【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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閉店時間前30分

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「うん、今夜聞いてみる。返事は明日でいいかな?」
「いいよ! 明日も19時にここへ来れると思うから」

 村山さんは本当に誠実な人だ。
 私に彼氏がいても過剰なモーションかけてこないし、今だって友達を遊びに誘うノリでダーツに誘ってくれてりょーくんが「行かない」となったらダーツバー行く話は無しって言ってくれた。
 そして何より、村山さんの番号を記載している名刺を私が持ってる前提で話をしない事にも共感が持てる。だって普通、「返事は翌日店で聞くんじゃなくて、直接スマホに連絡してよ」ってなりそうだから。敢えてそういう事をしないのも、村山さんと良い関係を築けている感じがして会話が楽しい。

「今日の試飲なんだけど……思い切ってアフリカ系行っちゃおうかなぁ。ずっと中南米を攻めてきたから」

 村山さんは突然、いつもとは違う地域や特徴の豆を試飲してみたいと言い出した。

「えっ? もしかして今日はタンザニアやケニアにするの?」

 この店で扱うアフリカ地域の豆はエチオピアのモカと、タンザニアのキリマンジャロ。あと、最近はケニアのも仕入れている。
 軽やかな口当たりが好みの村山さんなら真っ先にエチオピアの方を提案した方が良いんだろうとも思ったんだけど、今の村山さんの口ぶりは明らかに「そっちではない」事を示している気がした。

「うん。重厚感あるコーヒーをアサちゃんが俺の為に淹れてくれるってするなら、どう抽出するのかなぁって興味が出てきてさ」
「うーん……」

 やっぱり私の予想は当たっていたみたい。
 村山さんが言っているのはあくまで「重厚感がありコクの強いコーヒーを軽い口当たりに抽出させる」だから、エチオピア等の豆をブレンドするとかそういう話ではなくタンザニアのキリマンジャロやケニアの豆のみを使う……というのがこの場合条件に合っている。

「上司とまたこの店で飲む時にさ、指定しやすいかと思って。その時にアサちゃんが店に居てくれたら良いけどマスター1人だったらさ……そういう事♪」
「なるほど! 岩瀬さんと一緒だったら違う豆頼みにくいもんね」
「ましてここのタンザニア、かなりの良心的価格だから」
「同じ価格にしたいもんね。なるべくなら」
「そう、新入社員だからね」

 村山さんの話を聞いていると凄く気持ちが分かる。
 
(岩瀬さんはそういうの全く気にしないんだろうけど、新入社員の村山さんはコーヒーの価格差を気にしちゃうよね)

 りょーくんは私の珈琲好きを理解してくれるから、時々珈琲豆専門店でコーヒーを注文する時「あまり飲んだ事ない豆があったら注文しようよ」と積極的に声掛けしてくれる。それがちょっとお高めなスペシャリティコーヒーなら尚更「俺もちょっと飲んでみたい」と前のめりになってくれて凄く有難い。
 ……だけど通常、珈琲を趣味としない人とそういうお店に来店したら「お高いものを注文するのは気が引ける」と感じてしまうものだ。たとえそのコーヒー代が奢りでもワリカンでもなくたって。

(1年前、勇輝ゆうきくんとデートした時も……)

 だからこそ村山さんのこの発言に私は共感してしまう。

(岩瀬さんの好みと同じ焙煎豆を使って、抽出だけを変える……かぁ)

 とはいえ、岩瀬さんと村山さんの好みは真逆といっていいくらいに違う。抽出だけでその真逆の性質を作らなければならないというのはかなりの難題だった。

「えっと……確か夕紀さんが、『試験的に取り入れてみよう』って言って取り寄せた新しいドリッパーが棚の上にあったはず」

 私は上を見上げながら、新しいドリッパーの在り処を探してみる。

「あっ、アサちゃん大丈夫?」

 踏み台に上がって、棚の1番上の扉に手を伸ばしてみたんだけど……

(駄目だ! 私じゃチビ過ぎて届かないっ!)

「駄目じゃ、っ!!」

 頑張って手を伸ばしてみたんだけど、無理だと知り踏み台から降りて

「えっ?」
「マスター呼んでくるねっ! 村山さん、ちょっと待ってて」

 私は村山さんにそう言い残し、すぐに焙煎室へと向かった。

「夕紀さんっ! この前仕入れた新しいドリッパー使いたいんですけどっ!」

 焙煎室を開けると、夕紀さんが焙煎後のハンドピック作業をしているのが見えて

「新しいドリッパー?」
「そうです。あれって店の棚の1番上にありましたよね? 確か」

 私がそう訊くと夕紀さんはクスクス笑った。

「ああ、ドリッパー使いたかったけど『』かったのね」
 「そ、そう……くて……へへ♪」

 夕紀さんに笑われて私は照れ笑いをする。

 実は、私と夕紀さんとの間でこのやり取りは昔からよくしていた。
 身長153㎝の私と、165㎝の夕紀さん。
 たった12㎝差であっても、生活しているとその12㎝に悩まされる事がめちゃくちゃ多いんだ。
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