113 / 251
閉店時間前30分
3
しおりを挟む「ふーん……ペーパーだからか飲みやすいですね。でももっと軽やかで爽やかなのも飲んでみたいかなぁ」
「ありがとうございます」
そして、男性の感想が私の狙った通りになっている事が嬉しくなり、心の中でガッツポーズをとる。
夕紀さんが焙煎をするグアテマラコーヒーは、サイフォンやネルドリップで淹れた方がまったりとしたコクが出て個人的にもオススメなんだけど、「岩瀬さんの好みとは違うコーヒー」というオーダーがあったので敢えてペーパーでゆっくり抽出してみたんだ。
「もう一杯別のコーヒーをいただけますか?ホンジュラスとかあります?」
しかもこの男性、なかなかコーヒーに詳しいとみた。
「ホンジュラスはここ数年人気が高まっていますよね。当店ではブラジル、ホンジュラス、コロンビアをブレンドした商品がございます。ホンジュラスの割合は4割です。勿論、シングルオリジンとしてのホンジュラスも提供出来ますが、それは予約制になります」
「ではブレンドを試飲させて下さい」
「かしこまりました」
半年前、珈琲に詳しい長沢さんにほんのちょっと質問されただけでもドキドキ緊張していた私だけど、今は違う。
自信を持って夕紀さんがブレンドした商品を勧めた上で、メニューにないものも予約すれば提供出来る事もしっかりと男性に伝える事が出来た。
「こちらが当店定番商品となっている雨上がりブレンドになります」
「雨上がりブレンド……店名からとっているんですね」
「はい、コーヒーのテクスチャーが春の気候に合っていて私も好きなブレンドです」
「ではいただきます」
岩瀬さんが好む重厚感とは真逆の方向にいるコーヒーになるけれど、ふんわりと甘い香りや軽い飲み口が特徴でこちらもオススメではある。きっと男性の好みに合うんじゃないかと思った。
「うん、いいかも。今度はネルドリップも試してみたいですね」
「えっ?」
男性はブレンドコーヒーを喜んでくれたものの、私の背後を指差してそう言った。
「いけませんか?」
男性はイケメンフェイスで私を見つめてきて
「ダメ……じゃ、ないです」
ドラマの中に引き込まれたかのようなドキドキが私の全身を駆け巡った。
「でも、もうクローズ時間になりましたよね」
男性はチラッと腕時計に目をやり、寂しそうにそう言った。
「そう、ですね……」
途端に私のペースは乱れ、しどろもどろになる。
そんな私の反応に男性はクスッと笑い、カウンター席を降りて会計前までスタスタと靴を鳴らした。
「今日のところはグアテマラと雨上がりブレンドのドリップパックを買います。家で試してみたいんで」
「あっ……ありがとうございますっ!」
私の胸はまだドキドキしたまま、急いでレジに向かい、男性が手にした2種類のドリップパックを手に取って袋詰めした。
「明日、またこの時間に来ても良いですか?今度は店員さんのネルドリップが飲みたいな♪」
会計が済んだ後で男性はまた素敵に微笑む。
「はい、勿論。ネルドリップも美味しいですから、違いを感じていただけたら、嬉しいです」
(なんでだろう……? 今すっごく、ドキドキしてる)
男性が私の背後を指差した時の表情は、大好きなドラマのワンシーンを再現しているかのような気がしてドキッとした。
そして今、そのドキッが異常な高鳴りを見せている。
(あの俳優さんに似てるからといって、私ポーッとし過ぎてないかな?)
自分自身の態度にドギマギしつつも営業スマイルで「明日また来てください」の意味を告げると、男性は鞄から名刺を取り出して私に一枚差し出してきた。
「僕、村山隆盛って言います。名刺の裏に連絡先を予め書いてしまっているものしか持ってなくて申し訳ないんですけど」
「連絡先……?」
男性……村山隆盛さんから渡された名刺を裏返すと、確かに携帯番号が手書きで書かれている。
「実はそれ、間違えて書いてしまったものなんです。この春社会人になったばかりで、名刺には会社のメールアドレスや番号の他に、何かあった時の番号も書かなきゃいけないもんだと早とちりしちゃって上司の岩瀬に今日『危機感がない!』って注意されたんです。ダメみたいですね、個人の番号を書いて名刺配るの。かといって、今この店員さんとのご縁もなくしたくはないし……」
男性は後ろ頭を掻きながら、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
(就活セミナーを全く受けた事がないから名刺の扱いなんて全く分からないんだけど、名刺の裏にいつでも繋がる番号を書いてしまう気持ちも分かるなぁ。
勤務外にトラブルがあってどこかに連絡……ってなった時に便利そうって思っちゃうもん)
赤らめる男性の表情がとても可愛らしかったのと、名刺の裏に連絡先を書いてしまう気持ちがよく理解出来たからそのままその言葉を受け入れニッコリと微笑み返す。
「では、名刺の裏はあまり見ないでおきますね」
私は名刺をエプロンのポケットに入れると、彼はパァッと花が咲いたみたいに明るい笑顔を取り戻した。
「ありがとうございます!あ、でも、キュートな店員さんなら時々は裏の番号も気にしてほしいかな……なんて」
「えっ?」
「あっ、なんでもないです! また明日きますっ!」
私の「えっ」に村山隆盛さんは焦った表情をして、そそくさと店を出て行ってしまった。
「えっ……あっ、お買い上げっありがとうございますっ」
私も慌てて言い返したんだけど、「ありがとうございます」を言う頃には村山隆盛さんの姿は見えなくなっていた。
「イケメンだけど、可愛らしいところもあってとっても素敵な人だったなぁ~……」
明日も来てくれるって村山隆盛さんは言ってくれたけど、社会人…まして新入社員が忙しくてその約束が守られるとは限らないって事は理解している。
(でも……また明日、会えると良いなぁ)
私もまた、このご縁を無くしたくないって強く思っていた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。
真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。
地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。
ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。
イラスト提供 千里さま

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
夜の声
神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。
読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。
小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。
柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。
そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる