【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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【番外編】可愛い友人(智樹side)

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「これを顔全体にかけると少し楽になるよ? 特に眼の疲れとか」

 俺の渡したタオルをパサっと顔に掛け、冷たくなるまでジッとしてからタオルを外し、俺に「さんきゅ」とだけ言ってガックリ肩を落としている。

「なんだよ。マジで何かあったんじゃないの?俺でよかったら聞くよ?」

 笠原の肩に軽くポンと手を乗せて宥める俺。

「誰にも言うなよ?」
「大丈夫だって! 俺と笠原の仲じゃん!」
「んー……」
「言ってみたらスッキリするかもよ?」
「どこから話したらいいのか分からないけど……」
「うん。どうしたよ?」
「俺さ……… あーちゃんに嫌われたっぽい」


「は?」

 笠原の発言に色んな意味で衝撃を受ける。

(まず、あーちゃんって誰?)

 これは笠原のヘアスタイルが変わったのと同じくらいの衝撃度だった。

「あーちゃんって……まさかむらかーさんのことじゃないよね?」

 そもそも笠原はむらかーさんのこと「村川さん」といつもさん付けで呼んでいる。
 かといって笠原は浮気とかするようなヤツじゃない(と思う)から、ちゃん付けする女の子の知り合いとかが他にいるとは考えにくい。
 頭で色んなことを考えつつ笠原の返答を待つ。


「そうだけど?」

 しばらくの間があった後でそういう返事が来て思わず「えーーーーーーーーー!!!!!」ってデカい声が出てしまうかと思った。

(この「えーーーーーーーーー!!!!!」を耐えた俺は偉いよね? 絶対に偉いよね空気読めてるよね?)

「むらかーさんに嫌われたっぽいって、どういうこと? いつも仲良くバイク通学してたり、こうして同棲始めたんだから嫌ってるはずないって」

 俺の言葉に笠原の目からはまた涙がにじむ。

(さっきから思ってたけど笠原って声や鼻を啜らずに静かに泣くんだな。正直顔覗き込まなかったら気がつかなかったかも)

「水曜日の朝にさぁ、あーちゃんが時間になってもまだ寝てたから、起こそうとしたら拒否られた」
「え? 拒否? まさか朝から襲ったとかそんなんじゃないんでしょ?」

(まさかねークールな雰囲気の笠原が朝っぱらからそんなやらしいことはしないよねー)

「………あわよくばキスしたり胸揉むつもりだったけど」
「あはは、そんなの彼氏ならフツーのことじゃん!」

(うーわー!! ますみんが初彼女の俺にとってはレベルたけー!!!!!!!
 いいなー笠原とむらかーさんは毎朝フツーにそんなことしてるんだぁ)

 一応笠原には平常心なセリフで返事をするものの、脳内は大絶叫しちゃってめちゃくちゃパニクらせている。

「その時はごく普通に起こすつもりだったし。今まではあーちゃんが先に起きてたから、キスとか揉むとかはその時咄嗟に思っただけ」
「じゃ、問題はないよね?  むらかーさんを、ごくフツーに起こしたんだもんね」

(なんだ本当に普通に起こす気だったってことね。マジでビビらせんなよ……)

 
「俺が起こそうと手を伸ばしてあーちゃんに触れようとしたら、こうやって後ずさりされて」

 笠原は腕を体の前でクロスさせて後ろに大きく下がるような仕草をしながら説明する。

「あーちゃんが『来ないで!!』って叫んで、『私に触らないで!!』って大声上げて拒絶された」

 そしてまた笠原が涙と鼻水を静かに流す。
 冷たく濡れたタオルをまた笠原に渡し、「拭きなよ」と言うと子どもが顔を拭くみたいにぐしぐしと二回大雑把に拭い取っている。

「えっと……喧嘩したとかじゃなくて、急な拒絶なんだよね?」

 俺の問いかけに笠原は一度だけ頷いた。

(水曜日……そういえばあの日、むらかーさんだけ1人で先に大学来たんだよな。確かにあの日は2人共様子がおかしかったし、その日以来ずっと素っ気なくしてんなーとは思っていたけど)

「あーちゃん……きっと俺の事が嫌いになったんだ。それからほとんど会話してないし」
「むらかーさんの機嫌が悪かったんじゃない?」
「そんなこと一度もなかった!!  きっと他にタイプの男が出来たのかも!!」
「なんでいきなりそんな発想に至るんだよ笠原は」

(なんだ? 俺の前でグスグス泣いてるネガティブ妄想男は一体誰なんだ?!)

 入学してから1年半、大学でいつも笠原とつるんできたけどこんなキャラでは決してなかった。
 詳細は教えてくれなかったけど、ますみんがここに泊まった翌日「亮輔くん今はとても幸せそう」とか「少しずつ素の部分を周囲に出そうと頑張ってる」とか言ってたけど、もしかしてこれが笠原の「素の部分」ってヤツなのか?!

(うわあ……ギャップの激しさに俺鼻血が出そう……ヘアスタイル変わったから更に頭が混乱してるしやべえ……)
 
 黒髪になったとはいえ背がデカくて両耳にピアスガッツリな男がメソメソするのって他の男だったら引くけど、笠原だからこそ許される的なものがあるかもしれない。

(ちょっとだけ頼られてる感じがしてなんかいいかも……)

「とりあえず何か食べよう! サンドイッチが嫌なら冷蔵庫にいつも食べてるようなもの出してやるよ!」

 気分転換にいいかと思って笠原に呼び掛けたら

「いつもコーヒー飲む時に食べるチョコが冷蔵庫に入ってる」

 と言ってくれた。

「チョコね。らじゃ」

 ソファから離れて冷蔵庫を開けさせてもらう。

 (普段はむらかーさんがこの冷蔵庫使ってて主導権握ってるんだろうな……)

 実家のごちゃごちゃした冷蔵庫とは違い、この冷蔵庫は500Lくらいありそうな広さでよく整頓されている。
 しかもそれは普段からちゃんと料理して使ってる人のそれだ。SNS映えする収納術とは違う、なんとなく使い方にやわらかさがあって「むらかーさんの城の中」って感じがする。

 チルド室の引き出しを開けると、チョコレートの袋が見つかったのでそれを袋ごと持ち出して笠原に渡すと黙ってビリビリ開けてバクバク食べ始めた。

(このチョコレート知ってる……中に濃厚なキャラメルソースが入ってて結構甘いんだよなぁ)

 笠原がつまんでいる包装に俺は見覚えがあった。
 スイーツ大好きな従姉《いとこ》の悠月ゆづきちゃんがこれの業務用サイズを俺の家族とシェアしたくて持ってきたことがあるんだけど、甘すぎて家族や親族の口に合わなくて結局捨てた商品だったから。

(それを笠原は躊躇ためらいもせずバクバク…………ああ、もう5個目っすか)

 袋に入ってた7個全部食べて笠原に軽くドン引きしていた俺だったが、そんな笠原がフーッと長い溜息をつき始めたから

「落ち着いた?コーヒーは淹れられないけど紅茶飲む?」

 ふと紅茶のティーバッグがチルド室の中にあったのを思い出す。

「藤井の淹れた紅茶は不味そうでやだ。牛乳でいい」

 今のは内心傷ついたけど、声はだいぶ落ち着いたみたいでホッとする。

「まっ、珈琲店勤務の彼女の美味しい飲み物飲んでたらそうなるよね。牛乳持ってくるわー」

 そして笠原の愛の深さ(執着さ?)に感心した。

(むらかーさんに嫌われたかもでグズグズ泣くくらいだから大好きなのは確かなんだよなぁ……普段から滅多に喧嘩しないからこそ、こーゆー時の凹みっぷりが半端ないんだろうな)

 付き合い始めは「なんで笠原がむらかーさんみたいな女の子と」って失礼な考え方をしてしまったけれど、それだけゾッコンになる気持ちも今では分からないでもない。

(むらかーさんとは絶対に別れたくないんだろうなぁ。去年絵梨さんと別れたがってた態度とは真逆なんだから)

 見た目はまだまだ地味系だけどむらかーさんは中身がヤバい。女神レベルに匹敵するんじゃないかってくらいヤバいし可愛いとさえ思ったりする。

(まぁ、俺にとっての真の女神はますみんだけどねっ♡ だだ優しいむらかーさんとは違う魅力がますみんにはあるんだから♡)
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