【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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春は嵐

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「ちょっと聞いてよ朝香ちゃん!!
 村山さんっていう、いつも閉店時間前に来てくれて朝香ちゃんが接客対応してくれてるお客さんいるでしょ? あの人、野球観戦が大好きなんだって!!」

 金曜日は開店前の準備を夕紀さんと行い、その後大学へ行って授業を受け、それからまた夕方から店で仕事をする。
 私が夕方勝手口の扉を開けたら、やや興奮気味に喋る明るい夕紀さんの姿がすぐ目に入った。

「広島出身で野球観戦好きって……もしかして……」

 夕紀さんの興奮理由も予想がついていた私がそう口を開くと

「そうなのよ!! 推し球団が私と一緒なの~~~!!!!」

 ……と、予想通りの返事が返ってきた。

(そうだった……軽く忘れてたけど、夕紀さんってうちのお父さんの所為で球団の大ファンになっちゃったんだよね)

 グッズを揃えるわけでもなく、普段から野球の話題をするわけでもないからうっかり忘れていたんだけど、夕紀さんは私以上にその球団の熱狂的ファンになっちゃったんだ。
 だから同じ野球ファンを見つけると夕紀さんはこうして興奮ボルテージが上がってしまう。

「ここ何年かは『なんとか女子』ってのが増えてきたけど、まだまだこっちだと私みたいなのって肩身が狭いじゃない?だから村山さんみたいな若い男の子がファン友になってくれるっていうから、昼過ぎからずーっと嬉しくてたまんないのよ~~♡♡♡」

 そして、私の知る限り今日の夕紀さんの興奮っぷりは最大級で滅多に見れるものではない。

「昼過ぎからって……もしかして、今日の昼過ぎにまた岩瀬さんと村山さんが珈琲を飲みに来たんですか?」

 昼過ぎに村山さんの推し球団を夕紀さんが知ったという事は、つまりはそういう事なんだろう。

「そうそう。先週は違う曜日に2人で来店されたんだけど、今日来たのよ。取引先の社長さんに新入社員の村山さんの挨拶を済ませておきたかったみたいね。先週はタイミングが合わなかったみたい」
「へぇ……先週も今日も岩瀬さんが村山さんと昼過ぎに来店したのってそういう理由だったんですね」
 
 いつも朝イチで来店される岩瀬さんの、イレギュラーな形での来店だったので、夕紀さんの話に納得したのと同時に……

(これって、この後来る村山さんを閉店時間後でもお店に待たせる話をしたら夕紀さんOKしてくれるんじゃ?)

 という考えが浮かぶ。

「あの、夕紀さん。実は村山さんと明日遊ぶ約束を持ちかけられていて、その返事っていうかりょーくんに了承取るまでの間……お店で村山さんを待たせちゃっても大丈夫ですか?閉店時間後の、ほんの少しの間にはなるんですけど」

 エプロンを締めて仕事モードに頭を切り替えつつ、お客さんがまだ店内に居ない内にサッと夕紀さんにそれを打診したら

「勿論いいわよ♪ っていうか、亮輔くんは本当にジェラ男なのね~。珈琲友達と遊びに行くってだけでいちいち了承取らなきゃいけないなんて」

 と、簡単にOKしてくれただけでなく、「閉店時間直後に私がメール送って遊びの了承を得てから村山さんと遊ぶ」という作業の流れを腐してきた。

「明日の遊びにはりょーくんも一緒に行こうって誘われてるんです」
 
 なので、村山さんが私とりょーくんとの3人で遊びたがっている事を理由に話すと

「ええ~っ!! めちゃくちゃ良い人じゃないの村山さん!!」

 と、夕紀さんはテンションを上げて喜んだ。

「まぁ……良い人、なのかなぁ?」
「悪い人ならそもそも朝香ちゃんが彼氏持ちだろうがどうだろうが無視して強引に遊び誘っちゃうでしょ。普通の人なら彼氏持ちの朝香ちゃんは誘わない。だけど、良い人なら彼氏も一緒に誘って3人で遊ぼうって行動に出るっ!」
「だから……良い人……?」
「そうよ。要は、朝香ちゃんと純粋な意味でお友達になりたいわけよ。勿論、朝香ちゃんの彼氏でもある亮輔くん含めてね。
 恋愛対象と思う事なく、同世代の友達を純粋に作りたいだけなんだと思うの。村山さんは」
「なるほど……やっぱり、そうなんだ……」

 私は男性と幅広く接するタイプではない。だから、村山さんが私を誘う真意が掴めないままでいた。
 ……一応なんとなく「お友達を純粋に作りたいのかな?」とは感じてはいたけど、人生経験豊富な夕紀さんにハッキリそう言われた事でより確定的となる。

(お姉さん的存在の夕紀さんがそう言うんだもん。やっぱり村山さんには不純な気持ちは無いんだろうな……)

「それに! 野球好きに悪い人は居ないって!! 特に私と推し球団が同じ人なら大丈夫っ!!!!」
「夕紀さん、それは極論過ぎます……」

 村山さんが同じ球団を好きって事が判明して夕紀さんは興奮してはいるんだろうけど、さっきの「悪い人・普通の人・良い人」の話には素直に納得出来た。

「よしっ! 私は今から焙煎に専念するけど、村山さんが来店したら私にも声掛けてね♪ 私ももっと村山さんとお話してみたいし♪」
「わかりました!」

 そうして夕紀さんは上機嫌で焙煎室に入っていき、私はお客様の接客に真面目に取り組み始めた。
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