【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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【番外編】俺のケジメとお姉さんのプライド(亮輔side)

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 店長のコンビニがこの年末をもって営業を終える。
 それに伴い俺はバイトをもうすぐ辞める事になっていて、今はそのシフト調整中。平日21時15分以降もあーちゃんと一緒に過ごせる日も少しずつ増えてきた。


 「前撮り写真?」

 今日のバイトは夕方の3時間勤務で済み、あーちゃんと一緒に夕食の鶏もも肉レモンバターソテーなるものを食べながら、彼女が今週末急遽実家へ帰る話を聞かされた。

「成人式のね。私着物苦手だから当日はスーツでもいいかなーなんて思っていたんだけど、お母さんと夕紀ゆうきさんが『成人式の振袖は着ないと絶対後悔するよ』ってうるさくて」
「夕紀さ……じゃなかった、お姉さんにも説得されたのか。それじゃあ仕方ないよ」

 彼女の師匠である遠野夕紀とおのゆうきさんは苦労人で、20歳当時は夕紀さんの妹である遠野皐月とおのさつきさんとの生活の為に朝も夜も掛け持ちしながら働いていたそうだ。なので成人式の祝いに行く余裕は全くなかったらしい。
 皐月さんが20歳の時の夕紀さんはちょうど彼女のご実家で珈琲の修行に邁進しており、実の妹の振袖代を仕送りしただけでその姿を見る事も出来なかったと聞く。

(先生はきっとお金だけ受け取って振袖は着なかったんじゃないかな……俺もそういう話題を先生から聞かなかったし)

 俺は唯一遠野皐月さんが20歳の頃を人物ではあるけれど、夕紀さんの願いは恐らく叶えられなかったんじゃないかと予想していた……何故なら当時の皐月さんはDV彼氏の支配下にあったのだから。

 遠野夕紀さんは振袖姿になった事もなければ、実の妹の振袖姿を目にしていない。となると「妹のように思っている弟子」のあーちゃんに成人式の期待を寄せてしまう気持ちはこんな俺でも痛い程理解出来た。

「お母さんは『成人式に振袖着たからこその意見』で夕紀さんは『そもそも成人式行く暇なかったからこその意見』。ダブルで説得されたら写真撮らないわけにいかないもん。前撮り写真も本当はもうちょっと早くにしてた方が良かったらしいんだけどギリギリ土日に帰って来いって言われちゃったぁ」

 あーちゃんとしては、この時期に広島へ帰省するのは想定外だったらしい。なんだか乗り気ではなさそうだ。
 その理由の一つに「俺と土日を過ごせなくなるから」が含まれているとちょっと嬉しいかな~……と、彼女の薬指に嵌められているピンクゴールドの指輪の輝きをチラ見しながら思う。

「まぁ急で正直寂しいけど良いんじゃない? あーちゃんのご両親もさ、夏に会えなかった分寂しい思いしてただろうし、振袖姿のあーちゃん可愛いと思うよ!」
「そうかなぁ……」

 あーちゃんは俺の「可愛いと思う」に照れてて、それがめちゃくちゃ可愛い。

「写真出来たら俺にも絶対に見せてね! 成人式当日も実家帰るんだよね?」
「そうだねーこっちでするわけにはいかないなぁ……りょーくんのカッコいいスーツ姿も見たいけど」

(うっ……)

 可愛い顔でドキッとすることをさらりと言うんだからあーちゃんは罪作りだ。

「男のスーツなんて大したことないって! そもそも俺は成人式に興味ないし中学の同級生と同窓会するっていったってこの前井上に会ったし、行くつもりないよ」

 実は俺も成人式は「行かない」とかなり前から決めていた。
 俺の両親は俺が成人してるかどうかなんてきっと興味がないだろうし、俺もわざわざスーツを着込んで実家に帰ろうなどという考えはない。
 従兄いとこの店長は俺のスーツ姿を軽く夢見ていたらしいのだが、俺の「行かない」を尊重してくれている。

