【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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【番外編】ファースト・バレンタインデー

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「手作りチョコなら、今まで作った事があるよぉ」
「どーせ、渡す相手はお父さんとかだったんでしょ」

 バレンタインデーの7日前。
 学内で顔を合わせた私と真澄は、そんな会話からスタートさせた。

 真澄が私に見せているのは、真澄の実家近くにある有名ショコラティエのホームページ。
 真澄がそれを向けた途端、りょーくんは空気を読んで藤井くんと先に教室へ向かってくれたから会話までは聞かれていない。

「まぁ……そうだけど」

 正確にはお父さんばかりではなく、修行中の夕紀さんにも渡した事があるし、高校の友達にも配った事がある。

「あのね、相手は親じゃないの。彼氏なの」
「りょーくんは、普段から私の料理やコーヒーを喜んでくれてるよ」
「しかも朝香の彼氏はスイーツ男子じゃないっ! しかも単なる甘いもの好きじゃなくて、首都圏にある有名なスイーツショップを片っ端から試してみたい的なスイーツマニアじゃないっ!! そんな男が付き合って1年も満たない彼女の手作りチョコなんか欲しいって思う??!」
「ぐっ……」

 私の返事を食い気味に、更に言い返してきた真澄の勢いに私は言葉を詰まらせた。

(確かに……りょーくんはスイーツマニアと言っても過言ではないかもしれない)

 りょーくんがスイーツ大好きになったきっかけは中学生の頃。
 家庭教師に来ていた遠野皐月とおのさつきさんが、姉の夕紀さんと離れ離れになった上にお付き合いしていた彼に酷い事をされていて、ストレスでみるみる痩せていく皐月さんを心配した中学生のりょーくんが「少しでも甘くて美味しいものを、食べやすいものを」とスイーツショップの焼き菓子や洋生菓子を買い求めたのがきっかけだった。

 皐月さん亡き後もりょーくんのスイーツ欲は更に高まり、私達のマンション周辺や大学周辺、皐月さんのお墓周辺のスイーツショップは完全網羅してしまっていて、私がふいに「この店のケーキが食べたい」と一言漏らせばオススメケーキや季節のケーキを10個以上リストアップして紹介してくれる程。
 ……そんなりょーくんだから、チョコレートにもやっぱり詳しい。

「ねっ? 市販の板チョコを溶かして素人が作るようなレベルの代物じゃ亮輔くんに歯が立たないって理解出来たでしょ?」
「その……通り、です」

 真澄の意見に私は素直に頷くしかなかった……。




 そんなわけで迎えたバレンタインデー当日。
 実は、真澄はかなり前から藤井くんの分とりょーくんの分、それから真澄が一人で楽しむ分のチョコレートを予約してくれたらしい。

(有名ショコラティエのチョコレートをかなり前から予約してくれた真澄にはめちゃくちゃ感謝するんだけど……こういうチョコって本当にお高いんだなぁ)

 真澄に珈琲店に来てもらいオシャレ包装のチョコレートと代金を交換したら、定時に夕紀さんに見送りしてもらう。

(まぁ、年に一回の大イベントだし、りょーくんの喜ぶ笑顔はプライスレスだもんねっ♪♪♪)

 私はチョコレートを揺らさないよう気をつけながら、りょーくんの待つマンションへと自転車を走らせた。


「りょーくんただいま!!」

 真冬の寒さを全く感じないくらい、息を切らしながら玄関に駆け込むと

「あーちゃんおかえり」

 りょーくんが嬉しそうな笑みを浮かべて迎えてくれて……

「はい、あーちゃん♡ハッピーバレンタイン!!」
「えっ??!」

 私のとは違う包みの箱を手渡してきたから私は両目を見開かせる。

(この包みって、もしかして……)

 私が今からりょーくんに手渡そうとしているものとほぼ一緒なんじゃないかって予想し、その事にただただビックリしていて

「あーちゃんや夕紀さんの仕事ってさ、クリスマスやバレンタインといったスイーツが関わるイベント時期は忙しくなるでしょ?
 『逆チョコ』って昔流行ったし、俺にとっては誰かからバレンタインに何かしたりされたりっていう経験も今回が初めてだったから……だから、人生初のバレンタインのイベントは俺からあーちゃんに何かしてあげたかったんだ」

 一瞬「私は真澄にチョコの予約を丸投げした形にしてしまって恥ずかしい」って思っちゃったんだけど、りょーくんが照れ臭そうにしながら言葉を紡ぐやわらかな雰囲気に、一気に引き込まれてしまった。
 

「実はね、私もりょーくんにチョコレート渡そうと思ってたの。りょーくんがずっと気になってたショコラティエのお店のチョコレートで」
 
 私もそう言いながらりょーくんにチョコレートの包みを手渡すと

「えっ?矢野があーちゃんに見せていたホームページのアレって、まさかこういう事?」

 りょーくんは「予想外」とでも言いたげな雰囲気で私よりも目を大きく見開かせていた。

「うん♪ 多分真澄も藤井くんに同じものを渡してるかもなんだけど……」
「いや、俺も矢野がスマホ画面向けた時は『藤井に渡す為の店を決めた』的な意味合いだと思ってたんだ。
 でもまさか俺へのチョコレートもって意味とまでは予想してなかった……」

 りょーくんの目の表情は「予想外!」「ビックリ!」なんだけど、やっぱり気になっていた店のチョコレートともあって口元はニヤけててすっごく嬉しそうだった。

「夕食食べたらチョコレート一緒に食べよう♡ スペシャルなコーヒーも淹れてあげるから♡」

 りょーくんからチョコを貰うなんて、思いもよらないファーストバレンタインデーになったんだけど……

「あーちゃんの美味しいコーヒーも楽しみ♡」

 もっと楽しくなるのは、きっと今から……♡♡♡




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