22 / 251
苦手を好きで補っていく
5
しおりを挟む数日後……
私はりょーくんが苦手だと感じた珈琲豆を使って彼に一杯のコーヒーを差し出した。
「りょーくん今日は朝6時までのロングシフトなんだよね。体に気をつけて、頑張り過ぎないようにね」
「ありがとうあーちゃん……でもなんか、ごめんね」
深夜2時まででないこの長時間勤務はりょーくんにとっては久しぶり。今回の急なシフト変更はりょーくんが休みを取る事になってしまった分の埋め合わせだった。
「いいんだよ、りょーくんの為に残業したりシフト交代してくれた人達を休ませてあげないといけないもんね」
「うん……眠気が怖いから1限からの授業がまた電車通学になるかも」
「それも気にしないで! りょーくんの体がしんどかったら授業お休みしちゃって良いんだし、私1人電車で行く事になっても自分でなんとか防ぐから」
「あーちゃん……」
「本音を言うなら、りょーくんが1限休むなら私も休んじゃいたいんだけどね♪ りょーくんと添い寝したい♪」
「それ、いいかも♡」
「ふふ♡」
この数日でりょーくんの落ち込みはだいぶ改善されてきて、笑顔もよく見られるようになっていて私も嬉しい。
「じゃあ、あーちゃんのコーヒーいただきます♪」
「うん♪ いただきます♪」
それから2人共ほぼ同時にコーヒーカップに口をつけて
「「美味しい……」」
一口目の感想をユニゾンさせ、お互いの顔を見合わせる。
「これ、結構美味しいよあーちゃん! 香りもすっごくいい!!」
りょーくんの表情が明るく目もキラキラと輝かせた事に私は一層嬉しくなり、「今回のブレンドが上手くいったんだ」と気持ちを高揚させて
「これね、2種類の珈琲豆をブレンドさせたの。りょーくんが1番好きって言ってた銘柄と焙煎度の豆をベースにして、りょーくんが苦手って言ってたあの大地っぽい豆をブレンドさせたんだ」
彼にその種明かしをしてみせた。
「えっ?」
「りょーくんに黙ってこういう事をするのは失礼だったかなって思ったの。
苦手な珈琲豆があるのは仕方がない事だし、それを入れる事でりょーくんの大好きな珈琲豆の良さが損なわれたらどうしようっていう不安もあったんだ」
「あーちゃんは、このコーヒーを俺の為に……?」
「りょーくんの為っていうか、自分の為でもあるかな? 私はあくまで珈琲好きの立場だから、りょーくんにとって苦手な豆でもちゃんと旨味がある事を知ってもらいたいなぁって気持ちもあるし、苦手なものは苦手なものとして捉えつつそれをこの先どう利用すれば呑み込めるかなーとか……そういう事を考えちゃって」
「俺の苦手を克服しようとしてくれたんだ……」
もう一口、更にもう一口と飲み進めながらりょーくんがぼやいた言葉に私は首を左右に振って
「あくまでこれは仕事の一環だよ! 珈琲豆の色んな成分から人間にとって1番良い部分だけを抽出して旨味と香りたっぷりのスープを作るのが私の仕事で目指す道なんだ。
世界各国で生産され精製されている生鮮食品を扱うから、その中でもお客様に合った一杯を提供しなきゃいけないし生産された地域に敬意を払いながら扱わなきゃいけない。私もりょーくんも人間だからその中でも苦手なものがあって当然だし、それは否定しちゃいけない」
私はかつてお母さんから教わった言葉を思い出し噛み砕きながらりょーくんにコーヒーのブレンドについて教えてあげた。
「あのねりょーくん、珈琲豆から抽出するコーヒーは旨味たっぷりのお出汁と一緒なんだよ。だから2種類のものを掛け合わせるだけで旨味や香りがもっともっと倍増されるの。好きな味と好きな味が掛け合わさると爆発的に美味しくなるし、苦手な味はベースとなる味や他のサブに使う味で補いながら優しく包んで別の魅力を持たせる事が出来るんだよ」
「そんな事が出来るんだね、コーヒーって」
「うん、だからブレンドコーヒーを作り上げるのは難しいしプロもその分扱いに慎重になるんだ。
『苦手な豆は苦手なままでも良いけど、この豆はこんなに良い面も持ってますよ』ってお客様に提案するのが私の仕事だし幼い頃からずっと見てきた仕事だから、りょーくんにもほんの少しそれをお披露目したかったんだよ。いきなり変な事しちゃってごめんね」
私が微笑みながらそう言うと、りょーくんは首を左右に振って
「ううん、俺に新しい魅力を伝えてくれてありがとう」
と、頬をピンク色に染めながら返事を返してくれた。
「どういたしまして」
私は空になったコーヒーカップを回収してキッチンに持っていこうとしたら
ガタッとりょーくんは私に次いで立ち上がり
「さっきのはコーヒーだけを褒めたんじゃないよ」
と言って私に口付ける。
「んっ……」
「俺が絵梨の事で落ち込んでるから元気付けてあげようってしてくれたの、理解してるから。だからありがとうあーちゃん」
一瞬だけど甘く蜜のようなとろりとした感覚が私の口内へと広がっていき、りょーくんの真剣な表情と相まってキュンとする。
「うん……私はりょーくんを好きで居続ける事しか出来ないから絵梨さんの事で落ち込むりょーくんに上手い助言は言えないんだけど」
「ううん、こんな俺を好きで居てくれるだけでも嬉しいし心が安らぐよ」
「私ね、絵梨さんは絵梨さんなりに人生の選択をしてるんだと思うんだ。絵梨さんはりょーくんの悪い噂を流したりしてりょーくんの心を掻き乱す存在だったかもしれないけど、絵梨さんは今までもこれからも自分にとって良い道を選択して恋愛をして……その結果、お腹に宿した赤ちゃんを育ててお母さんになっていくんだと思う。私は……お母さんになる絵梨さんを遠くで応援したいと思うよ」
「えっ……」
私の表情を見てりょーくんはそう小さな声をあげる。
「絵梨さんはきっと、良いお母さんになるんじゃないかなぁ……。
りょーくんは『自分の所為で』って思い悩む必要はないと思う。絵梨さんの選択の一端を共に歩んだ人なんだから」
「あーちゃん……」
りょーくんは私の名を呼び、それから優しくやわらかなハグをしてくれた。
「情けない俺でごめん。あーちゃんは優しくて大き過ぎるよ」
私は自分の指をコーヒーカップから離して彼の背中に回し、スリスリと優しく撫でながら
「そんな事ないよ」
とだけ言って少し笑ってみせた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。
真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。
地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。
ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。
イラスト提供 千里さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる