれ育ち、コーヒーも野球も大好きな人で、社会人になってからダーツも得意になったらしい。
前職が本当にブラック企業だったのも本当で、お給料は希望通り貰えていても睡眠時間がほとんど確保出来ないほどの激務で身体的にも精神的にも参っていたのだそうだ……だからといって痴漢行為をゲーム扱いして娯楽化してはいけないと思うんだけど。
「30過ぎてるっていうのに私も他人を信じ過ぎちゃったのよ。そこはすっごく反省しているの」
「夕紀さん……」
「私さ、田上くんくらいしか友達って居なくて……しかも『友達』ってよりも『元同級生』とか『同じ商店街の同士』に近いわけで趣味を語り合えるってのとは違うし」
「夕紀さんのお気持ち、分かります。私も珈琲について深く話が出来る人が……って、信じきっちゃってましたから」
夕紀さんも私も、言葉を交わした後で深い溜め息をつく。
そう、私も夕紀さんも出会って間もないうちからあの男性の事を信用きっていたところがあった。
見た目がイケメンで好みっていうのもあったけれど、嘘をついているとは思えなかったから。
(まぁ……実際ほとんど嘘はついてなかったんだけど)
「あの日ね、連休を利用して私は新居の内見に行ってたの。亮輔くんと一緒に」
「えっ? 新居? 内見??」
夕紀さんがあの日りょーくんと一緒に居た理由を明かし、その理由にも私は驚く。
「ほら、年明けにここで朝香ちゃんと亮輔くんとちょっとだけそんな話になったでしょう? 朝香ちゃんの振袖写真見せてもらった時の」
「ああ! 覚えてます覚えてます!
私の写真を一緒に見ていた時、りょーくんが夕紀さんに新しいお家の提案をちょこっとだけしてましたよね」
ーーー
『この先、夕紀さんが新しいお家を見つけたいって思ったら、いつでも相談して下さいね』
『今はまだ……ここから離れたくないって思ってしまう夕紀さんの気持ちは理解出来ます。ですからあくまでこの先……なんですけど』
ーーー
もう半年近く前になるけれど、りょーくんは夕紀さんの気持ちが前向きになった時を見越して「もりやま青果店の2階から別の場所へ引っ越しを考えた時は頼ってほしい」というニュアンスの言葉を掛けていた。
「そうなの。4月くらいから上原さんと連絡を取り合って、新居探しを始めていたの。朝香ちゃんには黙っててごめんね」
「いえいえいいですよそんなの! 夕紀さんの人生の事なんですから私は事後報告で全然っ!!」
夕紀さんのまたの謝りに私は両手を突き出してブンブン左右に指を振ると、夕紀さんは明るい表情に戻す。
「それにしても上原さんって凄い人よね。一言声を掛けるだけで私の条件に合った物件情報をドッサリ持ってくるんだから! しかも一晩よ? 一晩でドッサリよ??! 仕事早過ぎだし、そこから2~3軒に絞るのめちゃくちゃ骨が折れたんだからっ!」
夕紀さんはワザとりょーくんにも聞こえるくらいの声で言ったものだから、掃除中のりょーくんは眉を下げて苦笑いし
「ドッサリ……なるほど」
私も私で「上原さんならやりかねないな」と納得してしまう。
(上原さんって常に行動を先回りするし選択肢もいっぱい増やしてくれるんだもん。私がりょーくんと同棲する時も、その少し前から色々考えて私に接してくれていたから……)
「それで、内見して良いところが決まったんですか?」
私の問いに夕紀さんは頷いて
「うん、もう入居手続きを終えたの。今は日曜日の休みを利用して新居に少しずつ新しい家具とか家電とかを入れてる最中で」
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