【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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【番外編】執着的で盲目的な(夕紀side)

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「グアテマラアンティグアのブラックコーヒーです。どうぞお召し上がり下さい」
 
 私が彼にコーヒーカップを差し出すと、目を細めて喜び、口にカップを押し当てる。

「うん……やっぱり好きです、この香りも味も」

 彼は高くスッと伸びた鼻で芳醇な香りを吸い込み、コーヒーを口に含んだ後は紅く高揚した唇から恍惚的こうこつてきな息をゆったりと長く吐いた。

私にとっては気色悪い人格に感じるけれど、顔のパーツは綺麗に整っているし、所謂「違いの分かる男」でもある……それが彼の特長でもあった。

「お気に召されたのでしたら、お代わりいかがですか?」
「いえいえ、マスターも一緒に楽しみましょうよこの香りと味を」

 彼は私の言葉を遮って、「もう一杯分のコーヒーを私に飲め」という内容の言葉を発する。

「……そうですね」

 私は勿論、この男がそう言うのを想定していた。
 
「今は楽しく話をしようじゃありませんか……貴女あなただって私に訊きたかったのでしょう?村川朝香と笠原亮輔が同棲を始めた件について」

 とはいえ、やはりあの爬虫類の目付きやジトッとした声色で発言されると全身がゾワゾワきて背筋も一気に冷たくなる。
 それは4年半前、私と義郎よしろうさんに会う為にわざわざ広島まで単独で訪れ「笠原亮輔が遠野皐月とおのさつきに対してどれほどの想いで接していたのか」についての調査報告書を提出してきた上原俊哉を目の当たりにした時の感覚と全く同じだった。

「そう、ですね……上原さんが笠原亮輔さんを守ろうとお考えになっているのと同じくらい、私も村川朝香さんを大事なパートナーだと思っていますし彼女を危険な目に遭わせたくないですから」

 恐々とした気持ちで私は上原俊哉を見つめそう言うと

「フフッ、貴女、面白い冗談も言うんですね」

 と言い返して妖しくわらう。

「……」

 まるで、「お前の村川朝香に対する想いは師弟関係に過ぎないだろう」と嘲笑あざわらっているように感じた。

(だから嫌いなのよ私はっ……!! この男の事を!!)

 別に彼が笠原亮輔に恋愛感情を抱いている事を嫌悪している訳ではない。変にマウントを取ってくるところが兎に角大嫌いなんだ。

「本題に移りますね。貴女、私を疑っているんでしょう? 『村川朝香と笠原亮輔が互いに恋愛感情を結ぶよう私が仕組んだんじゃないか』って」

 そしてやっぱり、この男は私の考えを容易たやすく言い当てる。

「それはまぁ……そう思うのが自然、ですから」

 この男に言い返す程の高い知能を私は持っていないし、彼だって「そう思う」私を弁解する目的で来店してきている。
 だから私は「彼の言葉に相槌を打つ事しか今日も出来ないのだろう」という予想がこの時点でついた。

「端的に申し上げますとね、朝香さんが以前より亮輔に恋心を寄せていた事は知りませんでしたし、亮輔も亮輔で隣人のかもす香りにかれていたなんて想定外だったんです」

 上原俊哉は紅い唇から長く息を吐くと、私を見つめながらその言葉を発した。

「まさか」

 私は当然の事ながら即そういう反応をしたんだけれど

「『まさか』が起きるから人間の恋心は甘く、旨味を濃く感じ、興奮するんですよ」

 と、彼はグアテマラアンティグアの芳醇な香りをゆるやかに吐きながら言い返した。

「……」
「村川氏が広島とこちらを行き来している頃から……氏と相談した上で私が仕向けた事柄はいくつかあります。
 でも、私はあくまで亮輔の保護者代わりなんです。盲目的に私が彼を愛し守りたくても彼の心までは縛れませんから」
「っ……」
「朝香さんが『高校を卒業してこの店で貴女と働きたい』と欲したのに、貴女は『大学で一般教養を身に付けろ』と一旦は彼女の純粋な気持ちにモラトリアムを与えたでしょう?
 私はね、貴女とは違うんです。亮輔の素直な気持ちに沿いたいだけなんです。それが私自身の欲求とは別のベクトルに向かったとしても」
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