5 / 251
「思うのはあなた一人」
5
しおりを挟む「…………なるほど」
私が急に3LDKの分譲マンションの高層階に住むようになった理由の一つに、4年7ヶ月前に夕紀さんがりょーくんに言い放った「あの発言」が絡んでいる事も正直に説明しなければならず、全てを話したところで夕紀さんはその場にしゃがみ込んで大きな溜め息をついていた。
「あのっ! 夕紀さんを責めるつもりは無いんですよ、私も……それから、彼も」
「朝香ちゃんは良い子だからそう言ってくれるけどさぁ……でもやっぱり私の所為でしょ。笠原亮輔さんの心が不安定なのも、ド派手な金髪ウェーブも、引く程ジャラジャラつけてるピアスも」
「それは」
「あの時私があんな態度を取ったから……だから、彼の人生が変わってしまったのね」
夕紀さんの声がロートーンになっていき、本格的に落ち込んでしまったので私は焦って椅子から飛び降り、夕紀さんがしゃがみ込んでるキッチンへと回り込む。
「いえ! 笠原亮輔さんは夕紀さんを責めてませんでした。
彼は皐月さんのことが大好きで皐月さんの状況をなんとかしようとしたかったけど結果その行動が皐月さんの死を招いてしまったからって……とにかく彼は自分自身を責めていたんです。
今朝、彼と話をしてる時だってそうでした! 『皐月さんだけでなく夕紀さんにも申し訳ないことをした』って、ずっと言ってて。
お付き合いしていた方や彼よりも……『皐月さんは誰よりも夕紀さんが一番大事だって言ってたから』って」
「えっ……?」
今朝出掛ける前に、りょーくんが夕紀さんに「これだけは必ず伝えて欲しい」と言われていた言葉を 夕紀さんに伝えた。
「皐月が『彼氏よりも私が大事』って笠原亮輔さんに……そう言ってたの?」
夕紀さんの目には涙が浮かんでいた。
「彼は『自分の恋が成就する代わりに皐月さんが本当の意味で幸せでいてほしい』と考えていたそうです。当時はまだ中学生で、皐月さんを救いたくても救えない状況や自身の幼さをものすごく嘆いていました。
『お姉さんとこれから過ごす幸せな時間を奪ってしまってごめんなさい』と……いつも皐月さんの墓前に話しかけていたそうです」
りょーくんが涙を流しながら寝言を言っていたのは、りょーくん自身が皐月さんを幸せに出来なかったことを悔やんでいるのではなく……皐月さんの本当の心の支えだった夕紀さんと一緒に暮らしてあげられなかったことを悔やんでいたからだと、私は彼から伝え聞いた。
「そんな……」
しばらく夕紀さんは顔を俯かせ、静かに泣いていた。
そんな哀しい師匠の背中を、弟子の私は撫でる事しか出来ない。
皐月さんにとっての『思うはあなた一人』は多分夕紀さんの事で、皐月さんは夕紀さんが広島に行っている間ずっと一人寂しく待っていたんだと思う。
夕紀さんが、この珈琲店で、あのグアテマラアンティグアを焙煎して美味しいコーヒーを淹れて……そして姉妹2人で幸せなコーヒータイムを過ごす日の事を。
だけど、皐月さんだってまだ若い学生だったから……その寂しさに耐えられなかったんだ。
(だからきっと……皐月さんは藁を掴むような気持ちで、夕紀さんでもりょーくんでもない人を頼ってしまったんだ)
それで気が付いたらもう、危険な恋愛から逃れられなくなってしまったんだと思う。
「私、彼が皐月さんを深く愛していた事を『素敵だ』って思いました。悲しい恋だったかもしれないけれど、私は彼のその想い含めて愛してあげたいって思うんです」
りょーくんは私を「大好き」「愛してる」って言葉でも態度でも示してくれるけど、彼が皐月さんを私と同じかもしくは私以上に大好きでいる事を否定したくはないし、毎月のお墓参りも続けて欲しいと思っている。
「朝香ちゃんが彼と一緒に暮らしたいって気持ちは……そのくらい本気って、意味?」
夕紀さんは昂ぶる気持ちを抑えながら、私の方を振り向きそう訊ねる。
「はい! 本気です! だって私は……今まで夕紀さんに内緒にしてましたけど、あの日あの時の中学生の男の子の幸せをずっと願っていましたし、それは今までも変わらないですから」
私は自分の本気の気持ちを、初恋に擬えて夕紀さんに伝える。
「……」
「私は頭に包帯を巻いた……皐月さんを深く愛していた男の子の事を密かに想っていたんです。それが笠原亮輔さんだって……今の彼だって知って、とても幸せな気持ちでいるんです」
「知ってる」
「へ?」
夕紀さんから、サラッとそう返されてしまい拍子抜けた。
「朝香ちゃんの初恋が『あの少年』だって事。
だって広島に戻ってからの朝香ちゃん、しばらくボーッと物思いに耽っていたでしょ。私になるべく見せないように頑張ってたよね」
「あっ……」
「朝香ちゃんが私を励まそうと『喫茶店ごっこ』してくれてた時、私は私で自分のことでいっぱいいっぱいになってはいたんだけどさぁ、朝香ちゃんのボーッとしてる瞬間を何度も見かけていたの。その事を裕美さんに相談した事もある」
「えっ? お母さんに私の事を?」
私も私で、夕紀さんが今まで内緒にしていた内容を明かされてビックリする。
「朝香ちゃんの密かな恋心を裕美さんが義郎さんに話したかどうかは私も知らないよ。義郎さんもあの頃は私の代わりにこの店の準備に携わってくれてて、広島とこっちを数えきれないくらい行き来して忙しくしてたでしょ?」
「そう……ですよね。お父さん、私達の事大好き過ぎるから」
お父さんは、皐月さんの死後塞ぎ込みがちになっていた夕紀さんの代わりに広島とこの場所を新幹線で何度も何度も往復していて忙しくしていた。
娘の片想い事情なんて知ったら、お父さんの事だからめちゃくちゃパニックを起こしていたに違いない。お父さんがあの頃忙しくしてて良かったという見方もある。
「なんか不思議な縁ね。あの時朝香ちゃんが密かに想っていた『彼』が大人っぽく成長して、あのアパートに住んでて、それで朝香ちゃんがたまたま隣に住んで、朝香ちゃんの焙烙焙煎の香りに彼が惹かれて、2人が恋に落ちるなんて」
「…………ですね」
私が掻い摘んで話した内容そのものとは言え、師匠の口で反芻されて耳にするとちょっと恥ずかしい。
「まぁ、『出逢いは必然』って考えも、無きにしも非ずだもの」
夕紀さんはしばらく無言で何か考えるような素振りを見せたんだけど、すぐに表情を微笑み顔に変える。
「朝香ちゃん、私が悪い発言を彼にした所為で色々と苦労が絶えないだろうけど、楽しく仲良く同棲生活を過ごしなさい」
「はい……」
「勿論、抱え込み過ぎはダメよ。何かあったらちゃんと私に相談する事!」
「ありがとうございます! 夕紀さんっ!」
その微笑み顔に、私は嬉しくなって自然と笑顔になれた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる