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嵐は過ぎて……
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しおりを挟むあの夜から数日……それこそ、残りの連休ずっと。
私とりょーくん……夕紀さんも上原さんも、警察署で事情聴取を受ける事となった。
側から見れば、私は男性2人によって10分程度ロックされた部屋に閉じ込められ、ほんの少しの間だけ衣服の上から体を触られた程度の事しかされていないのだけれど、私にされた行為はれっきとした犯罪行為と見做され、所謂「被害を受けた者」として扱われ……
その上、私と「被害を加えた者」との関係性を説明する為に、かつての痴漢被害の詳細も説明しなければならなくなってしまった。
当然の事、大学に通ったり珈琲店の仕事をしたりなどする余裕がなくなってしまった私は連休が過ぎてもマンションの自分の部屋に引きこもる日々が続いていて……。
「朝香、ご飯持ってきたよ。一緒に食べよう」
りょーくんの代わりに真澄が私の身の回りの世話を全部してくれていた。
「ごめんね真澄。今日も泊まり込みしてもらう事になっちゃって」
「そんな事言わなくていーの! 朝香と一緒にお泊まりするの楽しいし、親の了承も得てるんだから」
私は今日もダイニングテーブルの席に座りながら真澄と、ここ数日ずーっと繰り返している会話をルーティンのように交わす。
「美味しい……」
今日も真澄は私の為にお惣菜を買って用意してくれた。
「朝香、食欲無いって言ってるけど本当に1日1食でいいの?」
用意してくれるのは大学近くにあるお惣菜屋さんで、飽きのこないように色んな種類のものを少しずつ買ってくれている。
「うん、本当に平気だよ。部屋から一歩も出ないから体力消費しなくてお腹空かないの」
私が嘘偽りなく真澄の質問に答えると
「そっか……」
真澄は少しだけしんみりとした表情で相槌を打つ。
真澄が私の体の心配を本当にしてくれているのがありがたく、また同時に申し訳ないと思って、あの日以来初めて「彼」について真澄に質問を投げかけてみた。
「りょーくんは学内で何食べてるの? 学食?」
「えっ? 亮輔くん??」
私の予想通り、真澄は驚き私の質問が意外だとでも言うような声の出し方をする。
「うん。警察署へ行く時とか……あの日以来りょーくんの顔を見ていないし声も聞いてないから。
今も藤井くんのアパートにお泊まりしつつ大学の授業受けているんだろうなって予想はしてるんだけど……」
あの日りょーくんは夕紀さん達と共に私を助けに来てくれたんだけど、私を助ける為に起こした行動———会員制のダーツバーに突然入店した事、店員に向かって乱暴な言葉遣いをし店員の確認を取る間もなくVIPエリアへ侵入した事、乱暴に扉を何度も叩いた事、抵抗しない人物の顔を一方的に数分間殴ってしまった事などが全て正当防衛に当たるか否か微妙なラインだったという事で、自主的に私達はしばらく離れていた方が良いだろうという話になったんだ。
だから私も今の今までりょーくんの話題を真澄にはずっとしていなくて……でも、りょーくんを全く心配していなかったのかというとそういうわけではなかった。
部屋に引きこもっている間ずーっとりょーくんが落ち込んでいないかちゃんとご飯を食べているかりょーくんの大事な授業をきちんと受けられているかをめちゃくちゃ心配していたし真澄にいつその話題を持ちかけようかここ数日悩んでいた。
「うん、朝香の予想通り亮輔くんはトモのアパートにずっと居るよ。トモや私の見る限りでは精神的に落ち込んでいるようには見えないんだけど、あんまり喋らなくなったかなぁ……昔の寡黙な亮輔くんに戻った感じ」
「えっ?」
「寡黙ってだけで、他は全くの普通な感じよ!」
私が「彼が寡黙になった」の部分で驚いていると、真澄からすかさずフォローが入る。
「ほんとに? ……りょーくん、割と普通に授業受けられてる?」
「受けてるよ。相変わらず亮輔くんのノートのコピーはみんなに大人気だよ!」
授業もいつも通り受けられている事に私はホッとするも……
「……そうねぇ、ランチタイムの時は流石に寂しそうにしてるかなぁ。学食のランチをね、ものすごーくゆっくりと噛み締めてる」
次いで出た真澄の言葉に私の胸はキューッと締め付けられる。
「りょーくん……ご飯食べるの辛いのかな……」
私はりょーくんが食事をかつて「メシ」と呼んでいた事を思い出す。
「辛いっていうか、朝香が毎日お弁当を作ってくれていた有り難みを感じているっぽいよ」
真澄は私を思い遣るように優しい表情を向けながら彼の『寂しそう』の真意を伝えてくれた。
「有り難み?」
「うん、朝香のご飯が美味しいっていうのもあるんだけど、朝香と険悪ムードだっていうのに亮輔くんは『付き合い1周年のオムライスは絶対に作って』って朝香にご飯だけ作る事を強要しちゃったんでしょ? それをとにかく後悔しているみたい」
「あ……」
それを聞いた私は胸が熱くなる。
「朝香はさ……当初はムカッときたかもしれないけど、今は『また亮輔くんにご飯作ってあげたい』って気持ちがあるんでしょ?」
真澄は私の表情を上手に読み取ってくれて、優しく代弁してくれて
「うん……うん」
私は実感を込めて2度頷いた。
それから真澄は私の頷きを見て、優しくうんうんと頷き返してくれる。
「なんかね、亮輔くんも反省してるっていうか『自分も料理頑張りたい』って思っているらしいよ。オムライスは無理でも、卵焼きくらいは焼けるようになろうとトモのアパートのキッチンで練習してるんだって」
「えっ……りょーくんが卵焼き??!」
一呼吸置いて明かしてくれた真澄の話に私は驚きつつも……
「本当は練習してるの内緒にしとかなきゃいけなかったんだけど、つい言っちゃった♪」
変顔しておちゃらける真澄の優しさ含めて、嬉しさがジワジワ湧き起こってきた。
(りょーくん……包丁持てるようになっただけじゃなくて卵焼きの練習もしているんだ……凄いなぁ)
卵焼きは料理初心者にとってかなり難しい。
それを分かっているからこそ、真澄がバラした事も陰で頑張っているりょーくんもキッチンの場所を貸している藤井くんも……みんなみんな愛おしく感じられた。
「りょーくんの卵焼き、食べてみたいなぁ……」
「そうね、朝香が元気になったらトモのアパート行って亮輔くんが焼いてるところ見に行こうね」
「うん……大学にも早く行けるように私も頑張る!」
「通学の時は私も付き添うからね! 電車はまだ無理だろうからタクシー使っちゃお!」
真澄はいつでも私を元気にしてくれる。
「うんっ! タクシー代は私が奢るね!」
「そこはワリカンでいいよー! 親に言えばそういうのすぐに出してもらえるし、そもそも帰りは私いっつもタクシーだし!」
「そういえば真澄はそうだったよねー」
「そうそう! お金はそこそこあるのよ私の親」
「じゃあ、お言葉に甘えてワリカンで♪」
「りょーかい♪」
言葉通り、もう少し真澄に甘えて私はちゃんと現実を……前を向いていこうという気持ちになっていった。
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