【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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苦手を好きで補っていく

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 数日後……
 私はりょーくんが苦手だと感じた珈琲豆を使って彼に一杯のコーヒーを差し出した。

「りょーくん今日は朝6時までのロングシフトなんだよね。体に気をつけて、頑張り過ぎないようにね」
「ありがとうあーちゃん……でもなんか、ごめんね」

 深夜2時まででないこの長時間勤務はりょーくんにとっては久しぶり。今回の急なシフト変更はりょーくんが休みを取る事になってしまった分の埋め合わせだった。

「いいんだよ、りょーくんの為に残業したりシフト交代してくれた人達を休ませてあげないといけないもんね」
「うん……眠気が怖いから1限からの授業がまた電車通学になるかも」
「それも気にしないで! りょーくんの体がしんどかったら授業お休みしちゃって良いんだし、私1人電車で行く事になっても自分でなんとか防ぐから」
「あーちゃん……」
「本音を言うなら、りょーくんが1限休むなら私も休んじゃいたいんだけどね♪ りょーくんと添い寝したい♪」
「それ、いいかも♡」
「ふふ♡」

 この数日でりょーくんの落ち込みはだいぶ改善されてきて、笑顔もよく見られるようになっていて私も嬉しい。

「じゃあ、あーちゃんのコーヒーいただきます♪」
「うん♪ いただきます♪」

 それから2人共ほぼ同時にコーヒーカップに口をつけて

「「美味しい……」」

 一口目の感想をユニゾンさせ、お互いの顔を見合わせる。

「これ、結構美味しいよあーちゃん! 香りもすっごくいい!!」

 りょーくんの表情が明るく目もキラキラと輝かせた事に私は一層嬉しくなり、「今回のブレンドが上手くいったんだ」と気持ちを高揚させて

「これね、2種類の珈琲豆をブレンドさせたの。りょーくんが1番好きって言ってた銘柄と焙煎度の豆をベースにして、りょーくんが苦手って言ってたあの大地っぽい豆をブレンドさせたんだ」

 彼にその種明かしをしてみせた。

「えっ?」
「りょーくんに黙ってこういう事をするのは失礼だったかなって思ったの。
 苦手な珈琲豆があるのは仕方がない事だし、それを入れる事でりょーくんの大好きな珈琲豆の良さが損なわれたらどうしようっていう不安もあったんだ」
「あーちゃんは、このコーヒーを俺の為に……?」
「りょーくんの為っていうか、自分の為でもあるかな? 私はあくまで珈琲好きの立場だから、りょーくんにとって苦手な豆でもちゃんと旨味がある事を知ってもらいたいなぁって気持ちもあるし、苦手なものは苦手なものとして捉えつつそれをこの先どう利用すれば呑み込めるかなーとか……そういう事を考えちゃって」

「俺の苦手を克服しようとしてくれたんだ……」

 もう一口、更にもう一口と飲み進めながらりょーくんがぼやいた言葉に私は首を左右に振って

「あくまでこれは仕事の一環だよ! 珈琲豆の色んな成分から人間にとって1番良い部分だけを抽出して旨味と香りたっぷりのスープを作るのが私の仕事で目指す道なんだ。
 世界各国で生産され精製されている生鮮食品を扱うから、その中でもお客様に合った一杯を提供しなきゃいけないし生産された地域に敬意を払いながら扱わなきゃいけない。私もりょーくんも人間だからその中でも苦手なものがあって当然だし、それは否定しちゃいけない」

 私はかつてお母さんから教わった言葉を思い出し噛み砕きながらりょーくんにコーヒーのブレンドについて教えてあげた。

「あのねりょーくん、珈琲豆から抽出するコーヒーは旨味たっぷりのお出汁と一緒なんだよ。だから2種類のものを掛け合わせるだけで旨味や香りがもっともっと倍増されるの。好きな味と好きな味が掛け合わさると爆発的に美味しくなるし、苦手な味はベースとなる味や他のサブに使う味で補いながら優しく包んで別の魅力を持たせる事が出来るんだよ」
「そんな事が出来るんだね、コーヒーって」
「うん、だからブレンドコーヒーを作り上げるのは難しいしプロもその分扱いに慎重になるんだ。
 『苦手な豆は苦手なままでも良いけど、この豆はこんなに良い面も持ってますよ』ってお客様に提案するのが私の仕事だし幼い頃からずっと見てきた仕事だから、りょーくんにもほんの少しそれをお披露目したかったんだよ。いきなり変な事しちゃってごめんね」

 私が微笑みながらそう言うと、りょーくんは首を左右に振って

「ううん、俺に新しい魅力を伝えてくれてありがとう」

 と、頬をピンク色に染めながら返事を返してくれた。

「どういたしまして」

 私は空になったコーヒーカップを回収してキッチンに持っていこうとしたら

 ガタッとりょーくんは私に次いで立ち上がり

「さっきのはコーヒーだけを褒めたんじゃないよ」

 と言って私に口付ける。

「んっ……」
「俺が絵梨の事で落ち込んでるから元気付けてあげようってしてくれたの、理解してるから。だからありがとうあーちゃん」

 一瞬だけど甘く蜜のようなとろりとした感覚が私の口内へと広がっていき、りょーくんの真剣な表情と相まってキュンとする。

「うん……私はりょーくんを好きで居続ける事しか出来ないから絵梨さんの事で落ち込むりょーくんに上手い助言は言えないんだけど」
「ううん、こんな俺を好きで居てくれるだけでも嬉しいし心が安らぐよ」
「私ね、絵梨さんは絵梨さんなりに人生の選択をしてるんだと思うんだ。絵梨さんはりょーくんの悪い噂を流したりしてりょーくんの心を掻き乱す存在だったかもしれないけど、絵梨さんは今までもこれからも自分にとって良い道を選択して恋愛をして……その結果、お腹に宿した赤ちゃんを育ててお母さんになっていくんだと思う。私は……お母さんになる絵梨さんを遠くで応援したいと思うよ」
「えっ……」

 私の表情を見てりょーくんはそう小さな声をあげる。

「絵梨さんはきっと、良いお母さんになるんじゃないかなぁ……。
 りょーくんは『自分の所為で』って思い悩む必要はないと思う。絵梨さんの選択の一端を共に歩んだ人なんだから」
「あーちゃん……」

 りょーくんは私の名を呼び、それから優しくやわらかなハグをしてくれた。

「情けない俺でごめん。あーちゃんは優しくて大き過ぎるよ」

 私は自分の指をコーヒーカップから離して彼の背中に回し、スリスリと優しく撫でながら

「そんな事ないよ」

 とだけ言って少し笑ってみせた。



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