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彼の仮面
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しおりを挟む「おはよう……」
夕紀さんとのメッセージのやり取りがひと段落ついたタイミングでりょーくんが低い声で私に朝の挨拶をしてきた。
「おはよう」
いつの間にかシャワーや歯磨きを済ませたみたいで、彼から二日酔いの空気感を感じられない。
「あーちゃん……昨夜はごめん」
それから驚く事に、りょーくんから先に昨夜の件について謝ってきたんだ。
「う……うん」
彼の意外な行動に私は上手く言い返せず、あまり意味を持たない頷きをしてしまう。
私のその反応にりょーくんは一瞬顔を顰めたんだけど、すぐにまたペコッと頭を下げて
「醜いジェラシーを剥き出しにしてごめん。村山さんにもあーちゃんにも申し訳ない事をしたって反省してる」
椅子に座ったままの私に彼は謝り続けた。
「私は大丈夫だよ。多分りゅーさんも昨夜の件は怒ってないと思うし」
私は立ち上がって彼の肩を撫でながらそう宥めて
「それに、先週は私達のお付き合い記念日だったもんね。
私も早くそこに気付いてりょーくんの事をもっと思い遣れば良かった」
と、彼との大事な1周年をうっかり失念していた事を謝った。
「うん……あーちゃんと付き合って丸1年経ったんだよ」
私の「付き合って1年を失念していた発言」は、「りょーくんの昨夜のジェラシーも良くないけど私の付き合い1年も忘れてて悪かったよね」の意味合いを含めたつもりだった。
だから、私の求める彼からの言葉は
「そうだよね、俺も言わなかったから一緒だね。あーちゃんだけ忘れたんじゃないよ」
「付き合って1年はこれから2人でゆっくり祝えばいいんだよ」
であってほしかった。
だけど……。
「あーちゃん、忘れてたなんて酷いな。俺はちゃんと覚えてたのに」
という、狡い言葉でビックリする。
「えっ……」
「まぁ、あーちゃんが忘れてたなら仕方ないよね」
「……」
(なにそれ……りょーくんだって先週に入ってからも、当日も「付き合って1年」の言葉を一切出さなかったのに。
それなのに、さも私だけ忘れてて自分は覚えてたみたいな言い方して!)
「お昼ご飯はさ、当然オムライス作ってくれるんでしょ?」
(りょーくんだって絶対に忘れてた癖に、全部私の所為みたいな言い方して!! 上から目線なその言い方もすっごく腹立つ!!)
彼の言い方や目線の使い方がとにかく気に入らなくて
「分かってるもん!! オムライスとコーヒー、お昼に作れば良いんでしょ!!」
と、いつになく声を荒げて立ち上がった。
「なんだよその言い方……」
コーヒーカップを持ってキッチンへ行こうとする私の肩を彼の大きな手が掴んで
「いきなり掴まないでよ!」
私は苛立ちを含んだ振り払いをして、彼の方を一切向かずにカップを洗い始める。
「……俺の、朝ご飯は?」
イライラしてるのに、りょーくんは更にそんな事を言ってきたから更にイライラムカムカきちゃって
「知らないっ! 夕紀さんも言ってたもん『今朝くらいはりょーくんのお世話しなくて良い』って!!」
と、わざと夕紀さんの名前を出して彼の朝ご飯作りを拒否してやった。
「ちょっ!……夕紀さんに話したのかよ?! 昨夜の事っ!」
りょーくんは夕紀さんに弱い。
夕紀さんの名前を出せば彼はそれに従わなければならなくなるのを私は知っている。
「言っておくけど、私が告げ口したんじゃないんだからねっ! 夕紀さんが既に知ってたの!」
「知ってたって、じゃあ村山の野郎が告げ口したっていうのかよ!」
「そうだよ! 『りゅーさんは怒ってない。りょーくんに申し訳ない事したってへこんでた』みたいな事を夕紀さん言ってたけど、夕紀さんだってりゅーさんだって心の中で思ってるんだよ『りょーくんは大人気ない』って!」
「なっ!」
「だから私は朝ご飯作る気ないのっ!! 20歳なんだから自分の朝ご飯くらい自分でなんとかしてよ!! 今日のお昼は私が作るけど、『ご飯は私が必ず作ってくれる』なんて甘い考え持たないでっ!」
背が高くて私より声も低い彼に強く反論されるのが嫌で、私は捲し立てるようにそこまで言ってカップの洗い物を済ませると、そのまま自分の部屋へと駆け込む。
バタン!
「っ……はあっ」
後ろ手でドアを閉めたら、体がズルズルと落ちていって床へとへたり込み
「りょーくん……本当に大人気ないよぉ……」
大人っぽいと感じていた彼だったのに、露呈した幼い中身に幻滅していき、段々嫌いになっていくのを感じる。
中学生の頃から背中に惹かれ、ずっとずっと大好きでいた笠原亮輔くんを嫌いになっていくだなんて……初めての経験だった。
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