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【番外編】俺のケジメとお姉さんのプライド(亮輔side)
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しおりを挟む「ちょっとお客様……」
マスターである遠野夕紀さんは急に現れた俺の姿に慌ててる様子だった。
「あっ、先に俺の注文しても良いですか?」
俺は笑顔を作ってクレーマーオバサンと遠野夕紀さんに明るいトーンでそう言う。
「「えっ?!」」
「俺、マスターが焙煎するグアテマラ……アンティグアが大好きなんでそれを今日は買いに来たんです。マスター、豆で200g頂けますか?」
(良かった! ギリギリのタイミングで銘柄を思い出せたっ!!)
数日振りに心の中でガッツポーズを取った俺は更に一歩前へ出て強引に注文を入れ、女性方2人を狼狽えさせた。
「えっ……では、お先にお買い求め下さるお客様がいらっしゃいましたのでこちらを優先させていただきますね」
マスターはオバサンに一言伝えると、俺が注文したグアテマラアンティグアの袋詰め作業を始めた。
「なんなのよいきなり横から入ってきてっ」
「マスターのグアテマラアンティグア、すっごく美味しいんですよ。試飲ではもう召し上がられましたか?」
クレーマーオバサンは俺に何か言いたかったらしいが、言葉を遮り爽やか青年さながらの微笑みを作って言い返した。
「ぐっ、グアテ……?」
オバサンの顔に爽やかイケメン風の作り笑顔を近付けてみせたが、オバサンの口からスルッと「グアテマラアンティグア」が出てこなかった事でピンとくる。
(やっぱり。このオバサン、珈琲にこだわってる訳じゃなく「タダ飲み出来る」と思ってイチャモンつけてるだけだな……)
あーちゃんから、「グアテマラのアンティグア地方で取れる珈琲豆は珍しいものではなく味や香りのバランスの取れた良い豆として名の知れたものだ」という知識を俺は得ている。
だから「珈琲にうるさい」と豪語したこのオバサンがグアテマラの国名すら口に出来ないというのはかなり矛盾していると俺は判断した。
「珈琲がお好きな貴女にも飲んで欲しいなぁ、グアテマラアンティグア。味も香りも良くて、ネルドリップで淹れると特に美味しいんですよ」
「ね、ネル……?」
「はい。珈琲がお好きな貴女でしたら当然ご存知ですよね?ネル。それともペーパー派ですか?ここのお店のペーパーは市販品よりも優れてますから確かにそちらで淹れるのも美味しいですけど」
マスターが黙っているのをいい事に、俺はオバサンに笑顔で詰め寄り自分の知り得る知識をペラペラ喋り、オバサンの表情を歪ませる。
「さっきからなんなのよペラペラとっ!」
「俺は貴女とこの店の珈琲の良さを共有したいだけです。ほら、良いコーヒーはリラックス効果を生みますから、きっと貴女のイライラも改善されますよ」
自分でも思う。いきなりこんな事をペラペラ喋り出す身長180センチオーバーの男はキモいと。
だからオバサンには早く俺を気持ち悪がって店の外に出ていってもらえばと、そんな魂胆が俺にはあったのだが……。
「よろしかったら御二方共、カウンター席にどうぞ。
今からこちらの男性のお客様がお求め下さいましたグアテマラアンティグアをネルドリップで淹れてお出し致しますので」
マスターは突然そう俺とオバサンに提案し、コーヒーを淹れる準備を始めてしまった。
「……」
「……」
仕方なしに俺はオバサンと顔を見合わせ、カウンター席に並んで腰掛ける。
しっとりと流れるジャスの曲調を感じながら、カウンター越しから眺める遠野夕紀さんの所作はどれも美しい。
あーちゃんも丁寧だと感じていたけれど遠野夕紀さんの方がそれ以上に指先が綺麗で、愛情を持って珈琲に接しているのを感じ取る。
「試飲用ですので量は少なめで失礼しますね」
出来上がった珈琲はすぐにオバサンの方からサーブされ、俺の前に運んでくる際遠野夕紀さんはそう付け加える。
「……」
俺は運ばれてきた、いつもより小さめのコーヒーカップに鼻を近付け香りを楽しんでから一口飲んでみた。
「「美味しい」」
つい、オバサンと感想の言葉がユニゾンする。
「確かにこの珈琲良いわね。なんでこれを先に試飲しなかったのかしら……」
オバサンの方が特にこの味や香りに驚いたようで、マスターの方へ向き直りながらそんな事を言い出した。
「他のお客様がいらっしゃる中で申し上げにくいのですが……当店の価格の高い銘柄から順にご所望されたものですからお客様のお好みが掴みにくかったんです」
それに対してマスターは俺をチラッと見ながらも申し訳なさそうに言い返し、オバサンは「ぐっ」と言葉に詰まった様子だった。
「高価な銘柄が1番美味しいとは……限らないのねぇ」
「価格の高さは希少品種であったり入荷量が少なかったりと理由は様々です。また、世界的な賞を受賞された農園のものは価格が急上昇する事もあります。
一般的に高価な銘柄は美味しいですし、私もお客様の為に誠心誠意焙煎させていただくのですが、やはり好みに合った味や香りや飲み方を選択しながら楽しむ方が良いものなんですよ」
マスターの美しく上品な声と、グアテマラアンティグアの豊かな香り。
それによって、クレーマーオバサンの険しい表情が段々と淑女の落ち着いた表情へと変化していく。
「買うわ、この豆。ペーパードリップ用に挽いてもらえる?」
「ありがとうございます。かしこまりました」
クレーマーオバサンもとい、食料品の買い物袋を手に持った主婦はカウンター席を降り、グアテマラアンティグアを電動ミルで挽いて貰い早々に会計を済ませる。
それから店の外へと出る直前、主婦は俺の方を振り向いて「ありがとう」と一言言い、去って行ってしまった。
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