【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

文字の大きさ
上 下
6 / 251
「思うのはあなた一人」

6

しおりを挟む



「お姉さん、俺が先生のお墓参り行ってる件を怒ってなかったんだ。良かった……」

 昼過ぎにりょーくんの待つマンションに戻って、彼と少し遅めの昼食を食べる。

「『これからもお参りしてもいいけど、今度はコーヒーごちそうしたいからまた店にもいらっしゃい』って言ってたよ」

 りょーくんが一番気にかかっていた点を夕紀さんからの伝言と共に伝えてあげると、彼はとても喜んでいた。

「そっか……そうだね。ちゃんと直接、お姉さんとお話しする時間を作らないとね」

 顔はニッコリ微笑んでいて声のトーンも明るいりょーくんだけど……でも、なんだか彼の精神状態が心配になる。

「会うのがちょっと怖いなら、私も付き添うよ。私が夕紀さんにアポイントとって、お互い心の準備が出来てからでも私はいいと思うんだけど……」

 私はりょーくんが腕に嵌めているブレスレットに触れながら、そう提案してみる。

「ううん、これは俺自身の問題だから1人でお姉さんに会ってみたいんだ」

 りょーくんは私の提案に首を左右に振って、また微笑んだ。

「りょーくんは……平気? 本当に?」
「うん、今すぐにっていうのはまだ難しいけど、近いうちにお店行きたい」

 もしかして「私を安心させようと無理矢理笑顔を作っているんじゃないか?」と思っていたんだけど、オニキス入りのシルバーブレスレットに触れる私の手を温かく握り返す彼の大きな手からは微弱な震えをもう感じられなかった。

「夕紀さんに伝えておくね」
「来月のハロウィンに間に合うように、ちょっとしたオーナメントを作って持って行くよ」
「そこまでしなくていいよぉ」
「違うよ、俺がやりたいんだ。お姉さんは俺のそういうの嫌がるかもしれないけど」
「そんな事ないないっ! お子様連れの常連さんからも喜ばれるだろうし夕紀さんも喜ぶと思うよ! りょーくん、絵も文字も上手だもん♪」
「ありがとう。頑張ってみる」

 いつの間にかりょーくんと私の指は両手共に絡まり、心地良く触れ合う。
 温かくほのぼのとした会話に、皮膚同士の触れ合いや微笑み合い。
 すごく……すっごく幸せでホワホワとした気分だ。



「そういえばお姉さんは、あーちゃんがこのマンションに住むことについて何か言ってた?」

 お昼ごはんを食べ終えて、持ち帰ったおはぎやコーヒーの用意を私がキッチンでしていると、りょーくんが思い出したように質問してきた。

「私とりょーくんの同棲を応援してくれたよ」
「それは良かった……引っ越しや同棲は急な事だったし、お姉さんは何よりあーちゃんにとって保護者的存在でしょ? あーちゃんのご両親は広島で、あーちゃんがすぐに頼れる大人っていったらお姉さんになるから」
「保護者的存在……」

 私はりょーくんのその言葉を繰り返しながら、珈琲の粉に湯をかけゆっくりと蒸らす。

(それって、りょーくんと上原さんとの関係を私と夕紀さんに重ねてるのかな……)

「俺とは事情が違うのは勿論理解しているよ。でもやっぱり、あーちゃんのご両親の他にも俺達の関係を認めてくれる大人が居てくれるとしたら嬉しい」
「……」
「あーちゃんが思っている以上に、俺は期待してるんだ。その……これからの、ここでの生活の事」
「りょーくん……」
「あのね、俺ね……」
「……」
「ごめん、同棲始まったばかりだっていうのに重いよね」

 りょーくんは何かを言おうとして、すぐに視線をそらし黙り込んでしまった。

 私はそんな彼の様子にどう反応してあげれば良いのか分からず、つい視線をペーパードリッパーへと移す。

「あ……」

 蒸らされた珈琲の粉が半円状に膨らんで、プスっとガスが抜けるのを見つめ……

(この豆、ガスの抜けが悪かったみたい)

 焙煎直後に放出される炭酸ガスの抜けが悪かった、ほんの少し未熟な珈琲の様子を見つめながら、まだ20歳にも満たない自分に置き換えて少し怖くなる。

「重くてもいいよ。それがりょーくんの気持ちの重さなら、私は凄く嬉しいな」

 私はそのほんの少しの不安をカバーしたくて、今日の焙煎豆にゆっくりと湯を挿し入れた。
 少しでも、おはぎに合うコーヒーになりますように……と、願いを込めながら。


「……ほんと?」

 出来上がったコーヒーをカップに注ぎ、おはぎと一緒にりょーくんの前に差し出す時、彼がジッと私を見つめてくる。

「うん……りょーくんと5ヶ月も恋人出来てる事すら奇跡って思ってるのにこれから一緒に暮らせるだなんて夢みたいだし……まぁほんの少し、怖い部分もあるけど」
「えっ」
「私と一緒に生活する事で……りょーくんと喧嘩とかしたら、嫌だなぁ。とか」

 一昨日はあんなに強い意志を持ってりょーくんと愛し合って、昨日も素敵な朝日を浴びながら幸福感に包まれてはいたんだけど……実は今ちょっと、夕紀さんとの現実的な話を通して不安に駆られる部分を残している。

「喧嘩は俺も、したくない」
「夏休みの間、なるべく一緒には居たけど……でも一緒に暮らすのは夏休み期間より長くなるから」
「うん」
 
 夕紀さんからは「私達の同棲を応援する」と言ってくれたけど、「だからといって心の無理はしちゃダメだ」とも言われた。
 「上原さんが家賃の値下げ分として沢山のお金を渡してきた事と、アパートの契約を3月まで続けておく事……その2つはきっと猶予期間だからせめて3月までに自分が本当にどうしたいのか考えなさい」と夕紀さんは私に忠告してくれたんだ。「それまではお父さんお母さんに、りょーくんの同棲の事を内緒にしておくから」というのも付け加えて。

 
 同棲とか、まして結婚だとか……19歳の私にはまだ夢みたいなものとしか受け止めてないかもしれない。

 りょーくんが初恋の「彼」だったから、余計に頭が暴走してるだけかもしれない。

 りょーくんの重い気持ちを受け止めると口で言っておきながら……その重さに耐えきれなくて投げ出してしまうかもしれない。

 色んな覚悟を背負っているつもりでいても、私は今日の焙煎豆みたいに未熟な部分を持っているのだから。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

夜の声

神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。 読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。 小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。 柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。 そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...