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しおりを挟む「太ちゃん……」
僕のつぐんだ唇の奥底で蛹から孵ったばかりの白い蝶は、今の僕をどう捉えているのだろうか?
「今日のところは僕のアパートに泊まらせてあげる。でも明日にはバイバイだよ、花ちゃん」
僕はあの男のような笑みを作って花ちゃんをあの時のような一瞬の幸せを提供してやれているだろうか?
それとも未熟故に唇の糸も何もかもバレてしまっているのだろうか?
「ねぇ太ちゃん……九州をぐるっと一周したら、また太ちゃんに会いに行ってもい」
「取り敢えずお腹空いちゃったよね! 焼きカレー食べない? この辺の名物なんだよ!!」
僕はそれを確かめるのが怖くなり、ワザと大きく明るい声を出しながら花ちゃんに自分の手を差し出した。
「焼き……カレー?」
「うん! すっごく美味しい店があるんだ。奢ってあげる。あとねーバナナも美味しいよ」
「えっ? バナナ??」
「うん! それからねー、他にもね」
白くて細い指を自分の指と絡め、早口で捲し立てながらこの地域の名物料理を花ちゃんにプレゼンし、互いの心の奥底に何を秘めてるかという一種の現実から目を背けた。
「ちょっと太ちゃん! もっとゆっくり歩いてよ、ゆっくり喋ってよ!」
「嫌だよそんなの、もうお腹ペコペコで我慢出来なくなっちゃってるんだから!」
姉の制止を無理矢理振り切り、僕はかつての幼いきょうだいだった空気感を出して花ちゃんをグイグイと引っ張る。
「もうっ……お腹空いてイライラするなんて昔から変わらないんだねぇ太ちゃん」
僕の態度に花ちゃんは根負けしたのか、クスッという姉らしい笑い声が背中に振り掛けられた。
「そうだよ、僕は昔も今も変わらず花ちゃんの弟だからね」
「ふふっ」
二度目に背中に降り注がれた姉らしい笑い声に、僕の鼓動は落ち着きを取り戻す。
(そうだ……これでいい。僕は花ちゃんの弟である上にあの白い橋と同じなのだから)
橋を下から見上げていたあのベンチが遠ざかっていく毎に「この2年自分の本音を明かさないままで居て良かったのだ」という自分の考えを改めて肯定した。
だって僕は花ちゃんと濃い血で繋がっているのだから、たとえこの想いが彼女と通じ合っても明るい未来はやって来ない。
未成年の大学生という身分かつ「逃げてきただけ」「橋を渡っただけ」の僕ではまだ彼女を「女」にする勇気も度胸もないし、土着的なあの人達に何かしらの理由をつけられて引き戻される可能性もまだ孕んでいるのだ。
それならば彼女の言う通り身も心もあの橋と同じになって彼女に白い羽根を与えて自由にさせてやれば良い。
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