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「思うのはあなた一人」
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しおりを挟む「お姉さん、俺が先生のお墓参り行ってる件を怒ってなかったんだ。良かった……」
昼過ぎにりょーくんの待つマンションに戻って、彼と少し遅めの昼食を食べる。
「『これからもお参りしてもいいけど、今度はコーヒーごちそうしたいからまた店にもいらっしゃい』って言ってたよ」
りょーくんが一番気にかかっていた点を夕紀さんからの伝言と共に伝えてあげると、彼はとても喜んでいた。
「そっか……そうだね。ちゃんと直接、お姉さんとお話しする時間を作らないとね」
顔はニッコリ微笑んでいて声のトーンも明るいりょーくんだけど……でも、なんだか彼の精神状態が心配になる。
「会うのがちょっと怖いなら、私も付き添うよ。私が夕紀さんにアポイントとって、お互い心の準備が出来てからでも私はいいと思うんだけど……」
私はりょーくんが腕に嵌めているブレスレットに触れながら、そう提案してみる。
「ううん、これは俺自身の問題だから1人でお姉さんに会ってみたいんだ」
りょーくんは私の提案に首を左右に振って、また微笑んだ。
「りょーくんは……平気? 本当に?」
「うん、今すぐにっていうのはまだ難しいけど、近いうちにお店行きたい」
もしかして「私を安心させようと無理矢理笑顔を作っているんじゃないか?」と思っていたんだけど、オニキス入りのシルバーブレスレットに触れる私の手を温かく握り返す彼の大きな手からは微弱な震えをもう感じられなかった。
「夕紀さんに伝えておくね」
「来月のハロウィンに間に合うように、ちょっとしたオーナメントを作って持って行くよ」
「そこまでしなくていいよぉ」
「違うよ、俺がやりたいんだ。お姉さんは俺のそういうの嫌がるかもしれないけど」
「そんな事ないないっ! お子様連れの常連さんからも喜ばれるだろうし夕紀さんも喜ぶと思うよ! りょーくん、絵も文字も上手だもん♪」
「ありがとう。頑張ってみる」
いつの間にかりょーくんと私の指は両手共に絡まり、心地良く触れ合う。
温かくほのぼのとした会話に、皮膚同士の触れ合いや微笑み合い。
すごく……すっごく幸せでホワホワとした気分だ。
「そういえばお姉さんは、あーちゃんがこのマンションに住むことについて何か言ってた?」
お昼ごはんを食べ終えて、持ち帰ったおはぎやコーヒーの用意を私がキッチンでしていると、りょーくんが思い出したように質問してきた。
「私とりょーくんの同棲を応援してくれたよ」
「それは良かった……引っ越しや同棲は急な事だったし、お姉さんは何よりあーちゃんにとって保護者的存在でしょ? あーちゃんのご両親は広島で、あーちゃんがすぐに頼れる大人っていったらお姉さんになるから」
「保護者的存在……」
私はりょーくんのその言葉を繰り返しながら、珈琲の粉に湯をかけゆっくりと蒸らす。
(それって、りょーくんと上原さんとの関係を私と夕紀さんに重ねてるのかな……)
「俺とは事情が違うのは勿論理解しているよ。でもやっぱり、あーちゃんのご両親の他にも俺達の関係を認めてくれる大人が居てくれるとしたら嬉しい」
「……」
「あーちゃんが思っている以上に、俺は期待してるんだ。その……これからの、ここでの生活の事」
「りょーくん……」
「あのね、俺ね……」
「……」
「ごめん、同棲始まったばかりだっていうのに重いよね」
りょーくんは何かを言おうとして、すぐに視線をそらし黙り込んでしまった。
私はそんな彼の様子にどう反応してあげれば良いのか分からず、つい視線をペーパードリッパーへと移す。
「あ……」
蒸らされた珈琲の粉が半円状に膨らんで、プスっとガスが抜けるのを見つめ……
(この豆、ガスの抜けが悪かったみたい)
焙煎直後に放出される炭酸ガスの抜けが悪かった、ほんの少し未熟な珈琲の様子を見つめながら、まだ20歳にも満たない自分に置き換えて少し怖くなる。
「重くてもいいよ。それがりょーくんの気持ちの重さなら、私は凄く嬉しいな」
私はそのほんの少しの不安をカバーしたくて、今日の焙煎豆にゆっくりと湯を挿し入れた。
少しでも、おはぎに合うコーヒーになりますように……と、願いを込めながら。
「……ほんと?」
出来上がったコーヒーをカップに注ぎ、おはぎと一緒にりょーくんの前に差し出す時、彼がジッと私を見つめてくる。
「うん……りょーくんと5ヶ月も恋人出来てる事すら奇跡って思ってるのにこれから一緒に暮らせるだなんて夢みたいだし……まぁほんの少し、怖い部分もあるけど」
「えっ」
「私と一緒に生活する事で……りょーくんと喧嘩とかしたら、嫌だなぁ。とか」
一昨日はあんなに強い意志を持ってりょーくんと愛し合って、昨日も素敵な朝日を浴びながら幸福感に包まれてはいたんだけど……実は今ちょっと、夕紀さんとの現実的な話を通して不安に駆られる部分を残している。
「喧嘩は俺も、したくない」
「夏休みの間、なるべく一緒には居たけど……でも一緒に暮らすのは夏休み期間より長くなるから」
「うん」
夕紀さんからは「私達の同棲を応援する」と言ってくれたけど、「だからといって心の無理はしちゃダメだ」とも言われた。
「上原さんが家賃の値下げ分として沢山のお金を渡してきた事と、アパートの契約を3月まで続けておく事……その2つはきっと猶予期間だからせめて3月までに自分が本当にどうしたいのか考えなさい」と夕紀さんは私に忠告してくれたんだ。「それまではお父さんお母さんに、りょーくんの同棲の事を内緒にしておくから」というのも付け加えて。
同棲とか、まして結婚だとか……19歳の私にはまだ夢みたいなものとしか受け止めてないかもしれない。
りょーくんが初恋の「彼」だったから、余計に頭が暴走してるだけかもしれない。
りょーくんの重い気持ちを受け止めると口で言っておきながら……その重さに耐えきれなくて投げ出してしまうかもしれない。
色んな覚悟を背負っているつもりでいても、私は今日の焙煎豆みたいに未熟な部分を持っているのだから。
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