【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

【番外編】温もりと涙（亮輔side）

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　隣室のベランダから良い匂いが決まった時間に香る事を知ったのは、絵梨と別れたばかりの……梅雨明け宣言がニュースで流れた夜だった。
　たまたまベランダで外の空気を吸っていたら、隣室の窓だけがカラカラと開いてとても香ばしくて良い香りが一瞬だけ、ふわっと俺の鼻をくすぐった。

　1日おきの、約週3回。時間はいつも午後20時30分。
　俺はその瞬間を狙って、その日その時間がやってくるとベランダに立ち、ふわっと香るその一瞬を捉えるようになって……。
　次第に、それを香らせる人物に恋焦がれるようになった。



　桜が満開になった4月初め。その恋焦がれていた隣人が俺と同じ歳くらいの「あさかちゃん」だと知った。
　そしてその「あさかちゃん」は、俺の部屋の玄関扉を隔てた向こう側で悲痛な声を男にあげていて、泣いている様子が伺えた。

『いやあっ！！……やだあっ！！』
『えー？ いいじゃん。あさかちゃんのおっきいおっぱいをちょーっと見るだけだって』
『まだ早いよぉっ』
『早くねーって！ だって付き合ってるんだから。俺達は』


「っ……！！」


　「あさかちゃん」の声が悲痛過ぎて、助けたい気持ちでいっぱいになったんだけれど……男の「付き合ってるんだから」が玄関ノブを握る勇気を削そいでしまう。

　しばらくすると俺が一方的に片想いしてる、顔も見た事がない「あさかちゃん」がシクシク啜すすり泣く声が聞こえて……。

『胸デカいからいいなと思って付き合ってやったのに、処女ってすげーめんどくさいんだな！！
　お前みたいな田舎臭くてダサい女、痴漢だって寄ってこねぇよ！！』

　男はシクシク泣く子に向かってそんな酷い言葉を投げ付け、外階段をカンカンと降りていった。


「…………」
　
　今思えば、俺はそのタイミングで玄関扉を開けて「あさかちゃん」を慰めてあげても良かったんだ。
　だけど、俺は悪い事に何もアクションを起こす事なく……ただただホッとしていた。

　片想いの女性が「あさかちゃん」という名であったと、それを知る事が出来て嬉しい。たった今、男と別れてフリーになった事が嬉しい。

　啜り泣く彼女の一枚隔てた先で俺は、気色悪くも喜びを噛み締めていたんだ。