【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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閉店時間前30分

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「ふーん……ペーパーだからか飲みやすいですね。でももっと軽やかで爽やかなのも飲んでみたいかなぁ」
「ありがとうございます」

 そして、男性の感想が私の狙った通りになっている事が嬉しくなり、心の中でガッツポーズをとる。

 夕紀さんが焙煎をするグアテマラコーヒーは、サイフォンやネルドリップで淹れた方がまったりとしたコクが出て個人的にもオススメなんだけど、「岩瀬さんの好みとは違うコーヒー」というオーダーがあったので敢えてペーパーでゆっくり抽出してみたんだ。

「もう一杯別のコーヒーをいただけますか?ホンジュラスとかあります?」

 しかもこの男性、なかなかコーヒーに詳しいとみた。

「ホンジュラスはここ数年人気が高まっていますよね。当店ではブラジル、ホンジュラス、コロンビアをブレンドした商品がございます。ホンジュラスの割合は4割です。勿論、シングルオリジンとしてのホンジュラスも提供出来ますが、それは予約制になります」
「ではブレンドを試飲させて下さい」
「かしこまりました」
 
 半年前、珈琲に詳しい長沢さんにほんのちょっと質問されただけでもドキドキ緊張していた私だけど、今は違う。
 自信を持って夕紀さんがブレンドした商品を勧めた上で、メニューにないものも予約すれば提供出来る事もしっかりと男性に伝える事が出来た。


「こちらが当店定番商品となっている雨上がりブレンドになります」
「雨上がりブレンド……店名からとっているんですね」
「はい、コーヒーのテクスチャーが春の気候に合っていて私も好きなブレンドです」
「ではいただきます」

 岩瀬さんが好む重厚感とは真逆の方向にいるコーヒーになるけれど、ふんわりと甘い香りや軽い飲み口が特徴でこちらもオススメではある。きっと男性の好みに合うんじゃないかと思った。

「うん、いいかも。今度はネルドリップも試してみたいですね」
「えっ?」

 男性はブレンドコーヒーを喜んでくれたものの、私の背後を指差してそう言った。

「いけませんか?」

 男性はイケメンフェイスで私を見つめてきて

「ダメ……じゃ、ないです」

 ドラマの中に引き込まれたかのようなドキドキが私の全身を駆け巡った。

「でも、もうクローズ時間になりましたよね」

 男性はチラッと腕時計に目をやり、寂しそうにそう言った。

「そう、ですね……」

 途端に私のペースは乱れ、しどろもどろになる。
 そんな私の反応に男性はクスッと笑い、カウンター席を降りて会計前までスタスタと靴を鳴らした。

「今日のところはグアテマラと雨上がりブレンドのドリップパックを買います。家で試してみたいんで」
「あっ……ありがとうございますっ!」

 私の胸はまだドキドキしたまま、急いでレジに向かい、男性が手にした2種類のドリップパックを手に取って袋詰めした。

「明日、またこの時間に来ても良いですか?今度は店員さんのネルドリップが飲みたいな♪」

 会計が済んだ後で男性はまた素敵に微笑む。
 
「はい、勿論。ネルドリップも美味しいですから、違いを感じていただけたら、嬉しいです」

(なんでだろう……? 今すっごく、ドキドキしてる)

 男性が私の背後を指差した時の表情は、大好きなドラマのワンシーンを再現しているかのような気がしてドキッとした。
 そして今、そのドキッが異常な高鳴りを見せている。

(あの俳優さんに似てるからといって、私ポーッとし過ぎてないかな?)

 自分自身の態度にドギマギしつつも営業スマイルで「明日また来てください」の意味を告げると、男性は鞄から名刺を取り出して私に一枚差し出してきた。

「僕、村山隆盛むらやまりゅうせいって言います。名刺の裏に連絡先をあらかじめ書いてしまっているものしか持ってなくて申し訳ないんですけど」
「連絡先……?」

 男性……村山隆盛さんから渡された名刺を裏返すと、確かに携帯番号が手書きで書かれている。

「実はそれ、間違えて書いてしまったものなんです。この春社会人になったばかりで、名刺には会社のメールアドレスや番号の他に、何かあった時の番号も書かなきゃいけないもんだと早とちりしちゃって上司の岩瀬に今日『危機感がない!』って注意されたんです。ダメみたいですね、個人の番号を書いて名刺配るの。かといって、今この店員さんとのご縁もなくしたくはないし……」

 男性は後ろ頭を掻きながら、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

(就活セミナーを全く受けた事がないから名刺の扱いなんて全く分からないんだけど、名刺の裏にいつでも繋がる番号を書いてしまう気持ちも分かるなぁ。
 勤務外にトラブルがあってどこかに連絡……ってなった時に便利そうって思っちゃうもん)

 赤らめる男性の表情がとても可愛らしかったのと、名刺の裏に連絡先を書いてしまう気持ちがよく理解出来たからそのままその言葉を受け入れニッコリと微笑み返す。

「では、名刺の裏はあまり見ないでおきますね」

 私は名刺をエプロンのポケットに入れると、彼はパァッと花が咲いたみたいに明るい笑顔を取り戻した。

「ありがとうございます!あ、でも、キュートな店員さんなら時々は裏の番号も気にしてほしいかな……なんて」
「えっ?」
「あっ、なんでもないです! また明日きますっ!」

 私の「えっ」に村山隆盛さんは焦った表情をして、そそくさと店を出て行ってしまった。

「えっ……あっ、お買い上げっありがとうございますっ」

 私も慌てて言い返したんだけど、「ありがとうございます」を言う頃には村山隆盛さんの姿は見えなくなっていた。

「イケメンだけど、可愛らしいところもあってとっても素敵な人だったなぁ~……」

 明日も来てくれるって村山隆盛さんは言ってくれたけど、社会人…まして新入社員が忙しくてその約束が守られるとは限らないって事は理解している。

(でも……また明日、会えると良いなぁ)

 私もまた、このご縁を無くしたくないって強く思っていた。






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