【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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【番外編】俺のケジメとお姉さんのプライド(亮輔side)

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「もうっ……無茶な事しないで下さいね、笠原亮輔かさはらりょうすけさん」

 オバサンが居なくなり、店内に2人きりとなったところで遠野夕紀さんが俺を見ながら口を開く。

「!!」

 5ヶ月前に買いに来た時とは髪型も服装も違うけれど、既に俺の正体が誰なのかバレてしまったようだった。

「なんでヘアスタイルが変わってピアスも全部取っちゃってるのか分からないけど、貴方うちの弟子の彼氏さんでしょ?さっきは変に気を遣ってしまって申し訳ありませんね。別にあの程度のお客さん、あしらおうと思えば出来たんだけど……」
「あっ……でしゃばってキモい事して、すみません」


 遠野夕紀さんからの質問に答えるよりも先に謝った俺に対し

「ううん、『嬉しかった』」
 
 と、「嬉しかった」をワザと強調させながら微笑んでくれる。
 その微笑みが照れ臭く感じて、試飲用のグアテマラアンティグアを俺はぐーっと全部飲み切って空のカップをソーサーに置いた。

「ごちそうさまでした」
「良かったらもう一杯飲んで行かない?ブルボンアマレロ、淹れてあげるから」

 俺がカウンター席を降りようとしたら追加のコーヒーをいきなり誘われる。

「えっ?ブルボンアマレロって、黄色い実の?」
「そうよ、この頃朝香ちゃんがマンションで焙煎してる豆。ちょうど美味しいチョコレートがあるからそれと一緒に出してあげる」
「……いいんですか?」

 戸惑う俺に遠野夕紀さんはニコッと微笑み「まだ座ってて」と俺に優しく言い作業を始める。


 その間、お客様が焙煎豆を求めにちらほら現れたのでこっちにコーヒーがやってきたのはそれからしばらく経った後だったんだけれど、試飲用の小さめコーヒーカップでサーブされるのかと思っていたらきちんとコーヒーカップ一杯分のブルボンアマレロが俺の前に出されて少し驚く。
 あーちゃんのブルボンアマレロとは違いコーヒーにはミルクは添えられておらず、代わりにチョレートが添えられていた。

「あの……朝香さんと出し方が違うんですね」

 ソーサーに置かれた小さなチョレートを指差して遠野夕紀さんの方を見ると

「私が好きな飲み方なの。チョコレートを少しかじってから飲んでみて」

 彼女はそう笑顔で言う。

「いただきます……」

 遠野夕紀さんの淹れたコーヒーはあーちゃんが淹れたコーヒーより香りが強く、齧ったチョコレートとよく溶け合ってとても深い味がした。

「どう?ミルク入りとはまた違った味わいになるでしょ?」
「本当だ全然違う……」

 失礼かもしれないけれど、彼女の言葉に釣られて正直な感想がつい口から出てしまった。

「珈琲の楽しみ方は人それぞれだからね。しかも手煎り焙煎歴2年の素人と違って当たり前だよ。
 それとも将来を約束した可愛い彼女のコーヒーの方が美味しかった?」

 遠野夕紀さんの言葉に俺は顔を俯かせ

「彼女のより美味しいです。やっぱりマスターの珈琲はプロなんだなって思います」

と素直に答えた。

「そう? それはそれで嬉しいかな……私にとっては手に入れたたった一つの技術だから」

 遠野夕紀さんは俺の素直な感想に照れ笑いしてくれる。

 ……けれど俺は理解していた。遠野夕紀さんがワザと俺に照れ笑いを見せ空気を和ませてくれている事を。




「遠野夕紀さん、今まで本当に申し訳ありませんでした」

 ブルボンアマレロのコーヒーを飲み終えて、一息ついてから遠野夕紀さんの目を見て謝り、ゆっくりと頭を下げた。

「謝るのはこちらの方です。今まで貴方を苦しませてしまい大変申し訳ありません」

 頭を下げた少し上から、遠野夕紀さんの声が響く。

「いえっ! こちらこそ遠野夕紀さんの人生を狂わせてしまい本当に申し訳ありませんでした!」

 彼女に言い返しながら顔を上げると、彼女も俺の前で深々と頭を下げていた。

「謝るのは……私の方だから……」

 頭を下げる彼女の体と声が微弱に震えている。

「そんなお姉さん……俺が悪いんです。俺が先生とお姉さんの幸せを壊してしまったから……」

 俺は思わず「お姉さん」と震える彼女に言ってしまった。

「お姉さんが投げなくてもいいものまで……俺が……強制的に……」

 同時に過去の自分への後悔が次々と襲う。

「いいえ、事情を把握出来てないのに貴方ばかりを責めてしまった私が悪いんです。
 本当はもっと早くにこちらから貴方に会いに行かなければならなかったのにその一歩が踏み出せなかった私を許して下さい。私の変なプライドの所為で貴方を長い間苦しませて……朝香ちゃんとお付き合いして同棲を始めたって聞いていても、私から会いに行く勇気が持てなくて……本当に、本当にごめんなさい」

 けれども、俺以上に遠野夕紀さんだって過去への後悔がある。先生を…皐月さんを失って本当に辛いのは俺じゃなくて遠野夕紀さんなのだから。

「お姉さん、頭をあげて下さい」

 彼女の悲痛な声に、俺はもう泣きそうになっていた。


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