【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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嵐は過ぎて……

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 そしてその日の夜19時半過ぎ。
私はりょーくんと一緒に珈琲店へ向かい、夕紀さんと話をする事になった。

「夕紀さん、お久しぶりです」

 閉店時間となりシャッターが降りているのを確認した私達は、勝手口からお店の中に入ったんだけど……

「朝香ちゃん……危険な身に晒してしまって本当にごめんなさい」

 あの日の夜も、警察署に向かう時も……その時点で何度も何度も受けた謝罪をまた夕紀さんから受ける事になった。

「やめて下さい夕紀さん……夕紀さんは何一つ悪くないんですから。寧ろ私をりょーくんと一緒に助けてくれて物凄く感謝していますし」

 今も深々と頭を下げる夕紀さんの体は、一段と痩せ細って見える。

……」

 その時、私の一歩後ろで立っていたりょーくんがサッと夕紀さんの前に出て、夕紀さんが手にしていた掃除道具を受け取るなり

「掃除や片付けは俺がやりますから、お姉さんはあーちゃんとお話してて下さい」

 私達をソファ席に促してくれた。

(えっ??! りょーくんがまさかのお店の手伝いを???)

「りょーくん?」

 彼の店内での立ち回りぶりにビックリしていると

「ゴールデンウィーク明けからずっとね、閉店後の締め作業を手伝いに来てくれているの」

 と、夕紀さんが私の疑問をすぐに解消してくれた。

「えっ? 授業終わったら大学近所のお友達のアパートにお泊まりさせてもらっていたのに、この時間だけわざわざ?」

 疑問が解消されても、辿々しい手つきでサイフォンを動かしてコーヒーを淹れようとしてくれているりょーくんの姿やエプロン姿にもやっぱり私は驚きを隠せなくて

「うん……あとね、少しでもコーヒーの淹れ方を学びたいんだって。
 ハンドドリップを教えてあげようと思ったんだけど、亮輔くん的にがあるみたい」
「対抗意識?」

 次いで説明された夕紀さんの言葉にも、つい鸚鵡返おうむがえししちゃったんだけど、すぐにその「対抗意識」の相手が誰かに気付く。

(そっか……りょーくんもあの日をきっかけに色々学びたいって強く思ったんだな……)

「お姉さんは優しいから、いつも『美味しい』って褒めてくれるんだけど、あーちゃんに飲んでもらうのは緊張するなぁ……」

 夕紀さんの予備のエプロンを身に付けたりょーくんが、コーヒーカップを2脚乗せたトレイを手にしながらこちらに向かってきて、これまた丁寧に私達の前に出来上がったコーヒーを差し出してくれた。

「サイフォンのポイントは火加減と撹拌かくはんっ! そこを押さえておけば誰でも美味しいコーヒーになるのよ。このコーヒーが美味しくなかったとしたら私の焙煎が下手って事になるわね」

 りょーくんに向かって言い放った夕紀さんの表情は、「師匠」そのもの。
 それは私に珈琲の全てを教えてくれる時の夕紀さん、並びに夕紀さんが修行中私のお母さんが向けていた表情の記憶と重なった。

「お姉さんの焙煎が下手なわけないじゃないですか~。ね、あーちゃん」

 りょーくんはクスクスと笑い、私に目配せを送る。

「うっ、うん!! 夕紀さんの焙煎豆も、りょーくんのサイフォンも上手に決まってるよぉ……ですっ!」

 その目配せは明らかに「甘い評価をしてね」と言われているような気がして、別に厳しい評価をするつもりがなかったのにワタワタした口調で返事をしてしまい、3人の笑い声が店内を包み込んだ。




「それにしても、朝香ちゃんが大学へまた通えるようになって良かった……店の事は無理でもやっぱり朝香ちゃんには学生さんらしい生活っていうか外の世界をちゃんと感じてほしいって思うから」

 夕紀さんはコーヒーカップに口をつけた後、長く息を吐いて私の顔をジッと見つめる。

「大学は……学費出してくれている両親にも、それから夕紀さんにも申し訳が立たないなって思って。
 電車に乗るのは怖いですし、就活しないって決めてるお気楽大学生ですけど卒業はやはりしたいですから」
「なんだかんだいって勉学は大切なのよ。この先生きてて必要になる事がたくさんあるから。
 電車を使えなくたって他の手段があれば行くに越した事はないかなって私は思うんだよねぇ……朝香ちゃんの将来の選択が増える事にも繋がるから」

 私がそう言い夕紀さんを見つめ返すと、夕紀さんは慈愛に満ちた微笑みに表情を変える。

(夕紀さんが私に「大学には行っておきなさい」って強く言ったのって、皐月さつきさんへの後悔が含まれているんだと思っていたし夕紀さん自身も私に向かってそういう発言を何度もしていたんだけど……
 本当の意味で、私の将来の事を考えてくれていたんだなぁ)

 私は高校生の頃から珈琲の道一本でやっていきたいって思っていた。
 だけど、今の私は珈琲店の仕事を1ヶ月近く休んでしまっている状況だし、正直今もこの19時台という時間帯が怖い。

(あんな人が私を狙う為だけにこの店に毎日通って試飲したり夕紀さんの焙煎を見学したりしていた。
 今も突然フッと現れるんじゃないかと思うと落ち着かない……)
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