【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

チャフ

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「思うのはあなた一人」

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 霊園に到着し、皐月さつきさんが眠る墓石の前に立った私は

「白くて大きな菊……」

 花立はなたての中心に生けられていた白くて大きな菊の花に目を奪われた。

「立派で素敵ね……私の選んだリンドウが、菊の花を支えてるみたいに見える」

 私の感想に対し、夕紀さんも同調したんだけど

「えっと、夕紀さんがお掃除してる時にはまだ無かったんでしたっけ?この白い菊は……」

 夕紀さんの口ぶりからして
白い菊は夕紀さんがお墓掃除をした後日……私がりょーくんのお誕生日祝いの準備をしていた時間帯にりょーくんが供えたものなんだと理解する。

「そうよ、だから私はわざわざ今日の何日も前にお墓掃除したの。別に日月の2連休中にしても良かったんだけどね『お彼岸の連休中に白い花の人がお墓参りしてくれるかな』って……敢えてその前に掃除と花の準備をして、その人には真ん中に白い花を供えるだけすれば良い状態にしておきたかったんだよね」
「夕紀さん……」
「今までだったらね、そんな気にならなかった。いつもと違う事をして白い花の人とバッティングしたら……なんて想像するのか怖かった」
「……」
「あれからもう4年7ヶ月経ったし、私も気持ちの余裕が出てきたのかもしれない。掃除してる間、誰もここに来なくて少し残念に思ったくらいよ」
「……」
「残念な気持ちはあるんだけどね『やっぱり来てくれたんだ』って、今はすごくホッとしてるの」
「ホッと……してるんですか……?」
「『今度はちゃんとその人と一緒に皐月のお参り出来たら良いな』って、今は前向きに思えているのよ私……」
 
 大きな菊が花立の中心に供えられ、菊の周りを黄色の小菊や青紫のリンドウで囲むように生けられている。
 夕紀さんが両腕を伸ばして、「白い花の人」を受け止めているようなイメージが頭に浮かんで……凄く素敵なお供えだなと思った。

「そう……ですよね……」

 これで私も……夕紀さんに「白い花の人」が誰なのかを明かす決心がついた。


「あの……!! 夕紀さんっ!!」
「えっ? 何?」

 深呼吸をして両手に力を込めながら、私は夕紀さんに……皐月さんのお墓の前で口を開く。

「お付き合いしている人が、笠原亮輔さんって……この前突然電話で伝えてしまってすみませんでした!」

 深呼吸して、両手に力を込めながら、落ち着いて言葉に出来たのに、口を閉じた瞬間から緊張のドキドキが大きくなる。

「え?」

 ドキドキが凄すぎて、思わず夕紀さんのお顔から視線を逸らしてしまった。

「……」
 
 私のドキドキは更に大きくなる。

(ダメだ……この話を夕紀さんが優しく受け止めてくれないかもしれない。正直この話を続けるのが怖い……)

 夕紀さんの「白い花の人」に対する気持ちが、今回のお墓参りでより優しくやわらかくなってきてると実感しているし期待を持っている。だけど、私にとってはまだ4年7ヶ月前の夕紀さんの「言葉」の恐怖心が完全に拭えていなくって……。
 私がここで正直に伝えた事でまた夕紀さんの心を乱してしまうんじゃないかという考えが私の脳内をグルグルと駆け巡る。

(だけど私がりょーくんと夕紀さんの為に出来る事と言えばこれしか無い……)

 私はもう一度、ちゃんと夕紀さんの顔を見て話をする事にした。

「夕紀さんがお店で会った金髪ピアスの男性も……この白い菊をお供えした方も、毎月カサブランカをお供えしてる方も……笠原亮輔さんなんです」
「…………」

 私の言葉に夕紀さんは目を見開かせている。

「夕紀さんごめんなさい! 隠すつもりはなかったんです。たまたま夕紀さんに彼の名前を出さなかっただけで……
 皐月さんと関わり合いがあったあの中学生の男の子が彼だったなんて本当に知らなくて」

 夕紀さんはしばらく固まったままだったけど、状況を飲み込んだのか

「そうよね……男の子って急に背が伸びたりすると誰だか分からなくなるくらい大人っぽくなるもんね……」

 と呟くように答えた。

「夕紀さん! あの……!!」

 何て言えばいいのか分からないまま、何か弁解しなきゃと私は口を開く。

「朝香ちゃんが気にすることじゃないよ」

 そんな私を夕紀さんは笑って見つめ返してくれた。

「えっ?」

 それから夕紀さんは墓石の方を向いてしゃがみ込み、珈琲の香りがするお線香から煙をたなびかせ……

「ちょっと皐月ぃ、あなた毎月笠原亮輔に会ってたんだったら少しくらい私に教えてくれたっていいじゃないのよ! 彼がお店に来た後で私がお参りした時とかさぁタイミングあったじゃないのっ! 皐月は黙ってばっかりなんだから、もーっ!!」
「へ?」
「ねぇ朝香ちゃん。皐月ってば気が利かないわよねぇ? 秘密主義の妹を持つと苦労するわー! 本当にっ!!」

 ……と、皐月さんの墓石にも私の方にもケラケラ笑いながら声を掛けていた。

「え?」

 夕紀さんの言い回しに私は驚く。

「私ね、なんとなく分かってたんだよ。
 月命日前に必ずお花を供えてくれる白い花の人が、笠原亮輔なんじゃないかって……」
 
 夕紀さんは私の方を振り返ってそう言い、また笑顔になる。

「そうだったんですか??」

 更に驚いた私に、夕紀さんは「うん」と頷き立ち上がった。

「あくまで『なんとなく』だよ? 私達は親戚と絶縁状態だし、義郎さんや裕美さんだって毎月広島からこっちに来れないでしょう?
 そうなると皐月のことを知ってる人間は限られるから。笠原亮輔だったらいいかなって……ずっと思ってたんだ」
「そうだったんですか……」
「朝香ちゃんが一昨日電話で彼の名前を言ってくれた事で確信に変わったのよ。電話でいきなりのアレは驚いたしショックを受けたんだけどさぁ。初恵さんにも言われちゃったんだぁ『電話で連絡しかするすべがなかった朝香ちゃんの状況も心境も察してあげなさい』って」
「…………」
「もう30超えてるっていうのに、私はまだまだ子どもよね。初恵さんにお母さん代わりしてもらってるのも情けないし、弟子の朝香ちゃんにも皐月を救おうとしてくれた笠原亮輔にも気を遣わせてしまってるんだもの」
「夕紀さん……」
「ごめんなさいね、許してもらえるかしら?朝香ちゃん……それから笠原亮輔にも」
「あ……」

 夕紀さんの柔らかな口調やこの時初めて口にした彼の名の「さん付け」。
 それと珈琲に似た煙の香りが、一気に私の緊張を緩和させた。

「男の子にしては花の手入れや作法がしっかりしているなとは思ってたよ。でも根は真面目な子だから、ちゃんと勉強してお参りしてくれていたんだろうね……皐月も生前、彼の勉強の頑張りをとにかく褒めていたからね。その想像はすぐにつくしとても有り難いことだって思うよ。そして本当にその彼だったということが今日分かって、本当に良かった」
「夕紀さん……」
「朝香ちゃん、良いお彼岸を迎えさせてくれてありがとう」

 その緩和はきっと夕紀さんの心にも伝播して和ませたんだろうと思う。
 
 ……そう言い表して良いほどに、夕紀さんは晴れやかな表情を私に見せてくれていた。



「おはぎ食べよっか。お店でいい?」

 お線香の煙が全て秋空に吸い込まれた。

 お光の炎を消してもまだ珈琲の香りがほんのりと残る中……夕紀さんは私に優しく手を差し伸べる。

「はい!」

 私も笑顔で夕紀さんの手に優しく触れた。



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