【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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おとぎばなしの魔法にかけられて

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「えへへ~♡ へへへ~♡」

 私は今、めちゃくちゃ上機嫌だった。
 昨日アパートに荷物が届いてから、ずっと私のニヤニヤが止まらない。

「なんか楽しそうね」

 真澄が冷静な顔で私に言うけど、この嬉しさは私じゃなきゃ理解できないかもしれない。

「だーってまさか実家から憧れのコーヒーミルが届くと思わなかったんだもん♪ 届いて早速使ってみたんだけど、珈琲豆のメッシュの揃いが綺麗でドリップしやすいし、何たってディテールが美しいんだよね~♡♡♡ まさに職人の手掛けた逸品っていうのかなぁ♡♡♡」

 今まで実家のお古で焙煎豆をゴリゴリ挽いていた私にとって新品の……まして高級ブランドのコーヒーミルというのは垂涎すいえんモノなのだ。
 それをお父さんお母さんがしっかり理解してくれている事に感謝するし、20歳の誕生日プレゼントとしてこれ以上の幸せなプレゼントは無いって思ってしまう。

「でもさー、去年の今頃も朝香はそんなこと言ってなかったっけ?」
「去年はドリップポットだよー。あれも届いて最初に注いだ時は感動したなぁ」
「朝香……自分の事を『珈琲マニア』と言っておきながら、道具は全部お古だったのね」

 そして、そんな幸せ気分の私をジト目で真澄は見つめている。

「20歳のしがない大学生はそんなもんなんだよー。コーヒーを飲む為に道具を一つ一つこだわっていくとさぁ、学生バイトのお給料じゃ手の届かないものを求めてしまうものなのっ!」
「ハタチ……ねぇ……」

 私がこんなにニヤニヤ笑ってるのに、真澄からの同意は全く得られていない。それだけ私がマニアックすぎるという事だ。
 だから、バイト時間までのちょっとした夕方のひととき……藤井くんもりょーくんも居ないカフェテリア内でこんな会話を止める事が出来ないでいる。

「でもさー、珈琲も良いけど朝香だってあと10日でハタチになるんだからさぁ」
「!!」

 ある意味気色悪い私に向かって真澄は私の指をフニフニと揉み始めた。

「なんていうか……例えば爪とか綺麗にしたりとかさぁ、なんか、珈琲以外にもこだわっとかなきゃいけない事ってあるじゃん?」

 いきなり薬指をふにふに揉まれたのはビックリしたんだけど、「マニキュアを塗って指先にも気を遣え」と真澄が言いたい気持ちでいるのはなんとなく把握出来た。

「爪は塗れないよっ! 飲食店で毎日水仕事してるからっ!」

 現実的な話として、私は真澄みたいな今どき女子とは違い、ハンドクリームを塗るくらいしか指先の手入れは出来ない。しかもそのハンドクリームは無香料じゃなきゃダメという指定付きだ。

「指っていうのはね、ネイルしなくても整えるだけでだいぶ印象が変わるのよっ! 例えばこのボーボーに生えた指毛を剃るとかでもさぁ」

 真澄はそう言いながら、フニフニ揉んでた私の指を根元からギュッと摘んできたから

「ぎゃあ!! ボーボーってほど生えてないもんっ!!」

 指毛を指摘され恥ずかしくなった私は、真澄の手をブンブン振り払う。

(ひえぇ……そういえばしばらく指の毛を剃ってなかったよぉ。いくらなんでもこれは恥ずかしい……)

「珈琲で頭の中をいっぱいにするのも良いんだけど、学生なんだし亮輔くんっていうイケメンと付き合ってるんだから、もうちょっと女の子らしくするとか大人っぽく路線変更してみるとか……もっともぉっとやる事あると思うんだけどなー」

 私に手を払われた真澄はそう言いながスマホを弄り始める。

「私が真澄みたいなお嬢様系とか大人っぽい格好とかして似合うと思う?チビだし、童顔だしムッチリ体型だしっ!」

 さっきまで新品のミルで上機嫌だったのに途端にイヤな気持ちになった。

「成長してるのはみたいだもんねー」

 しかもそうやってスマホに夢中になりながら言い捨てるなんて余計に傷つく。

「…………好きでお胸大きくしてる訳じゃないもんっ!」

 口を尖らせて言い返した私に向かって、真澄はスマホをテーブルにパタンと伏せながら溜め息をついた。

「あのさ。朝香は亮輔くんとラブラブだから何も感じないのかもしれないけどっ! 2人で外デートしてる時にさぁ、ふと鏡とかガラスとかに映った自分の姿を見ることないの?」
「……どういうこと?」
「お花見の頃に比べたら朝香もだいぶ服装が変わってきたと思うよ。でもそれはもっっのすごーく落ち着いたJKのファッションレベルに近付いたってだけだからね? 彼氏は大人っぽくてオシャレにかなり気を遣ってるっていうのに、並んで歩く彼女はそんなんちんちくりんで大丈夫なのか? って話」
「もっっのすごーく落ち着いたJK……ちんちくりん……」
「私が朝香の立場なら、大人っぽくて格好良い亮輔くんに合わせてそれなりに着飾ったりするもんだけどね」
「……」
「現に私、トモの前だってちゃんと着飾ってるし」
「……でもりょーくんは別に何も言ってこないよ? りょーくんが私と一緒に歩いてて何も言わないなら、それはそれで成立してるんじゃないかなぁ」

 真澄に今日言われるまで、全く考えもしなかった。
 確かにりょーくんは見た目そのものがかっこいいし、服は上原さんからお下がり貰う事もあるけどちゃんと自分の似合うスタイルを理解して着こなしている。

 キラキラと陽の光に輝く金色の髪やヘアスタイルだって傷を隠したり皐月さんへの想いが込められていたりするとはいえ、はたから見ても凄くよく似合っているって思う。

「本当に亮輔くんは朝香のファッションに対して何も言ってこないの?!」

 真澄は「信じられない」という表情をしながら私に訊くけど

「ぜんっぜん!!」

 私は首を大きく左右に振ってやった。だって本当のことだから。

「ふぅん」

 呆れ顔で真澄がカフェテリアの席を立つ。

「本当に本当だよ?! そりゃありょーくんにいっぱい服を買ってもらってた夏とは違って今は去年の使い回しばっかり着てるけど、そもそも通学はバイクの後ろに乗っけてもらうからヒラヒラのスカートやミニスカートが履けないんだもん」

 真澄に続くように私も席を立って追いかけたんだけど

「バイクに乗せてもらってるならある程度は仕方ない部分もあるかもだけど、外デート用の服はどうするのよ? いつまでもデニムパンツで過ごすと亮輔くんに飽きられちゃうんじゃない?」
「っ……それは」
「痴漢が怖いって気持ちも分かるけど、もうちょっと頑張ってもいいんじゃないかなぁ。
 元カノの絵梨さんが退学して居なくなったからって、その辺の気を抜いてちゃダメだと私は思うよ」

 それでもスタスタと歩幅を早めて足早に進む真澄の態度や発言に私はムッとしてしまった。

「りょーくんはそんな人じゃないもんっ!!」

 私はそのまま真澄に「またね」や「じゃあね」も言わず、ズンズンと歩いて駅に向かい電車に乗り込んだ。
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