【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

文字の大きさ
上 下
21 / 251
苦手を好きで補っていく

4

しおりを挟む
「絵梨さんが性に奔放になったのは私の所為……?」

 目を見開いたまま夕紀さんの言葉をそう解釈する私に、夕紀さんは眉を下げながら「うーん」と唸る。

「私はね、朝香ちゃんを責めてるんじゃないの。
 朝香ちゃんが頃合いの良いタイミングまで彼の名前を私に言わなかった事も、それから亮輔くんと大学のキャンパスでラブラブな姿を絵梨に見せつけてたのも、どれも無意識な行動なんだから責められないし悪くないと思う。
 でも少なからず絵梨に対しての黒い気持ちは持っていたんじゃない?絵梨のビジュアルが皐月にどの程度似てるのか私は知らないけど、朝香ちゃんが話してくれた『妊婦さんになっても皐月に似てるんだなって感じた』の部分がいつもの朝香ちゃんっぽくなかったからね」
「っ!!」

 優しい口調だけど私の心をズバンと撃ち抜く夕紀さんの言葉に私は口をキュッとつぐんでしまった。

「朝香ちゃんにとって皐月は『雨上がりの女神』で私の仕事のパートナーとなる筈だった人で、加えて亮輔くんの忘れられない初恋の相手なのよね……もしかしたら皐月の事をきっと『尊い存在』と思ってくれてるのかな?
 だから皐月と似たビジュアルなのに嫉妬心剥き出しにして亮輔くんの噂をある事ない事流しててただでさえ皐月の尊さをけがしているのに、赤ちゃんのパパが誰か分からないような行動をしていたんでしょ? 朝香ちゃんは心中穏やかではいられない」
「……」
「亮輔くんも自分の行動を悔やんで落ち込んでて、せっかくスタートした同棲生活に影を落とすような感じになっちゃってる……そりゃあ朝香ちゃんだってイライラムカムカするに決まってるわよね」
 
 夕紀さんはそう言ってエスプレッソコーヒーをカップに注ぐと、ミルクフォーマーで泡立てたミルクをゆっくりと上から重ねていった。

「牛乳に含まれているカルシウムはイライラやトゲトゲを緩和させるんだって。また、夜に飲むのも効果的らしいよ」
「あ……ありがとうございます」

 私の目の前には綺麗なカプチーノが現れて、それを欲しようと自然と自分の指がスッと動く。

「夜にカフェインの入ってるコーヒーを出すのも良くない気がするんだけどね」
「そんな事ないです、夕紀さんのコーヒーはいつだって癒されますから」

 私は眉を下げている夕紀さんに微笑みを返してカプチーノのきめ細やかな泡を口の中に含んだ。

(心地良い……)

 エスプレッソの苦味をミルクのふわふわや甘さが包み込んで、一口……また一口と私は求める。

 
 最後の一口まで飲み干した私は「ほうぅぅっ」と大きめの息をついて

「確かに私、絵梨さんに対してイライラムカムカしてましたし、すっごく苦手だなって感じていたんです」

 まだ誰にも話した事のなかった自分の気持ちを夕紀さんに吐露した。

「うん」
「絵梨さんに対して『羨ましい』『敵わない』という気持ちの方が大きいんですけど……でもやっぱり絵梨さんの行動は褒められたものではないと感じてますから」
「うん」
「『皐月さんと似た姿で醜い行動取らないで』って思ってましたし」
「うん」
「皐月さんの事が大好きな彼の気持ちまで穢している気がして、すっごく嫌でした」
「うん」

 夕紀さんは私の言葉を全て頷きと「うん」で肯定してくれている。

 でも……。

「夕紀さんのカプチーノを飲んで思ったんです。私がこういう感情を持ってちゃいけないんだって。
 彼と一緒に暮らしていく幸せだけに向き合って彼を支えていかなきゃいけないのに、他人に対して黒い感情を持つだとか苦手意識を持ってる場合じゃないなって思いました。
 皐月さんに似ている人だからこそ、絵梨さんを苦手だとか嫌いだとか思ってちゃいけないって」
「それは違うよ朝香ちゃん」

 私のその言葉にはハッキリと首を横に振って

「人間だもん。黒い感情は持ってていいのよ。苦手なものや嫌いなものは無理矢理てる必要はないし苦手は苦手のままでいていいと私は思う」

 夕紀さんは私の飲み干したカップを手に持ちながらそう言い返した。

「大事なのは、自分の中にある『苦手』や『嫌い』を認める事。認めた上で自分はこれからどうすべきなのかを考える事。
 ただ単に『苦手!』『嫌い!』と言い続けるんじゃなくて、自分がその『苦手』や『嫌い』とどう付き合っていくかが大事なのよ」
「苦手や嫌いとどう付き合っていくか……ですか?」
「そう! 今の朝香ちゃんのままじゃ亮輔くんの落ち込みを解決出来ないわねきっと。
 亮輔くんは繊細な子だから朝香ちゃんの表情変化に気付いて更に自分を責めてしまうんじゃないかな? 彼にそうなって欲しくないと願うのなら、苦手だと思うものを好きなもので補って包み込んでやりなさい」
「……」

 夕紀さんのその言い方は、かつてお母さんが夕紀さんに伝えていたに凄くよく似ていて……

 これから私が何をすれば良いのかを、を通して伝えてくれているのだとようやく理解する事が出来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

処理中です...