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閉店時間前30分
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しおりを挟む4月に入り、私もりょーくんもお互いのことで忙しくなってきた。
りょーくんや真澄達は大学で、私は主に珈琲店勤務。
就活もしない私の授業コマ数は激減して、午前中で授業を終える曜日が週に4回。4年になると週に1回程度しか大学へ通わなくなるというんだから「段々と私は大学から離れていくんだな」というのを実感する。
平日の昼間から夕紀さんと一緒に働くようになったので、私も仕事に一層責任感を持つようになってきた。
時間給のアルバイトという形態は変わらないんだけど、「社員になった気持ちで一層頑張ろう!」という気持ちが起きている。
半年くらい前に午前中の数時間1人で店を任された時はワタワタしていた私だけど、今では夕紀さんにも常連様にも褒められるまでに成長してきたと思っている。
桜が散って少し淋しい春になったなと感じる時季、閉店時間30分前という時間帯に1人の若い男性がコーヒーを飲みに来た。
「いらっしゃいませこんばんは」
夕方から閉店時間まで、マスターの夕紀さんは焙煎に取り掛かって私1人で店内を任されている。
今日も笑顔で入店してきた男性に笑顔で呼び掛けると
「こんばんは」
男性は爽やかな笑顔を振り撒きながら私に優しく返事を返してくれた。
(わあぁ……りょーくんとはちょっと雰囲気の違うイケメンさんだぁ)
男性のやわらかな雰囲気は私の好きな俳優さんによく似ている。
「少し前に、上司とコーヒーを飲みに来まして。とても美味しかったのでまた飲ませて下さい」
男性がカウンター席に近付きながらそう話す唇の動きやヘアスタイル、体型や身長までもが俳優さんソックリで思わず「目の保養♡」って思ってしまった。
夕紀さんが「イケメンは目と心の保養♡」って常々言っている気持ちがとてもよく分かる。
「上司の方と店内でコーヒー……ですか」
「はい、先週の昼間だったんですけど」
男性の「先週の昼間」という言葉で、私はようやくピンと来て……
「そういえば、岩瀬さんと一緒に来店下さいましたね」
いつも朝一番にコーヒーを飲んでくれる岩瀬さんが、昼頃しかも若い男性と一緒に来店してきた日の事を私は男性に向かって口にする。
「そうです。岩瀬が僕の直属の上司なんです。僕の事も覚えてくださったんですね、嬉しいなぁ♪」
「イケメンさんですもん、覚えてますよ~うふふ♪」
男性の嬉しそうな表情に釣られて私も咄嗟にそう返してみたものの、実際あの時主に接客していたのは夕紀さんで、私はちょうどランチ作りに取り掛かっていたからこの人の顔はハッキリ覚えていなかった。
とはいえ、「顔は覚えてませんでした」なんて馬鹿正直に言えないからついそんな言い回しをして笑って誤魔化したのに
「イケメンなんてとんでもない。店員さんもとってもキュートですよ♪」
営業職の岩瀬さん直属とあって男性の方が上手く、私はあっさりと陥落してしまう。
(キュートだなんて、生まれて初めて言われたかも!!!! 言葉選びも素敵な人だなぁ)
「キュート」が嬉しくてニヤけてしまうものの、私はハッとして男性に向き直り
「申し訳ありません。午後2時以降は飲み物の販売をお休みさせていただいていて、豆の販売のみになるんです」
と、申し訳なさそうにこの店のルールを男性に伝えて頭を下げる。
「あ、そうでしたか。存じ上げなくてすみません。でしたら上司と飲んだコーヒーとは違う種類の豆を知りたいのでオススメを教えてくれませんか? そのコーヒーを買って自宅で楽しんでみますから」
この店のルールを決めるのは夕紀さんだ。午後2時以降喫茶メニューをやらないのは、夕紀さん1人でコーヒーや軽食の提供、珈琲豆の焙煎販売を全てやるのに限界がある為だ。
私が一店員として朝から晩まで働けば喫茶の時間帯を延ばす事が出来るんだけど、それは私が大学卒業してからの話になってしまう。
そしてこのルールを知るお客様は意外と少ない。常連様なら店内の掲示物を目にする機会も多いし常連の皆様は知ってくれているんだけど、今日のこの男性のように「夜もコーヒー飲めると思ってた」とガッカリされるケースは多いんだ。
一応、店の良心として1~2杯程度の試飲は許されてるんだけど。
ルールを伝えたら肩を落として店を出るか、お怒りになられて2杯以上試飲しようとしてプチトラブルになるか……パターンは主にその2つ。
それなのに男性は優しい笑みを崩さないまま、「珈琲豆を買って家で飲んでみたい」と言ってくれたのは、とても嬉しかったしありがたかった。
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