【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

彼の仮面

7

　
　りょーくんは次の日もそのまた次の日も帰ってこなかった。

「朝香と喧嘩した日からずっとトモのアパートに居るみたいだよ。バイクはマンションに置いたままだけど、トモのアパートなら大学まで徒歩圏内だからって」

　私と同じ授業中でも、りょーくんは私と一切喋らずに藤井くんとずーっと一緒に居るものだから、私も負けじと真澄とずーっと一緒に居る。……といっても夕方になったら私は夕紀さんのところに行かなくちゃいけないから真澄と居られる時間は少ないんだけど。

「真澄ごめんね。明日から連休だっていうのに」

　りょーくんはあくまで大学に毎日行って真面目に勉強するのが何よりも優先。
　だから藤井くんの部屋に入り浸る気持ちは分かる……けど、そうなると明日からの連休、藤井くんは真澄とデートし辛くなってしまうんだ。
　藤井くんや真澄としては、「今日中に仲直りしてほしい」という思いもあるんだろうけど、なんせ会話する時間がゼロなんだからそれが叶うはずがない。

「トモは亮輔くんに合鍵渡すってさ。亮輔くんもトモに『自由にデートしてきて良い』って言ってるみたい」
「そうなんだ……でもなんかごめんね、私達の空気が悪くて」

　一応藤井くん真澄のデートを邪魔する事にはなってないみたいなんだけど、それでもこの状況を情けなく感じていると

「いいのいいの！ 亮輔くんのジェラが強すぎるのが今回の喧嘩の元なんでしょ？ 
　私はあくまで朝香の味方だよっ！！ その『りゅーさん』だっけ？ 珈琲好きで亮輔くん以上のイケメンなんでしょ？ イケメンに悪い人は居ないし、朝香と同じ出身で同じ趣味を持っているだなんてサイコーじゃん♪」

　真澄は笑顔で私にそう言ってくれた。

（私の味方になってくれるのは『イケメン』の要素の強さがあるからなんだろうけど……）

　藤井くんとお付き合い半年を迎えても、やっぱり真澄はイケメン大好きで「トモは優しくて良いところいっぱいあるんだけど、でもやっぱりイケメンは目の保養よね♡」って藤井くんを前にしても言えてしまうし、藤井くんも藤井くんで容認してしまっている。

（でも、彼女がオープンに『イケメン大好きー！』って言えちゃう関係は羨ましいなぁ。真澄のイケメン好きを受け入れている藤井くんまで大人っぽく見えちゃうよぉ）

　藤井くんと真澄のその感じを目の当たりにする度に、りょーくんの幼さや嫉妬深さがありありと見せつけられている気がしてすっごく嫌な気分になっていた。




　そんな感じで連休がやってきて、私は一日中広い家で時間を潰していた。


「広いなー……」

　たった1人に3LDKって広すぎる。
　一応りょーくんは、自分が藤井くんのアパートへ行く事で私に住む場所をキープさせているつもりなのかもしれない。
　だって私には泊まらせてくれるような身近な人が居ないから。

（真澄の実家は広いけどご両親にご迷惑かけちゃうし遠いし、夕紀さんだって仮住まいの身だもん）

　……とはいえ暇だ。午前中は洗濯や掃除で時間がつぶせても午後からは本当に何もすることがない。

（世間はゴールデンウィークだもんな……みんなどこかへ出かけて楽しく過ごしているんだろうな）

　穏やかに平和にこの連休を過ごす世間の皆様に軽く嫉妬しながら、「そういえば1年前のゴールデンウィークは何をしていたんだろう？」と記憶を手繰たぐり寄せる。

（1年前はりょーくんと付き合ったばかりで……私はバイト休みだったけど、りょーくんはコンビニで一日中バイトしてたからどこへも行かなかったんだよね……）

　1年前を思い出しても結局「大したデートをしていないゴールデンウィークだった」という結果に終わったんだけど、それでもここまで退屈にはしていなかった。

（日中は今みたいに暇してたけど、夕方からは丁寧にご飯の支度や焙煎をして……りょーくんに喜んでもらえるような食事作って……
　夜になったらりょーくんが帰ってきて、私の部屋に来てくれて、一緒に夕飯やコーヒーを飲んで……）

　それからりょーくんは私の手を蝶々を捕まえるみたいに優しく包んで「ありがとう」を言ってくれた。

「懐かしいな……」

　当時はそれだけでも顔から火が出る思いだったのに、今思い出すとその関係が初々しい。

「私が痴漢被害に遭っていたとはいえ、りょーくんってば当時はよく我慢してたなぁ……それだけ私のことを大事にしてくれていたのかな……」

　だけど、1年経った今のりょーくんはあの時と全然違う。
　私のことなんてちっとも考えてくれない。

「私もりゅーさんも、浮気の気持ちなんて一切ないのに。顔を合わしても珈琲の話題で盛り上がるだけなのに……」

　数日前、私は酔った勢いで自分のスマホにりゅーさんの電話番号を登録した。

　……けど、一応りょーくんとまだ付き合っているから登録しただけでまだ電話をかけていない。

（こういうの、「操みさおを立てる」っていうんだっけ……？）

　さっきまで本気でそういう気持ちでいた。
　電話番号は登録したけれど、りょーくんのジェラが強いから「電話をかけて2人だけで遊びに行こうなんて行動を取ったら流石にまずいだろう」という考えがあった。