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【番外編】俺のケジメとお姉さんのプライド(亮輔side)
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しおりを挟む「それにしてもビックリした。前に店に来てくれた時と全然見た目違うんだもの!」
気持ちを落ち着かせたお姉さんは、一呼吸おいて俺の見た目を指摘し始める。
「前の時はその……この店のマスターがお姉さんって気が付かなかったのと、そもそも自分自身にコンプレックスがあったから……。
今日お姉さんにきちんと謝りたくて、服装にも気を付けてみました。髪色を変えたのはどちらかというと朝香さんの為ですけど」
「金髪も黒髪も、どちらも似合っていると思うよ。今日は時間的にお客さんはもうほとんど来ないだろうから、ゆっくりしていってよ。時間の都合上何も出せないけどさ」
言われてみれば、俺が店内に入ってから人の出入りが少なく、テーブル席はずっとガラガラだ。店内を見渡してみると「14時以降は焙煎豆販売のみとなります」の文字が目に入った。
恐らく、普段はお姉さん一人で店の切り盛りをするからランチタイム以後の飲食はしていないのだろう。珈琲の焙煎もやらなければならないしそれは当然だと感じた。
「いえ、本当にお構いなく」
(注文したグアテマラアンティグアを受け取ったら、すぐに帰らなくちゃ……)
「客が『お構いなく』って変だよ」
でもそんな俺の言葉にお姉さんがクスクス笑ってて……
「そうですよね」
つられて俺も笑ってしまった。
「しかもさっきのアレ、なんだったのよ?あからさま過ぎて今思い出したら笑っちゃうよ。あはは……。
ふふふ……クレーマーなんてさ、しょっちゅう対応しているから、別に困ってた訳でもなかったのにさ……ふふふっ」
お姉さんが急に思い出し笑いをし始めた。
「さっきのアレ」とはあのオバサンに対する俺の出しゃばった対応のことだろう。
「あれは!! えっと……朝香さんには言わないで下さい」
「あはは……うん……絶対に言わないよあんなこと……ふふふ」
笑い上戸なのか笑い続けるお姉さんに体中が熱くなり恥ずかしくなって
「絶対に言わないでくださいね!! お願いですから!!」
俺はカウンターに手をついて身を乗り出し強くお願いしてしまった。
「今日はありがとうね。朝香ちゃんが居ない日を狙ってわざわざ来てくれたんだよね」
笑い涙を拭って、お姉さんが真顔になる。
「はい。彼女は『一緒に会いに行く』って言ってくれたんですけど……これは俺のケジメだから」
「亮輔くんの顔を見ることが出来て本当に良かったよ。毎月皐月にお花もありがとうね。皐月の好きな花をいつも供えてくれたんでしょう?」
それから、先生のお墓参りに行っている件もお姉さんから感謝された。
「俺が勝手に先生を……遠野皐月さんを白くて大きなカサブランカみたいな人だってイメージつけていたので……つい」
俺がそう言うと、お姉さんは目を閉じて
「小さい頃は、ちっちゃな雑草みたいな花が好きだったのあの子。でもそうよね、私にとっては妹だけれど亮輔くんにとってはそういうイメージに映るのよね」
と、しみじみ言う。
「皐月さんは……本当にお花が大好きな人でしたね」
「そうね。だから、亮輔くんが毎月白い花を供えてくれて本当に嬉しかったし、今でも感謝してるの。
今でも皐月を思い出してくれていてありがとう。あの子が生きていた事を思い出せるのは、私や朝香ちゃん達ご家族の他に……もう、亮輔くんしか居ないから」
「お姉さん……」
「朝香ちゃんからお彼岸の時に聞いたよ。君が本当に私に伝えたかった事をその時に受け取った。それもありがとう。
でも私ね、皐月が一緒に居たかったのは……本当は私とじゃなくって……」
「えっ?」
「…………ごめん。今こんなこと話してはいけないね。君は今、まっすぐ前に進んでいて朝香ちゃんという彼女がいるんだから」
お姉さんの言葉にぎゅうっと胸が締め付けられた。
俺は先生の口から直接「亮輔くんの事は好きだけどごめんなさい」と、恋愛感情については断られていた。
それから、先生が誰よりも何よりも大事で大切にしているのは「家族」であり唯一血の繋がったお姉さんなんだという事も理解している。
だからこそ彼岸参りの日、あーちゃんにそれを伝えて欲しいとお願いしたんだけど、お姉さんにはお姉さんなりの解釈があり、「先生からお姉さんだけに何かしら伝えられているものがあるんだろうか?」とこの時思った。
「朝香ちゃんも、私にとっては妹みたいなものなんだよ。皐月の分まであの子を愛してあげてね」
「おねえさ……」
泣くつもりはなかったのに、自然と涙がこぼれる。
(先生がお姉さんだけに伝えた言葉……それはもしかしたら……!!)
だけど、俺は今前を向いている。
俺は今、先生よりも大好きな人がいる。
「朝香ちゃんも私にとっては妹」の言葉で尚更期待してしまうけれど、それは今の俺には過去の恋愛として割り切らなければならなかった。
「ほら涙拭いて! それに私は君のお姉さんじゃないから。次からは『夕紀』って呼びなよ!!」
夕紀さんはエプロンからハンカチを取り出して俺の前に差し出してくれた。
「……はい」
「グアテマラアンティグアの袋詰めはもうとっくに出来てるから、会計しておこうね。これ以上亮輔くんに居られたら、少しずつやろうと思っていた閉店作業が進まないしっ!」
「……はい、ハンカチありがとうございました。お邪魔してすみません」
ハンカチは使わず、サッと手で拭うと席を立って会計を済ませた。
「朝香ちゃんに淹れて貰ってね」
「はい!2人でお姉さんのコーヒー楽しみます」
「うん、じゃあ……良かったらまたコーヒー飲みに来てね。亮輔くんならいつでも何時でも飲ませてあげるから」
「ありがとうございます。では、失礼します」
遠野夕紀さんに……それから初恋の遠野皐月さんにちゃんとしたケジメをつける事が出来たのかは分からない。
けれども、遠野夕紀さんが持っているものを全て投げうって手に入れたという珈琲はそんな未熟な俺の体に深く沁み入って男としてのレベルをほんの少し上げてくれたような気がした。
「今日が俺にとっての成人式にしたいって気持ちでいっぱいだ……」
『After The Rain』を出ると外の景色は真っ暗で、俺の呟きは白い吐息に包まれて濃紺の空に吸い込まれていく。
「あーちゃんが帰ってきたらこのグアテマラアンティグアを淹れてもらおう。それまでに美味しいミルクチョコレートを買っておかなくちゃ!」
目線を正面に向けた俺の胃はとても快活で、行きと同じ道を歩いているとは思えない程だった。
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