「えっ……」
「だから余計にあーちゃんの振袖写真に興味ある! 写真撮影も当日も頑張って!」

 遠野夕紀さん遠野皐月さんが成人式へ行かなかった理由と俺の理由は意味合いが全く異なる。
 あーちゃんは不穏な表情を俺に向けてきたけれど、俺は彼女が哀しみの想いを抱かないようなるべく明るい口調でそう元気付けてあげた。

「ありがとうりょーくん。頑張る」
「うん♪ 帰省そのものも楽しんでおいで♪」

 俺としても着物姿のあーちゃんを直接見られないのは単純に悔しいけど、前撮り写真を見せてもらうだけでも今から充分楽しみだ。

「……でね、急なんだけど金曜の授業が終わってすぐに新幹線乗るんだ。じゃないと実家に帰れなくて」
「金曜の授業後?! じゃあ金曜からはメシ1人で食うのか……」

 この話の流れでそれなりに予想はしていたけど、改めて彼女の口から耳にすると寂しい。

「うん、ゴメンね。その代わりお土産買ってくるからね!」
「お土産楽しみにしてるよ」

(土産なんかより正直あーちゃんの笑顔を見ながらご飯を食べる方が嬉しいのに……まぁ、仕方ないよな)

「あとね、写真は土曜に撮って日曜は高校の同級生と買い物するの。それもちょっと楽しみなんだ」
「買い物かぁ、服買うの?」

 先月末にあーちゃんを変身させて以来、服装にも興味が出てきたらしい。素朴で飾らないあーちゃんもいいけどあの変身あーちゃんをもっともっと見てみたい気もする。
 
「うん! ちょうどお店の常連さんからコートとかマフラーとかオシャレなものいただいたから、安くてもそれに合うもの買いたいなって思ってるんだ。りょーくんのバイクの後ろに乗っけてもらう事も少なくなっていくし、可愛いスカートとか沢山」

 顔を赤らめながら俺にそう言うあーちゃんを見ていると、なんだか体がウズウズしてくる。

「いい服いっぱい見つかるといいね」

 ウズウズを我慢しながら彼女にはそう言ってあげたんだけど

「うんっ! えっと……こっ、コーヒー淹れてくるねっ!!」

 俺のウズウズが伝播してしまったのか、あーちゃんは耳まで赤くしながら食べ終わった食器を片付けてシンクに運び出した。

(これはコーヒータイムの後……イケそうだな♡)

 彼女赤らめた感じからして「数日後には広島へ出掛けてしまいしばらく濃厚なイチャイチャが出来なくなる」を悟ったに違いない。
 最近の俺の希望でコーヒーはソファに並んで座って飲むことに決めているから、俺の「イケそう」は高確率で成功しそうな予感がしていて、ウズウズを我慢していた俺は心の中で「よっしゃ!!」とガッツポーズを取る。

「洗い物は俺がするから、あーちゃんはコーヒー早めによろしくね♪」

 そして俺もキッチンに入り彼女にアイコンタクトを取ったら

「うっ……うんうんうん!!!!」

 と、顔を更に赤くしながら何度もコクコク頷く反応を彼女はした。

(鼻血が出そうなくらい可愛いぞ、俺の彼女♡)

 あーちゃんが珈琲豆をゴリゴリ挽いたりお湯を沸かしている間、俺は素早く食器洗いを済ませた後にソファに移動して、大人しく待っているフリをしながら脳内ではこれからエッチな行為をする計画で埋め尽くされる。
 同棲して間もない彼氏のサガってヤツなのかもしれないけれど、多分この感じはどれだけ時が過ぎても辞められそうにない……それだけ俺が変態ってことなんだろうな。

(今日はこのソファでどんなエロい事をしようか……。
 そうだなぁやっぱり、解禁になったばかりのお尻をとにかくナデナデしてでようかなぁ)
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