【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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彼の仮面

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「りゅーさんはね、本当に珈琲が大好きなの。仕事は営業職に就いたけど、『独学でも良いから珈琲についてこれからも学んでいきたい』って意識を高く持っているの。
 豆の扱いも丁寧で、焙煎前にやるピッキング作業なんて私よりもスピードが速くて正確だった。夕紀さんだってりゅーさんの事をすっごくすっごく褒めていて、私もその中に入って凄く楽しい時間を過ごせたんだよ」
「……」
「夕紀さんと3人で居たし、焙煎作業をしていただけなのに……それなのにりょーくんはジェラシーを剥き出しにしてしまうの?」

 りょーくんの事が段々と好きでなくなっていく中……それでも私はりょーくんに対して「大人らしい気持ちを持ってほしい」と願っていた。

「夕紀さんと珈琲友達で、連絡先も交換しあっているりゅーさんと……私は連絡を取りあっちゃいけない?」
「……」

 それから、焙煎室で議論した「私はりょーくんとお付き合いしているからりゅーさんと連絡先を交換してはいけないのか?」の内容に迫った。

 りゅーさんは「彼氏が悲しむから連絡先交換はしない方がいいんじゃないかな?」という意見で、夕紀さんは「同じ珈琲が大好きな仲間として会話する分にはやり取りしてもいいはずだ」という意見だった。

「りょーくんだって、前に井上さんっていう中学の同級生と連絡先交換していて、私に隠れてハロウィンイベントのお手伝いしていたのに」

 りょーくんが嫉妬深いジェラ男だからりゅーさんと今以上に仲良くなりたいと望んでいても連絡先交換までは我慢しないといけないって思っていた……それが、彼とお付き合いしていて同棲までしている彼女の義務だと思っていたから

「井上と村山とは違うだろ」
「違わないよ! 寧ろりゅーさんの方が健全だもんっ!! りょーくんに内緒にしなきゃいけないような行動にはならないもんっ!!」

 私はしばらく、周囲の人達の迷惑にならないように声のトーンを落として喋っていたんだけど、怒りがフツフツしてきて声のボリュームを我慢出来なくなっていて

「そんなに村山と連絡先交換したいのかよ」

 この期に及んでまだ「友達と連絡先交換する」というごく単純な行為を許さないという睨みを私に向ける彼の態度に愕然とした。

「りゅーさんは友達だもん。したくないわけないでしょ。
 どうしてそれも許してくれないの?私は友達を増やしちゃいけないの? 私はそれをどうしてりょーくんに制限されなきゃいけないの?」

 りょーくんの睨みや低い声に、私は涙を流す。

「真澄や藤井くんとは違う……同じ趣味を共有できる友達が出来るかもって……そう、思っていたのに」

 私がそこまで言うと、りょーくんは目線をアスファルトへと落として

「じゃあ……勝手にしろよ」

 そう言って私の顔を一切見る事のないままマンションのエントランスをスルーしてどんどん通り過ぎていく。

「ちょっと……りょーくん!」
「これ以上あーちゃんと一緒に居たら俺がどうにかなりそうだから!
 ……だからしばらく藤井の家で世話になってくる!」
 
 りょーくんはそのままツカツカと駅の方向へと歩いて行き……私をこの場に置き去りにしてしまった。

「嘘でしょ……信じられない……」

 りょーくんの行動の何もかもがあり得ないと私は思った。




 そして更にあり得ないと思ったのが、私達の家に鍵を開けて入った直後の事だ。

「ご飯……何も準備されてない」

 ダイニングテーブルには何も置かれておらず、キッチンも冷蔵庫の中身も私がランチにオムライスを作った後とまるで変わってない。

「私……それなりに疲れているのに。なのに夕食を私に作らせようとするんだもんなぁりょーくんは」

 同棲生活がスタートして7ヶ月。
 確かに食事作りの担当は私だし、なるべく手料理を作る事を心がけてはいたんだけど、今日のコレに私は深い溜め息をつく。

(今までならこんな感情抱かなかったんだよなぁ……りょーくんの事が大好きだったから)

 今までの私なら、こんなキッチンや冷蔵庫やテーブルの状況を確認しても笑顔で夕食を2人分作れちゃっていた。

 冷蔵庫の食材を確認して「買い足し無しで何品作れるかな~?」ってちょっとワクワクしちゃったりして、ゲーム感覚で調理を開始出来ちゃったんだと思う。

(りょーくんもきっと私がそうなると思って何もしなかったんだろうなぁ)

 もしかしたら「今夜は外食しよう」と私を誘う気で敢えて何もしなかったのかもしれない……けど付き合ってきて1年、外食なんて片手で数えるくらいしかまだしていないからきっとその「もしかしたら」の可能性は限りなく低い。

「ムカつくなぁ」

 今から1人分の食事を作るのが面倒だったから、ピザのデリバリーか何かを頼んでしまおうか……という考えが一瞬浮かんだんだけど

「スナック菓子をお腹いっぱい食べたい気分になってきちゃった」

 むしゃくしゃした気持ちをサクサクとした食感で解消したいという欲求が高まり、急いで買いに行こうと外に出る。




「初めてストロング系のチューハイを買っちゃった……」

 駅前のスーパーでポテトチップや激辛系スナック菓子、ストロング系のレモンチューハイなどなどいっぱい買い込んで帰宅すると

「あーーーーー!!!! りょーくんと一緒に過ごしてたリビングに居たくない! ベッドルームで寝たくないっ!!!!」

 ザーッとシャワーを浴びてネコ彼女シリーズのルームウェアでもオシャレパジャマでもなく、大学1年の時に愛用していたパーカーを引っ張りだすなり袖に通した。
 そしてそのまま私の部屋の扉をバタンと閉めるとシングルベッドにドスンと腰掛け、ストロング系チューハイをグビッと飲んだ。

「ぷはーーーー……気持ちいい」

 大学1年の頃の田舎臭い自分にタイムスリップした気分に陥り、なんだかそれが心地良く感じる。

「ここんとこ、オシャレに気を遣い過ぎていたし、ダイエットしようって思ってスナック菓子も控えてきていたけど……こういうのもやっぱりいいなぁ」

 あの頃は1人でアルコール摂取なんかしておらず、チューハイを飲む部分だけ大人になれた事を実感する。

「あーーーたのしーーー!!」

 頭がホワホワとして、色んなものから解放され、楽し過ぎてたまらない。
 勿論りょーくんと一緒ならどれも出来ない事ばかりだ。


「そうだー、りゅーさんの名刺をもう一回確認しよっ!」

 頭の中が楽しくなり過ぎた私は、片手でスナック菓子の袋に手を突っ込みながらもう片方の手でドレッサーの引き出しを開け、りゅーさんから貰った名刺を取り出す。

「んふふー♡」

 頭がホワホワしている私は無敵だ。
 
 私は名刺をクルッと裏返しをして微笑み……

「スマホスマホっと……」

 迷わず自分のスマホに名刺に書かれている番号を打ち込んだ。






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